REV.4
「…………。 は――っ?」
調べ物をするならば最適な場所は当然ボクの部屋――凄腕のトレジャーハンターAshの仕事場と相場は決まっている。 少なくともボクにとってはそうだし他に選択肢はなかった。
何故か? 当然自分の部屋と言う事がある。 何年も掛けて改造を重ねたそこいらの物とは比べ物にならない程高性能化されたマシン。 完全に合理的に配置された計算しつくされた構造。 お陰さまで散らかっているのはご愛嬌だが、とにかくその部屋はボクの人生全てと言っても過言ではない場所だった。
その部屋の扉を開いた直後、ボクは思わず唖然と立ち尽くす。 ボクが長い年月を費やしてきた自慢のマシンが黒い煙を吹いて沈黙していたのだ。 いや、動いていても困るけど。 でも、何で煙吹いてんのって話で。
「あら? お帰りなさい」
目を丸くするボクの視線の先、壊れたマシン、ぶち割れたモニター、切断されまくったケーブルの山の中、見知らぬ女が立っていた。 緩くウェイブした金髪のショートカット。 サングラスを着用し、全身をすっぽりと覆う黒いコートを纏って腕を組んでいる。
ボクは何も言えなかった。 ただ口をぱくぱくと開け閉めし、わなわなと振るえる拳を握り締める。 段々と変な笑いが込み上げてきて、気づけばボクは叫びながらマシンに駆け寄っていた。
「うわああああっ!! な、何がどうなってんだよお〜〜っ!?」
嫌な汗がだらだらと噴出す。 直せるかどうかは一目瞭然だった。 一生蘇る事が無い愛用マシンの数々にそっと触れようとすると、漏電したエネルギーが火花を散らした。
思わず全身の力が抜けてその場に座り込む。 腰が抜けたと言い換えてもいい。 あとは薄ら笑いを浮かべながら、その場にうずくまる事しか出来ない。
「あー……。 なんていうか、うん。 そうね。 ご愁傷様、と言っておこうかしら」
ブリキの人形のように、きりきりと首を捻って背後の女を睨み付ける。 まるで悪びれる様子も無く、煙草に火を点けていた。
例えようの無い絶望と怒りと困惑の中、立ち上がり詰め寄る。 ぶん殴ってやろうかと思い近づくと、女はボクの眼前にびしりと人差し指を突きつける。
「勘違いしないでよね。 あたしがここに来た時には既にこうだったわよ。 とにかくあたしは無実。 あんたが可哀想なのは判るけど、八つ当たりでしかないって事。 判った?」
「…………んなこと、信じられるかぁああああっっ!!」
掴みかかろうとするボクの額に突きつけられたのは、今度は人差し指なんて生易しい物ではなかった。
重厚感たっぷりに、銀色に鈍く輝く大型拳銃。 いつの間に抜いたのか、女はそれをボクの額に押し付け、後退させる。
「めんどくさい子供ね……。 あたしは悪くないって言ってんでしょ? 無駄な論争を繰り広げている場合じゃないの。 判った?」
ボクは必死で縦に頭を振った。 一秒に五回くらいのペースで振った。 もう怒りとかそんな事よりもこの場所から逃げ出したい気分で一杯だった。
コートの下、女の腰のベルトには無数のナイフと拳銃が装備されているのが見える。 拳銃を持ち歩くのは違法ではないけれど、人に突きつけたら違法じゃないのか?
「とりあえず自己紹介するわね。 あたしの名前はイクス。 『アース』って言うレジスタンス組織のリーダーよ。 あんたがウラでしょ? あんたの――!?」
女が驚くのも無理はなかった。 ボクもついその瞬間まで、『彼女』の存在を忘れていたのだから。
いや、違う。 厳密にはボクが扉を開き、室内に不審者が居る事に気づいた時点で物陰に隠れて様子を見ていたのだろう。 見た瞬間襲い掛からなかったのはボクの知り合いであるケースを想定してか。 しかし銃口を向けられている以上、友好的な関係でない事は明らかで。
だから彼女は動いたのだ。 この狭い空間の中、一体どこに隠れていたのか。 部屋の外に居たのかも知れない。 何の気配も音も無く、女の背後から伸ばされた手。 それは拳銃を握る女の手首へと伸ばされ、銃口はボクの額を反れる。
女の対応は素早かった。 拳銃を右手だけでボクに向けていた女は、左手を腰のナイフに伸ばす。 しかしそれよりも先にレヴィは掴んだ女の腕を振り上げ、背負うようにして入り口方向に投げ飛ばす。
空中を人が吹っ飛んで行くと言う摩訶不思議な映像をボクは目撃していた。 閉ざされた鉄の扉に直撃した女は扉ごと部屋の外に飛び出し、手摺のない通路から落ちて行った。
何だか悲鳴が聞こえたが、ボクは聞こえなかった事にした。 あれくらいされて当然なのだ、とも思ったがちょっとこれはやりすぎか。
「た、助かったよレヴィ……。 ありがとう」
「いえ、当然の事ですから。 それでは止めを刺してきます」
「す、ストップ!! 待て待て、それはどういう意味だ……」
「……? ですから、動けないようにと。 彼女はまだ活動可能な状態にあると推測します」
部屋を飛び出そうとするレヴィの手を両手でしっかり押さえつけ、ボクは首を横に振る。 冗談じゃない。 目の前で殺人されて堪るか!
すっかり忘れていたが、レヴィの力は凄まじい。 生身の人間相手に全力を出したら、きっと滅茶苦茶な事になる。 いや、あんな投げ飛ばされ方をしてしかも通路から落ちて行った彼女だって、まともな状態にある可能性の方が低いじゃないか。
「とにかく、殺さなくていいの! 何でそんなムキになるんだよ、お前はっ!」
「……ですが、ウラに銃を向けたんですよ? もしかしたら殺されるかも知れなかった。 そんな人を放って置くなんて……出来ません」
「それでも駄目ったら駄目!! ボクは穏便に生きていきたいのっ!! 出来るだけ面倒な事にならないように…………?」
何やら物音が聞こえ、ボクらは同時に風通しの良くなった扉から外の様子を伺う。
見下ろす遠くの通路、FRESのロゴが刻まれた装甲車が停車していた。 そこからぞろぞろと武装した兵士が降りてきて、こっちに向かって走って来る。
自分の顔が引き攣っているのを感じた。 レヴィはボクの隣でほっぺたを膨らませている。 何で? って訊くよりも早く、彼女は呟いた。
「何故彼らは私たちの邪魔をするのでしょう? ウラは何か悪い事をしていたのですか?」
ああ、していたとも。 トレジャーしていたとも。
でもね、レヴィ。 多分彼らの狙いはボクじゃなくて、君なんだと思うよ。
荒事なんて御免なのに。 どうしてボクは、この場所から逃げる最も効率のいい方法を必死で思考しているのだろう。
「隠れていてください、ウラ」
身体を被っていた布を投げ捨て、レヴィが笑う。
「直ぐに終わりますから」
にっこりと、何事もないかのようにレヴィは笑う。
けれど沢山の足音がどんどん迫ってきていて。 逃げ場何て無くて。
ああ、だったら。 ボクにどうしろって言うんだ――?
頭を抱えて部屋の隅に隠れると、レヴィが颯爽と部屋を飛び出して行く。 直後、部屋の外で銃声が聞こえた。
何だかとても、大変な事になった――。
REV.4
疾走する蒼い風は細い通路の中、突き抜ける突風のように駆け巡る。
FRES社の工作員たちがレヴィアンクロウと接触してから僅か数秒。 先陣を切って進んでいた工作員数名は蹴り飛ばされ、空中をくるくると舞っていた。
人が空を飛ばされると言うお笑い染みた状況に誰もが呆けていた。 目の前の敵はただの少女。 巨大な兵器でもなければ、特殊な武装をしている訳でもない。
むしろ、工作員たちは全身を覆う強化スーツによって武装しているのだ。 彼らの身体能力は高められ、物理的な攻撃に対する性能も持ち合わせている。 だというのに、少女の足が吸い込まれるように急所に直撃すると、まるで巨大な鉄球が直撃したかのような衝撃が全身を駆け巡り、気づけば宙を舞っている。
蒼い髪が揺れ、鋭い眼差しが怒りに打ち震えている。 それを殺意と解釈し、恐怖するのは致し方の無い事だと言えるだろう。
彼ら自身に罪があったのかと問われれば、その答えには詰まる所だ。 何しろ彼らはただ仕事としてこの場所にやって来ただけなのだから。
こんな話聞いていない。 それが素直な感想だった。 数十人の編隊全員が同時にそれを思う。 こんな事になるなんて、聞いていない。 聞いていないのだ、と。
元々彼女と彼らの邂逅は予定されていたものでは無かった。 予想外の遭遇はお互いにとって良くない効果を齎す。
邪魔をされたレヴィアンクロウは不機嫌そのものであり、八つ当たりをするように工作員を蹴散らすその動作に手加減や情けのようなものは一切感じられない。 装甲服の上から叩き込まれるしなやかな手足が生む破壊は、無慈悲な程に彼らを痛めつける。
予想もしていなかった彼らの反撃手段は銃器によるものしか無かった。 しかしそこで更に予想外の事態を目の当たりにする事になる。
鋼鉄の弾丸を打ち出す機関銃。 その殺傷力は確かな物で、装甲服を着用している彼らのような人間ならまだしも、一般人――ドレスを着用している女一人殺せないわけがない。 しかし、戸惑いながらも引き金を引いた彼らが目にしたのは、銃弾を受けても平然とその場に立っているレヴィアンクロウの姿だった。
誰もが機関銃を確認した。 それが本当に機関銃なのか確認した。 銃弾は彼女のドレスを貫き、しかしその白い肌を傷つける事はない。 一歩前に歩みだす彼女の足音に誰もが戦慄する。
「――やはり貴方達は危険です。 ウラに近づかせる訳には行きません」
レヴィアンクロウが駆け出すのと工作員達の悲鳴が上がるのはほぼ同時だった。 容赦無く放たれる銃弾が奏でる騒音を耳にしながら、その遥か下方でイクスは顔を上げた。 ずきずきと全身が痛みを訴え、投げ飛ばされた右腕はあらぬ方向へ曲がってしまっていた。
「痛……。 手加減って物を知らないのかしら、あの子」
落下したのがゴミ捨て場の上だったのが幸いしたと言える。 しかしイクス本人にしてみればそんな不潔なところに落下したのはこの上なく不幸であったが。
拉げた右腕を左腕で折り曲げ、正しい方向へと修正する。 それは人体の構造的に無理のある動作だったが、彼女にとっては日常茶飯事であると言えた。
「動くわね」
右腕を軽く振り、指をそっと握ってみる。 健康な状態と遜色なく稼動する右腕で全身の汚れを叩き、上を見上げる。
頭上から降って来た工作員の一人がイクスの頭上に降り注ぐ。 それを何の感傷も無しに右腕で払い、ゴミ捨て場に突っ込ませる。 乱雑に散らばるゴミの山に背を向け、イクスは歩きながら拳銃を抜き、両手でそれを構えた。
「全く……本当に乱暴ね。 まあ、REVとしてはあれくらいでないと意味が無いのだろうけど」
呆れるように溜息をつき、一呼吸。 鋭い眼差しを浮かべ、イクスは駆け出した。
階段を駆け上がりながら両腕を前に突き出し、足を止めずに引き金を引く。 レヴィアンクロウに襲われ引き返して来る工作員達は想像していなかった第二の敵の存在に浮き足立ち、反撃する事も悲鳴を上げる事さえも出来ないまま、巨大な銃弾に貫かれて次々に倒れていく。
イクスは足を止めない。 無表情に目前に迫るヒトガタ達を打ち抜いて行く。 特殊な鉄鋼弾を打ち出す右手の銀の拳銃が火を噴く度に装甲服を貫通し、工作員の肉体を吹き飛ばす。
それらを挟んで反対側、格闘で装甲兵をばったばったと薙ぎ倒すレヴィアンクロウの姿があった。 二人は意識せずとも段々と出会いに向けて歩みを進め、やがて互いに最後の標的を葬り去った時、二度目の邂逅を果たした。
「――まだ、生きていたのですか?」
「す、ストップ!! 待ちなさいよ、明らかに助けてあげたんでしょっ!? あんたと敵対するつもりはないのっ!!」
銃を振り回し後退するイクス。 しかしその言葉を意に介さず、レヴィアンクロウは低い姿勢で駆け出そうとする。 その直後、イクスは咄嗟に大きく口を開き、絶叫していた。
「人間になる方法、知りたくないの――――ッ!?」
その言葉が後ほんの僅かでも遅くこの世界に生まれていたのならば、彼女の首は見事にへし折られていたであろう。
伸びたレヴィアンクロウの指先が自分の喉元に掛けられている事にイクスが気づいたのは、レヴィが停止してから数秒後であった。 逃げる事も、避ける事も、ましてや反撃する事など夢のまた夢――。 余りにも鋭い攻撃に、思わずイクスの頬を汗が伝い、乾いた笑みが浮かんでくる。
「……人間になる方法、ご存知なのですか?」
「は、う、あ……。 と、にかく……。 これ、どかして……。 生きた心地がしない、わ」
「…………」
退き、指先を強く握りしめるレヴィアンクロウ。 その表情は決して納得が行った様には見えない。 しかし、イクスの話に興味があるのも明らかだった。
下手な動きを見せれば殺される――。 そんな無言の圧力に晒されながら、イクスはそっと壁に背を預け、震える指で胸ポケットの煙草に手を伸ばす。
「兎に角、休戦。 そんなに怖い顔しないでよ、こっちは本当に死に掛けたんだからね」
「良いでしょう。 一先ずは貴女の命は奪いません。 ですが、もしまた妙な動きを見せたり、ウラに何かしようとした時は――」
「ああもう、殺せばいいでしょ! 好きにしなさいよ! そんな事より、早くここから離れた方がいいわ。 あたしの知っている事を話すのは、それからよ」
周囲を見渡すレヴィアンクロウ。 そう、ここは違法住宅地。 四方八方に家があり、部屋がある。 その扉たちが僅かに開き、住人達の視線が二人に向けられている事態にレヴィアンクロウが気づいていないはずもなかった。
荒事揉め事は珍しい事ではない。 しかし、激しい銃撃戦や乱闘騒ぎなど早々起きていい物でもない。 住民たちの怯えた視線を受け、レヴィアンクロウは静かに頷く。
「そうした方がいいみたいですね。 人目は出来る限り避けるべきです」
「オーケイ。 それじゃあ一時休戦、これ大事よ? 約束してね、お嬢さん」
指先で大型拳銃をくるくると回し、流れるような動作でホルスターに戻すイクス。 茶目っ気のあるウインクも、無愛想に頬を膨らませるレヴィアンクロウには意味が無いように思えた。
とりあえずまず彼女たちがすべき事。 それは、銃声と悲鳴を聞いて怯えきっているであろう、部屋に隠れた少年を引っ張り出す事だろう。
二人が同時に駆け出し風通しの良い出入り口を潜ると、室内からは少年の悲鳴が聞こえていた。
「――で、到着したわけだが」
ゼンとマリーの前に聳え立つのは今は廃棄され誰にも使われる事の無くなった地下鉄への出入り口だった。
バイクを降りるゼンと、涙を流しながら呪文のような言葉を繰り返し口ずさむマリー。 強引にそのマリーの首根っ子を掴んでゼンは進む。
「しかしすげえな」
廃墟そのものであると言って過言ではない。 出入り口周辺には有刺鉄線が張り巡らされ、吹き荒ぶ風は埃っぽく、幽霊か何かが出るにはうってつけの環境だと言える。
元々、この街の交通手段として地下鉄はメジャーな物であったが、近年は頭上に張り巡らされたモノレールにとって換わり、地下鉄の利用頻度は減っている。 そもそも政府は地下と地上、二つの公共交通機関を維持するつもりが無かった為、直ぐに地下鉄が運行しなくなるのは自然な事だった。
地下空間を行き交う地下鉄の線路は手抜き工事も多く、陥没、土砂崩れなどの事故も多く、さらには地下空間に無断で立ち入る人間によるテロ行為や悪戯の格好の的であった。 今となっては何故そんな不安定な場所を公共交通機関が平然と往来していたのか、疑問に思うしかない。
実際その手抜き工事が原因で生み出された謎の空洞も多い。 それらがテロリスト、レジスタンスの温床になっている事は、それほど珍しいケースではない。
「で、あんたはバイクに乗る度にそうなるのか? 随分と面白い習性だな」
「あ……!? あ……っ! 貴方がそれを言うの!? 貴方が普通に、ふつ〜〜〜〜うに運転さえしてくれれば!! 法律を守れとはいわないけれど、それでもごくふつう〜〜〜〜の、人間らしい運転さえしてくれれば問題ないのよ!? それって私が悪い事なの!? 私が悪い事なのっ!?」
涙ながらに必死に詰め寄るマリーに揺さぶられながらゼンは深く溜息をついていた。 いちいち構っていては時間がいくらあっても足りない。 やり過ごそう――。 そんな類の溜息である。
腰に挿した大型のナイフを取り出し、有刺鉄線を切り裂いて行く。 超高速で振動し、鋼鉄でさえバターのように切断出来る振動ナイフが、ゼンのお気に入りの得物だった。
戦闘に使える他にもこうして様々な場面で役に立つ。 出入り口を確保すると、まとわりつくマリーを振り解き、バイクの元に戻る。
「どうでもいいけど年下だと知った瞬間タメ口だな、あんた」
「だって四歳も年上だもん。 お姉さんだもん。 むしろ、ゼン君の方こそ敬語を使うべきじゃない?」
失笑しながらバイクを押し、フェンスを潜るゼン。 それに続き、マリーも恐る恐る敷地内に足を踏み入れた。
おっかなびっくりゼンの背後に続くマリーに捕まれっぱなしのジャケットの裾が気になるゼンではあったが、今はそれどころではない。 いよいよ敵地に乗り込むと言うのであれば、トラップの警戒くらいしなければ。
しかし、地下へと続く階段までやって来ても何も起こらない。 バイクを転がしながら地下へと降りていく二人。 壊れた配水管から漏れ出したのか、どこかで水が流れる音が聞こえ、足元はじっとりと湿っている。
湿度の高い薄暗い空間だったが、足元の非常灯だけは未だに現役であり、進む事は不可能ではない。 一先ずバイクのライトを点等すると、薄汚れ落書きとゴミまみれになった駅のホームが姿を現した。
「このホームが使われなくなってどれくらいなんだろうな」
「えと、確か十二年と三ヶ月です。 下調べはばっちりだよ」
「そうかい……。 それにしてもなぁんにもないな。 人が居るとは思っちゃいねえが、何も起こらん。 ここが本当にアースの拠点なのか?」
「いえ、違いますよ? アースの拠点はこの線路をずうっと、15kmくらい進んだところにあるの」
「15キロッ!?」
すかさず振り返るゼン。 マリーはずれた眼鏡の向こう側、真ん丸くした瞳でゼンを見上げている。
その頭を両手で掴み上げ、ぶんぶん振り回して怒鳴り散らした。
「そんなに歩くんじゃ等分先じゃねえかっ!! ここが拠点だって話じゃねえーのかよ!?」
「そんな事一言も言ってないですううっ!! い、いいじゃないですか気をつけるのは悪い事じゃないと思うっ!!」
「…………」
ぐらぐらと揺らされた頭が解放され、ふらつく足取りで一息つくマリーが目にしたのは、バイクのエンジンをかけるゼンの姿であった。 声にならない悲鳴をあげ、慌ててゼンのバイクのキーをひったくると、そのまま暗闇の中に放り投げた。
「…………? あ――――ッッ!? なっ!? なあっ!?」
口をあんぐりと開けて呆然とするゼン。 固まり続けるその傍ら、マリーはだらだらと冷や汗を流しながら乾いた笑いを浮かべていた。
「おっ……! なっ……!?」
怒りの余り笑うゼンの鋭い視線がマリーを射抜くと、マリーはこっそりとゼンから離れ、ゴミの山の陰に隠れた。
「何やってんだコラァアアアアアッ!?」
「ひいーっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ!! でも、バイクは良くないと思うっ!! バイクだけはもう駄目だと思うっ!!」
「訳のわからねえ事をほざいてんじゃねえぞ、こンの馬鹿女ァ〜〜ッ!!」
ゴミの山を蹴散らし、マリーの首根っ子を掴んで引き上げるゼン。 青筋がぴくぴくと揺れ動く凄まじい形相にマリーは涙を流しながら脱力していた。 猛獣に鹵獲されてしまった小動物と言うのは、こんな状況なのかも知れない。
「ざけんじゃねーぞクソッ!! てめえ、さっさと鍵を探して来いっ!! このバイクが一体いくらしたと思ってやがる!?」
「…………それでも、もうバイクは嫌ぁぁぁぁぁぁぁああああっ」
泣き喚くマリーとゼンとの言い争いはしばらく続いた。 しかし結局その後には、二人肩を並べて線路の上を捜索する事になった。