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REV  作者: 神宮寺飛鳥
4/17

REV.3


本当は嫌と言うくらいに判っている。 判り過ぎる程に、判っているのだ。

自分は決して特別などでは無いのだと。 何処にでも居る、何処にでも在る、当たり前のように流れては消えて行く誰の心にも残らないような存在なのだと。

だからこそなのかも知れない。 それを覆したかったのかも知れない。 誰かの心に残るような、そして自分の心に残るような、強い思い出が欲しかったのかも知れない。

何故外の世界に憧れを抱き、その場所を目指そうと考えたのか。 それはあれから何年も経つのに未だに判らない。 ただその先に、きっとボクは言葉に出来ないような沢山の思いを抱えていたのだと思う。

そうして力を合わせて何かをやり通す事が、とても素晴らしい事だと思っていた。 それはきっと素敵な事だった。 でも、いつまでも夢を見ているわけには行かない。 夢中になって幻想を追えるのは、本当に僅かな間だけなのだ。

困難にぶち当たり、日々狭まって見えてくる自分の限界。 それを越えようと四苦八苦している内に、どうしようもない、変えようのない現実が立ち塞がる。 そうしてボクらの行いを鼻で笑い、現実に目を向けろとボクらの背後を指差すのだ。

そこには何も無い。 ただ必死で歩いて来た道にはただ自分の足跡だけがあり――得られた物など何も無く、始めは重なっていたはずの誰かの足跡も、そこには無くなっていた。

だから立ち止まり。 足を止め。 振り返り、静かに溜息を漏らすのだ。 そうして現実という物と折り合いを付けなければ、この世界は重くボクの両肩に圧し掛かる重圧となるだろう。

それを一人で背負う覚悟がなかったから。 その勇気がなかったから。 だから今のボクは、その時勇気さえあれば――何か違っていたのだろうか。


「……ゎふう」


欠伸を浮かべ、頭を振れば下らない考えは少しずつ消えて行く。

こんな事を考えるようになったのは、きっと昨日あんな物を見てしまったからだろう。 レヴィさえあんなところに行かなければ、こんな気持ちになる事も無かったのに。

振り返ると、ベッドの上でうつ伏せに眠っているレヴィの姿がある。 結局ろくに眠る事が出来なかったボクはこうして一人で朝食の用意をしているわけだが、何故あいつはまだ寝ているのだろう。

普通、なんかこう……逆ではないだろうか。 普通ほら、ボクがまだ寝ていてさ。 彼女が食事を用意するべきじゃないかな……居候もいいところなんだし。

溜息を漏らす。 作業用のバーナーを改造して作ったコンロは火加減がかなり難しい。 レヴィの料理の腕前がどれ程の物なのかはわからないが、どちらにせよこれで調理しろと言うのは少々酷というものかも知れない。


「――――ったく!」


しかしそれでも、何故かレヴィのためにこうして料理を頑張っているのは。

恐らくきっと、あの場所に久しぶりに立ち入る事が出来たからなのだと思う。

だってあそこには、自分一人だけでは絶対に行く事の出来なかった場所で。 彼女の導きがあったからこそ足を踏み入れる事が出来たのだから。

いつまでも逃げているわけにはいかないと判っている。 思い出を振り切る為にも、あれといつか向き合わなければいけないのは明白なのだから。

勿論、今更どうにかなるとか期待しているわけじゃない。 ただ、やはり向き合う事は必要なのだと思う。 自分自身が忘れられず、心の中で思い出が叫んでいるのならば。 治める手段くらい、自分で何とかしなければ。

レヴィとの共同生活も三日目を迎えた。 寝ぼけているレヴィを叩き起こし、一緒に歯を磨いて嗽をして。 お互いに寝癖だらけの髪を指摘し、お互いに直す。

予定はまるで無かったし、これから先何がどうなるのかもまるで判らない。 ただ、それでもこのボクの生活に起きた僅かな変化がゆっくりと浸透して行く感覚を、ボクは悪く思って居なかった。

じいさんは工房を空ける事が多いし、ボクも仕事でここを空ける事は多々ある。 生活が擦れ違えば、一週間以上一言も口を利かない日が続く事だってある。 だから、起きてすぐ当たり前のように誰かが居て、自分の生活が誰かと時間を共有する事を前提にしたものに変わり始めている事が、少しだけくすぐったく、居心地のよい感触だった。


「……にしても、レヴィってよく食べるよね」


「んむ? そうでしょうか?」


レヴィの前には沢山の皿が重ねられている。 勿論彼女が全部平らげた物だが、その量は既にボクの分の三倍は軽く越えている。

昨日の夜に発覚したこのレヴィも食事を取るという事実と、そしてとんでもなく食べるという事実。 そして何より、食事が出るのであればなるだけ三食すべてきっちり食べたいというレヴィの要望。 一日一食とか雑な食生活が当然のボクにとって、彼女の提案はかなり変わって聞こえた。

しかし、そこはレヴィの熱意を汲むしかないだろう。 一生懸命に三食食べたいと抗議して足に縋り付くレヴィを引っぺがすのは難しかったし、何より自分の作る料理を誰かが食べたいと言ってくれるのは、どこか懐かしく嬉しくもあったから。

何だかんだでこうしてレヴィと生活を共にしている内に、彼女の面倒を見るのが楽しくなってきている自分が居るのかも知れない。 それはそう。 勿論、認めたくはないのだけれど。


「あの、ウラ? もう満腹なのですか?」


考え事をしながらレヴィの様子を伺っていると、彼女の視線はボクの食べかけのスクランブルエッグに向けられていた。 涎を垂らしながら上目遣いにボクを見るレヴィに思わず苦笑しながら、ボクは皿を彼女の前に置いた。


「そんなに食って体内でどうやって処理してるんだろうなあ」


ぱあっと花が咲くような笑顔を浮かべて満足そうに食べかけの卵を口にかきこんでいくレヴィ。 正直お行儀は宜しく無かったが、本人が幸せそうなら野暮な事を言う必要もない。

それにしても、レヴィは本当に機械なのだろうか。 食事を取るアンドロイドなんて聞いた事がない。 いや、そもそもアンドロイドなのか。

彼女の一挙一動は生活を共にすればするほど人間そのものに見えて、意識しなければ彼女が化け物のような力を持つ事なんて忘れてしまいそうになる。

だからきっと、ボクはその生活の中で幸福を得ると同時にゆっくりと危機感を失いつつあった。

そう、だから。 もっと気をつけてさえ居れば。 少しは状況も違ったかも知れないのに――。



REV.3



いつまでも工房の中に閉じこもっているわけにも行かないのは当然の事で、ボクはレヴィを連れて昼間の街へ繰り出していた。

レヴィの外見は余りにも目立ちすぎるので、頭から布を被って貰う事にした。 怪しさが何倍にも跳ね上がったけれど、この辺じゃ怪しい奴の方が逆に目立たない。

何せレヴィが着用しているドレス以外、女物の服がないのだ。 ボクの服じゃレヴィにはちょっと小さいし、じいさんの作業着を着せるわけにもいかないだろう。 いや、ボクのもそうだけどね。

かといって彼女は一人では女物の服が買えないらしい。 買って来いと無責任に放り出す事も考えたが、その後どんなトラブルが待ち受けているかを考えると結局そうも行かなかった。

自分の事だけ考えて生きてきたボクは女の子が着る服なんてわからないし、どこで買えるのかも良くわからない。 こういう時ばかりは流石に後悔する。

夜の街と違い、昼間の街は濃く霧架かっている。 夜の間にもきっとそうなのだろうけれど、昼間は特にそれが濃い気がする。

昼の町というのはどこか静かだ。 皆夜に起きて昼間に寝ているからかも知れない。 真面目な人は既に出勤している時間だし、真昼と言うのが実は一番動きやすい時間だった。

殆ど車さえ行き交わないような道の歩道の隅を歩くボクの後ろ、レヴィは周囲をきょろきょろと眺めながら付いてくる。 彼女にしてみればこの街は興味対象の塊で、出来る事ならあれこれボクに質問したいところなのだろう。

その彼女が黙り込んでいるのは何故なのか。 そんな場合ではないと理解してくれているのか、それとも面白そうなものがありすぎて何を言えばいいのかわからなくなっているのか……。

何はともあれ、ボクたちは二日前の夜に出会った場所へ足を運んでいた。 現場は相変わらず荒れ果てていて整備が成される様子は一切無い。 当分の間瓦礫の山は撤去されず、通行人の苛立ちを掻き立てる事だろう。

あの夜にあって今存在しないものが在るとすれば、それは彼女が入っていた棺桶と、彼女がその棺桶で倒してしまったマンイーターという兵器の姿だろう。

FRESも流石に駆逐兵器を出したという事実は揉み消したかったのだろうか。 それとも腕のいいジャンク屋がこっそり解体して持ち去ってしまったのか。 ただあの夜の出来事を考えると、FRESが慌てて回収に来たような気がしてならなかった。


「そういえばレヴィはここでボクに会うより前の事は覚えてないんだっけ?」


「はい。 覚えているのは、ウラが私を人間にしてくれるという事と、貴方の記憶だけです。 ただ、それだけ」


「…………」


腕を組んで思案する。 彼女は遠い所を見るような寂しげな瞳で焦げ付いた大地をじっと見つめていた。 それはもしかしたらあの夜に思いを馳せていたのかも知れない。

レヴィはいつも暢気で、楽しげで。 だからボクは忘れていたのかも知れない。

自分の過去も判らず、自分が何者なのかも判らない。 そんな彼女がここに居る理由は、そしてこの場所に来た理由は、きっとボクへの言葉の為だろう。

けれどもボクは彼女に何も言える事が無くて。 それはどれだけ不安を駆り立てるだろう。 頼れる物も縋れる物もない気分は、きっととても心細いはずだから。


「…………お前が探してるウラがボクかどうかはわからないけど、きっと探していれば見つかるよ。 ボクも、手伝う……からさ」


「…………はい。 ウラの事を頼りにしています」


異様に照れくさかった。 でも、彼女が安心したように微笑むと、言った甲斐はあったと思う。

そうだ、ずっとこんな風に生活していけるわけじゃない。 FRESのコンテナから現れ、マンイーターに追われていたレヴィ。 そこまでして取り戻そうとするFRESが、このままレヴィを放っておくはずがないんだ。

だったらボクに何が出来るのだろう。 世界の半分を支配するような巨大な力を相手に出来る事なんて限られている。 それにあの夜ボクは殺されかけたんだ。 何で生きているのかという方がわからない。

本当ならこいつをさっさとFRESに突き出して知らん顔しているのが一番いいんだ。 そんな事はわかっている。 でも、仕方ないじゃないか。


「……何か?」


「い、いやっ! 何でもないよ!」


レヴィは独りだ。 そして自分を探してる。

そんな彼女を、頼る物の無い彼女を、こんな馬鹿みたいな世界に投げ出す事なんて出来ない。

誰にも頼れず独りきりで生きていく辛さと寂しさを、ボクは嫌と言うほど知っているから。

だから、放っておけるわけなんてないんだ。 それは正直に言えば認めたくない事だけれど。 でもきっとボクは、見捨てられないんだ。


「とりあえず、『ウラ』についての情報を集めなくちゃ。 ボクが知らないだけで、同業者の中にそんな奴が居るのかも知れない」


「はい。 でも、どうやって調べるんですか?」


「……お前、それ本気で言ってる?」


頭上にクエスチョンマークを躍らせながら首を傾げるレヴィ。 こいつは本当に、ボクの話を聞いているのだろうか。


「ボクはAsh――。 この街でボクに盗めない情報なんて無いんだよ」


過言ではない。 FRESもOZもボクの手にかかれば容易いし、それは勿論政府だってそうだ。

ボクに見つけられないものはないし、盗み出せないものはない。 時間とお金は相応にかかるけど。

今の自分に出来る事、少しずつやっていこう。 そうすればきっと、彼女の願いは叶うだろうから。

その手伝いが出来たらきっとボクが彼女と出合ったことは無意味なんかじゃなくなる。 ボクは彼女を人間にはしてあげられないから。 ずっと傍には居てあげられないから。

でも心のどこかでそんな自分を醒めた視線で見つめているボクが居た。 そんな夢物語みたいな事、出来るはずがないんだって。

大人ぶって傷つく事を恐れている、諦めたがりのボクが居た。


「行こう、レヴィ! とにかくここに居たってしょうがないからね!」


「はい。 ところでウラ? どうやって情報を得るのですか?」


なんだかカッコよさげな台詞を口にしてみたものの、彼女は全く理解していなかった。

Ashとしての仕事場に着くまでの道中、ボクは彼女に自分の仕事の内容をもう一度一から十まで説明する羽目になった――。




ゼンとマリーの二人が本格的に行動を始めたのは一晩明けた翌朝の事だった。

ハイウェイを突き抜ける二人を乗せたバイクの後部座席からマリーの劈くような悲鳴が空に響き渡る事数十分。 二人はあの夜、『極秘兵器』が紛失した場所へやって来ていた。 そこはハイウェイの高架下、裏通りにある十字路だった。 比較的古い住宅建築が並び、特に目立つような通りではなかったが、夜になればそれなりに人通りもある、何の変哲も無い場所だ。


「ここに直接ヘリが落下して、そこから見失っちまったのか。 確かになんか大惨事っぽかった痕跡だけは残ってるな」


バイクを停車し、瓦礫の山を見下ろし眉を潜めるゼン。 しかし彼が言葉をかけている相手である女性はゼンの腰に必死にしがみ付いたまま、身体を小刻みに震わせて居た。


「……おい、何してんだあんた……」


「…………うまれてきてごめんなさい」


「いや……離れようぜ。 仕事になんねえよ」


「…………しにたくないです」


「あ〜〜ッ!! イライラするなあもうッ!! いいからさっさと降りるんだよ、馬鹿ッ!!」


涙を流しながら放心するマリーと並び、現場に足を運ぶゼン。 余りにも乱暴なゼンの普段通り過ぎる運転はマリーが一生懸命整えてきた髪形を滅茶苦茶にし、眼鏡はずれて衣服も乱れに乱れさせるのに十分すぎた。

当たり前のように瓦礫の山の前に屈み、砕け散った鉄板やアスファルトの破片を摘みながら周囲を眺めているゼンの背後、文句を言ってやりたい気持ちで一杯なのに怖くて逆らえないマリーはめそめそ涙を流しながら乱れた髪を直していた。


「流石FRESだ、ヘリの破片なんかは完璧に片付けられてるな。 だったらこの瓦礫の山、撤去してやりゃいいのによ。 サービス精神ってもんが無くて駄目だ、ウチの会社は」


「…………それは、FRESがこの事件に関与しているという事も、さらには失った兵器を取り戻せていないという事も、極秘にしておきたいでしょうから!」


「な、何で怒ってんだ……?」


「怒ってませんっ!! それより、どうしてここに来たんですか?」


「いや。 実際、どんなもんがここにあったのか興味があってな。 アスファルトも鉄板も全部粉々だ。 何がどうなればここまで酷くぶっ壊れるんだ?」


「本社は追撃にマンイーターを使用したそうですから」


「……おい、そんな危ないモンを使って尚、取り戻せなかったのか? テロリスト如きが駆逐兵器を撃退出来るのか……?」


「失われた兵器が悪用されたと考えるのが無難でしょう。 あれの力なら、これくらいの被害で済んだ事の方が奇跡ですから」


立ち上がり、ゼンは振り返ってマリーを見つめる。 昨晩、二人がWeitで話し合った時から、ゼンの中にはいくつかの蟠りがあった。

マリー・コンラッド。 所属は宇宙開発特務室。 そして、奪われた兵器の研究に携わっていた科学者の一人。

世界を滅ぼしかねない程の力であると脅しのような事を言いながら、彼女は結局その正体をゼンに明かす事はしなかった。 ただ、危険な物であると。 ゼンが実際にこの場所を訪れたのは、それがどれほど危険なものであるのかを実際に確認して見たかったからと言う理由もある。

そしてもう一つ、マリーがこの光景を見てどんな反応を示すのかを確認したかった。 狙い通り彼女は『これくらいで済んだ事が奇跡』という事場を漏らす。 それほどまでに危険なものであれば、対処の方法も色々とややこしくなる。


「なあ、結局何なんだ? 奪われた兵器ってやつは。 爆発物なのか? それともマンイーターのような駆逐兵器なのか? あるいは重火器――色々可能性はある。 でもこの様子を見ると爆発物か大型の駆逐兵器の可能性が高いように思える。 どちらであるかによって対処の方法も違ってくるだろうが」


「内容は極秘なので……。 ですが確かに、ゼンさんの言う通り。 それは爆発物であり、同時に駆逐兵器でもあります」


「ハア? 何だよそりゃ。 オレは頭悪いんだ、判るように説明してくれよ」


力一杯馬鹿を自称するゼンに思わず呆れるマリーだったが、人差し指をピンと立ててずれた眼鏡を直すと真剣な瞳で口を開く。


「とにかく、ゼンさんには説明出来ません。 貴方のやるべき事は、テロリストから兵器を奪還する事。 それ以上の事を知る必要はありません」


「勘違いするなよ。 オレはその自分のやるべき事をやり遂げる為に訊いているんだ。 興味本位で仕事をする奴は早死にする――そういう世界だ。 別に言い触らしたりしねえから、ちゃんと教えてくれ。 でなきゃ失敗した時オレはテメエを言い訳にするぜ」


「む、むう……。 それでも、言えないんです。 こんな風に言うのもあれなんですが、そもそも何故貴方みたいな人が奪還任務についているのかわからない――それくらい、FRESという企業の今後を決めてしまうくらいに重要な物なんです。 口外厳守は当然ですし、話した私も聞いてしまった貴方も、FRESという企業から一生逃げて暮らす事になります。 それでも構わないんですか?」


ゼンははっきりとしない事を基本的に好まない。 曖昧さの美学など彼には通用しない。 遠まわしな言葉は通用しないし、ストレートに思いついたら即座に行動する生き方を信条としている。

しかしそれでも仕事は仕事。 感情を含ませる程甘くもない。 知らなければ仕事に支障は出るが、そこまでしてパートナーが口を閉ざそうと言うのであればそれ以上踏み込む必要はないと判断した。

この仕事を与えられてしまった時点で無茶でも無謀でもやり遂げるしかないのだ。 だからこそ万全を期したいのだが、致し方ない。 深く溜息を漏らし、軽く手を振る。


「わかった、わかったよ。 そんな怖い顔すんな、もう訊かねぇよ」


「ほ……っ。 そうして頂けると助かります。 ですが、ある程度推測は立てたいですよね?」


バイクの上に腰掛けたマリーは持ち歩いている小型の端末を開き、キーボードを操作する。 そこにいくつかの映像が映し出され、ゼンは画面を覗き込んだ。


「これは二日前の夜、事件が起きた時間帯のこのあたりで起きた映像です。 街にはいくつも監視用のカメラが仕掛けられているのはご存知ですよね?」


「ああ。 政府の管轄だろ? FRESは噛んでいないはずだが」


「はい。 ですから勝手に映像を盗み出させて貰いました。 昨日の晩のうちに」


ゼンは思わず目を丸くする。 政府の街に対する管理は確かにザルと断ずるに躊躇無いものだが、それは口で言う程容易くはない。 何せ万が一不正アクセスが発覚してしまえば、その後の人生はとても暗い物になる。

マリーはそれを容易くやってしまったのである。 この小さな端末一つだけで、たった一晩で。 並のトレジャーでは不可能な事を、FRESという真っ当な会社の研究者が行う――それは育ちの良さそうなマリーの外見も相まって、意外な印象を与えた。


「輸送は実際に兵器を輸送する大型輸送ヘリの他に護衛用のヘリが六機、しかも特別な戦闘用のものが同行していました。 しかし、結果輸送ヘリは追撃され――? ゼンさん、聞いていますか?」


「あ、ああ。 続けてくれ」


「――撃墜された輸送ヘリはそのまま私たちが今居る交差点付近に墜落。 その後何十メートルか移動した後爆発したと思われます。 その輸送ヘリを撃墜したテロリストは、輸送ヘリの進行方向に向けて進んでいる上のハイウェイの上を走る車から、対戦車ライフルで狙撃した物だと思われます」


映し出された映像には輸送ヘリに追従する車、そしてそこから身を乗り出しライフルを構える何者かの姿が確認出来た。 しかし解像度の問題もあり、顔まではわからない。


「明らかに事前に準備していたところを見ると完全に情報は漏れてたらしいな。 漏洩したのはどこからなのか……」


「それは内部に裏切り者が居ると考えた方が妥当です。 そもそも、あの兵器の研究データは他のネットワークから物理的に接続されていないので、外部からアクセスして盗み出すのは不可能なんです」


「成る程。 本社内の実際の研究室まで辿り着いてそこで調べないといけないわけか」


「極秘中の極秘として研究が進められていたため、社内でも事情を知る人物は限られています。 犯人が判るまでそう時間はかからないと思います」


「社内までスパイが侵入した可能性は?」


「ゼロでは在りませんが1%もないでしょう。 うちの研究室、入るのに毎度クイズが出るんです。 そのクイズが解けないと入る事が出来ないんですが、これが日替わりでして……。 中に居る研究者がお遊びで作るんですが、難易度が恐ろしく高いんです。 この世界の天才をかき集めたようなところなので、私も一度外に締め出された事があります。 入るのに何時間もかかったりして……。 他にも超一流のセキュリティで管理されているので、部外者の侵入は非常に困難です」


「……なんかよくわからんが不思議なセキュリティだな。 まあどこから漏れたのかは兎も角……。 このテロリストが何者かって事だな」


「大体の目処は付いています。 あの護衛を突破出来る勢力は自然と絞られますし……。 問題は、完全に特定するのが難しいと言う点にあるのですが」


「と、言うと?」


「この件には恐らく複数の組織、企業が複雑に関与していると思われます。 もしかしたら政府さえも……。 私たちに与えられた役目は、そのうちの一つのテロリスト組織――最も関与した可能性の高い人物に接触し、その是非を問う事です。 私たちの他にもいくつかのチームが同時にそれぞれ担当の組織に探りを入れているので」


つまり、たった二人だけで全てを調べる必要はないという事である。 与えられた場所を調べるだけ――それならば確かに深く事情を知る必要はない。 当たり外れさえ明確ではないのだ。 気構えて全てをやり遂げるつもりで臨む必要はないという事。


「でも、一番可能性が高いんだろ? どちらにせよ気は抜けないな。 で、その組織って言うのは?」


「名称は『アース』。 ここ数年で急激に勢力を拡大した組織で、テロリストというよりはレジスタンス――この街の外部への出入りを禁じる政府の行いに対しての反対運動が高じて発生した物のようです」


「それがなんでFRESの兵器を奪うんだ……?」


「その確認が私たちの仕事ですよ。 さあ、急ぎましょう。 時間は刻一刻と過ぎているんですから」


と、口にした直後、急ぐ為には再びバイクに乗らねばならないという事実に気づいたマリーは青ざめた表情でその場で停止する。 ゼンはそんな事はまるで気にも留めず、崩れた街を振り返る。

この世界で生きている人間全てが善良で在るとは言わない。 しかし、この場所で被害を受けた人々は咎を受ける必要があるほど罪を抱えた存在だったのだろうか。

誰もが当たり前のように生き、今と言う世界に縋りつくこの街で、突然に未来を奪われる命が多すぎる。


「――止めなくちゃな」


拳を強く握り締め、呟く。 もうこれ以上、誰かが巻き込まれ傷ついてしまう前に。


「よし、行くぞコンラッドさんよ……って、何逃げてんだよ。 おい! 何瓦礫に隠れてんだよ!!」


「ゼンさん、私思ったんです。 ゼンさんって失礼ですけどお幾つですか?」


「はあ? 二十歳だよ、それがどうした」


「では私より年下ですね。 年下は年上を敬うべきだと思うんです。 そう、気を使うべきだと思うんです。 私の言いたい事がわかりますか?」


「全然わかんねえ。 つーかお前何歳だよ」


「二十四ですよ。 お姉さんですよ」


「げっ、見えねえ……。 童顔すぎだろ。 おら、行くぞ」


「いやあああああああああっ!! 安全運転で!! エコ発車でえええええっ!!」


泣き喚くマリーを無理矢理バイクに乗せ、走り出す。 高らかに響き渡る悲鳴に、街行く誰もが一度は振り向いた。


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