REV.15
高らかに鳴り響く金属音はぶつかり合う度に鮮血を伴い、蒼い星を赤く染めていく。
何故戦うのか? 何故其処に居るのか?
理由は単純だった。 R2という存在にレヴィアンクロウからダウンロードされたREVファイルはその膨大な情報量により彼女を圧迫していたし、何よりもそのREVファイルという物はこの世の森羅万象、ありとあらゆる歴史と未来を詰め込んだパンドラの箱である。 R2がその全てを受け入れる事など出来るはずもなかった。
ゼンにより突如ケーブルを切断されるというアクシデントは原因のごくごく一部に過ぎない。 それよりも確固たる理由があるとしたら、それは作り物のヒトガタが抱くレヴィアンクロウと言う存在への激しい憎しみだろう。
心を持ち、言葉を持ち、理想を持ち、愛を持つロボット。 ダウンロードの為二人の心が繋がれていた数日間、R2がダウンロードしたのはREVファイルだけではなかったのかも知れない。
故にそこにあるものはやはり憎しみだろう。 憎しみ以外に戦いを促す感情はそう多くはない。 とてもシンプルで、判りやすい理由だった。
自分と同一の存在への憎しみ。 偽者か、本物か。 その答えは明らかでも、その感情は理解出来なくても、R2はその激情を処理しきれない。
人間の持つ感情――心と言うものは余りにも激しく、熱く、冷たく、眩しく、そして時には暗い。 情報として理解出来ないそのレヴィアンクロウの激しい感情にR2も感化されていたのだ。
幾度と無く擦れ違い、交差する黒と蒼のシルエット。 踊るようなその舞台の上、翻る二人の髪が揺れて瞳が輝く。
蒼い蒼い、とても蒼い星。 命がかつて栄えた星。 忘れられた歴史と世界の星。 人々が手放し、封印した星。
それはまるで祈りのようだった。 二人の巫女が演じる演舞――。 全ての命と過去に捧げる二つの命の燃える刹那。
勿論二人の間に言葉は無かった。 しかしそれでも、二人は理解していた。 無表情なR2の真紅の瞳の向こうに燃える何かを。 感情を露にし、悲しげに歯を食いしばるレヴィアンクロウの蒼い瞳の向こうに沈む何かを。
だからやはりそう、それは演舞だった。 この小さな、子供たちの我侭の幕を引く舞い。 勝利したところで得る物は無くて、敗北したところで失う物は無い。
それでも尚、譲れない思いを抱えて舞うのであれば、それは人間と何が違うと言うのだろう。
「マリー……」
演舞を背に、ゼンはマリーをそっと抱き起こし、その髪に触れる。 血塗れの姿で、それでも力なく笑うその姿にゼンは歯を食いしばり、首を横に振った。
「辛い時は泣けばよかったんだよ、お前は……っ! 助けてって叫べば良かったんだよっ!! 何で我慢するんだよ、馬鹿野郎……っ」
「…………私、ね。 ゼン君の事、利用してたんだ……。 Ash……ウラ君がマスターだって判ったら、私は直ぐに君を選んだ……。 いざと言うとき、交渉材料に出来るように、って」
マリーの戦略は事実功を奏した。 ゼンと行動を共にしていなかったのならば、ウラを捕らえる事は出来なかっただろう。
それは勿論ゼンにも判っていた。 しかしそれにはどうしても引っかかる事があった。
「お前はどうして、俺があの工房の出身だって知っていたんだ……? その事は、俺の腕……俺の命を救ってくれた誰かと、シャッフルしか知らないはずだ」
「…………うん。 人体実験、でね……。 君の腕を、ロボットにしちゃったの、私。 本当は、やりたくなかったけど……やっちゃったから。 だから、なのかも。 罪滅ぼし……したかったのかな」
「それは違う」
マリーの頬に零れ落ちて、血を溶かして流れていく熱い涙。 ゼンはマリーを優しく抱きしめ、首を横に振った。
「感謝してたんだ、ずっと。 新しい腕をくれた事に。 謝らなくていいんだ。 俺が、ありがとうって言いたかったのに。 腕がなかったらこうして誰かを抱きしめる事も出来なかった……。 生きる事を諦めていたかもしれない。 俺は、俺を救ってくれた誰かがいたからこそ、理想を求め続けられたんだ」
「…………そっか」
真っ直ぐな男だな、と思った。
初めて会った時、とても粗暴で不躾で、大層驚いたのを覚えている。
それでもいつしかそのルールや規定の現実に囚われない、自由で前向きな姿に勇気付けられていた。
行動を共にした数日間は幸せだった。 仕事の事さえ少しの間だけでも忘れる事が出来た。 イクスを失った寂しささえも。
だからこそ怖くなったのかもしれない。 自らの手で失ってしまえば、もう二度と見る事が無ければ、恐れる事は無くなるのだろうか。
信じる事を。 助けてと叫ぶ事を。 判ってと願う事を。 誰かを愛する事を。 そうなってしまうのが、恐ろしくて堪らなかった。
でも、きっとそれでよかったのだろうと思い返す。 馬鹿でも後先考えていなくてもいい。 それでも自由に羽ばたければ、いつか堕ちてもそれは幸福なのだから。
「……やだなあ。 私、女の子っぽい事なぁんにもしないままだったよ。 こんな終わり方って、ちょっとあんまりだよね……。 ふふ……何か疲れちゃった。 すごく眠い……」
「マリー……」
「でも、寒くないよ……。 私、さすがだね。 ロボットの腕でも……あったかい、よ――」
優しく微笑み、最期まで強がってマリーは言葉を失った。
それでもまだ微かに残る身体の温もりを抱き寄せ、ゼンは静かに目を閉じ涙を流す。
「馬鹿野郎……。 馬鹿だよ、お前……っ」
涙を流し続けるゼンの傍ら、一部始終を見ていたイクスは寝転んだまま煙草深く吸い込み、紫煙を吐き出していた。
撃ち抜かれた腹を押さえ、痛みに耐えて必死に身体を起こす。 二人の背後ではまだ、この世の終わりの戦いが続いていた。
「…………ゼン。 黙って見ているわけにはいかないわ。 レヴィを、助けなきゃ……」
「…………判ってる。 ああ、判ってるよッ!! 俺はああああぁっ!!」
絶叫と共に立ち上がり、マリーに背を向けるゼン。 涙を豪快に拭い、血に塗れた指先を拳に握り込む。
「立てるか、イクス?」
「…………あー、何とかね。 本当、そろそろ真面目に死ぬんじゃないかしら、あたし」
「そうはさせねェよ」
苛立ちながら呟くゼンの横顔を見上げ、イクスは目を丸くした。
「もう誰も死なせねえ……! あんたは俺が、殺させねえ……! 絶対に、だ!」
悲しみを踏み越え、繰り返さぬようにと男は男なりに覚悟を決めていた。 その様子はイクスから見ればまだ幼く、未熟な決意に見える。 しかしそれでも、熱い思いだけは伝わったから。
傷口を抑えながら視線を逸らし、イクスは笑う。 ゼンの背中を強く叩き、それから先に走り出した。
「レヴィ! 距離を置いて戦うんだ! まともに殴り合ったらやられる!!」
「R2――ッ!! 貴方はっ!」
見開かれた真紅の瞳は見る者を吸い込むような魔性の魅力を持つ。 ぎらぎらと輝く獣のようなその眼差しが描く軌跡を追いかけ、ウラは必死に声を張り上げていた。
目で追うだけで精一杯のその戦いの中、渡り合う事は出来てもR2を倒せるだけのチャンスも生まれない焦れた状況が続く。 切り札は確かにある。 ウラはその可能性を脳裏に描きながらも、実現するタイミングを見つけられずに居た。
「一人で頑張ってるじゃない、少年……」
返事はしなかった。 ウラの左右の肩に手を乗せ、二人が前に出る。
信じていた。 立ち上がってくれると。 だからこそ、ウラはパソコンから繋げたケーブルを握り締め、冷や汗と共に言葉を紡ぐ。
「少しでいい……。 あいつの動きを止められないかな?」
「任せろ」
「信じていいよね」
「ああ。 信じてるぜ」
一瞬のやり取りと同時に駆け出す二人。 それに反応し、レヴィアンクロウも言葉無く駆け出した。
刹那の攻防――。 先行したレヴィアンクロウの放った蹴りはR2の頬を掠め、皮膚を薄く切り裂く。 しかしそのR2が回避行動を行った一瞬、ゼンとイクスがその左右に組み付いていた。
機械の両腕で攻撃するのでは動きを止める為だけに全力を尽くすゼンが左腕を押さえ込み、その隙に反対側からイクスが回り込む。 しかしまだ自由なR2の右腕は近づくイクスを蹂躙するに十分な力を持っていた――はずだった。
「――――とても残念なお知らせよ、R2」
常人ならば肩が外れてしまうような反動の大型拳銃を、イクスは片腕で使いこなす。
例え折れてしまおうとも、その腕が主の足を引く事はない。 放たれたR2の貫き手をイクスは腕を十字に構え、受け流していた。
切り裂かれた右腕のコートの袖とグローブの向こう側、露出したのは金属質のパーツ。 銀色に鈍く輝くそれは、人間とは思えぬ力と速さで貫き手を捕らえ、背面に捩じ曲げる。
「自分だけが特別だとは思わない事ね――ッ!」
ほくそ笑むイクスと驚きながら笑うゼン。 その二人を振りほどこうとするR2の眼前に、レヴィアンクロウの拳が迫っていた。
「はあっ!!」
美麗なフォームから美しく繰り出された拳がR2の顎部を打ち抜き、その細い身体が揺れて一瞬だけ力が抜け落ちていく。
その瞬間、走っていたのは命令を下すだけだったウラ本人だった。 小脇にノートパソコンを抱え、もう片方の手にはケーブル。 一直線に、R2目掛けて突っ込んでいく。
それが起死回生の策と呼べるのかどうか、イクスもゼンもレヴィアンクロウも疑問だった。 しかしそれは一瞬の事で、後は考えるのを止めた。
ウラが真剣な表情で走ってくるのが見えた。 体力も無く、勇気も無かった少年が、自らの意思で死神に立ち向かっている。 それだけでもう、十分だった。
「これで――っ!!」
擦れ違いながらウラがR2の首に突き刺したケーブル。 次の瞬間動き出したR2は四人を同時に吹き飛ばし、地べたを転がりながらもウラはパソコンのエンターキーを叩く。
次の瞬間、R2の動きが停止していた。 その様子は先ほどゼンにケーブルを引き抜かれた時に酷似している。 全く動かなくなったわけではない。 ぎしり、ぎしりと、それでも尚動こうとする動力の切れ掛かった人形のようにレヴィアンクロウと向き合う。
流し込んだのは――戦闘用AIだった。 かつて少年がOZ社の依頼でFRESから入手し、提出用に外部に保存していた代物。 全て破壊されてしまった彼の資産の中、たまたま提出用に持ち歩いていた一枚のディスク。
強制的にインストールされたそれは当然R2には馴染まないプログラムである。 なおかつ、全く別の意思であり、それは彼女の動きを大きく鈍らせる。
それはとても、とても大きな隙だった。 激しく揺れる瞳がレヴィアンクロウを捉え、レヴィアンクロウもまた拳を握り締め駆け出す。
「行けぇえええっ!! レヴィイイイイ――――ッッ!!!!」
地球を背に、真っ直ぐに駆け出した蒼い光。 R2はそれを迎え撃つ為に、鈍い動きで走り出す。
真正面からぶつかり合えば敗北するのはレヴィアンクロウだ。 それでも思い切りぶつかる他にR2を機能停止にする方法はない。
だから、一手。 どうしても一手必要だった。 仲間たちが見守る中、速度を殺さず僅かに跳躍し、身体を旋廻しながら足を伸ばす。
くるくると舞う、傷だらけのレヴィアンクロウ。 その足がR2の右肩から袈裟に深々と突き刺さり、上半身を真っ二つに両断した刹那。
恐らくそれは最期の抵抗だったのだろう。 R2の放った拳もまた、レヴィアンクロウの胸を深々と貫いていた。
REV.15
「――――レヴィッ!!」
飛び散る赤い液体の中、不自然な格好で落ちたレヴィは力なく星を見つめていた。
慌てて駆け寄って抱き寄せると、胸に空いた巨大な穴が痛々しい。 同時にR2も膝を付き、それからもう黒いレヴィアンクロウが動く事はなかった。
「う、ラ……」
「レヴィ……。 そんな……。 捨て身で……」
「それ以外に手段が思いつかなかったもので……。 でも、貴方が無事で本当に良かった」
レヴィはボクに微笑みかける。 でもボクは笑えなかった。
彼女は前の戦闘から修理もしないまま、ぼろぼろのまま戦っていた。 どんどん傷つき、それでも立ち上がり、ボクの為に……。
確かに理屈は判る。 拮抗した力同士の戦いで、装備と状況的にR2が有利。 なら、レヴィは捨て身でかかるしかなかった。 それは判るけれど。
顔の半分は崩れたまま、前髪に隠れたその傷にそっと触れる。 暖かい真紅、彼女が生きた証に触れ、ボクは目をきつく瞑った。
涙を流したくなかった。 泣き顔を見せたくなかった。 ボクの為に頑張ってくれた彼女に、してあげられる事はもっと沢山あったはず。
それでもボクは結局、彼女に戦いを強いる事しか出来なかった。 ただ、それだけしか出来なかった。 幸せをあげられなかった。
「――――帰ろう、レヴィ。 家に、帰ろう……」
「はい。 マスター」
傷だらけのレヴィを背負い、ボクはゆっくりと立ち上がった。
兎に角今は、帰りたかった。 沢山の面倒な事がボクらの前には広がっていて、その途方も無い未来に目がくらみそうになる。
これからやらなければならないことはきっと沢山ある。 それでも今は、彼女を救いたい。 出来る事ならば、永遠に一緒に居たい。
背中から伝わってくる温もりは人間の物と何も変わらなかった。 ボクらはそれから多くを語らず、歩き出す。
「ウラ……。 どこに行くつもり?」
「帰るんだよ……。 帰るんだ。 レヴィを直さなきゃいけないから。 いそがしいんだ、今」
「…………そう。 そうね。 そう、しなさい」
イクスはそれ以上何も言わなかった。 彼女自身動くのが辛かったという理由もあるのだろう。 でも、ゼンが傍に居るから大丈夫だと思う。
ボクは今は、レヴィの事を考えて居たかった。 部屋を出て、レヴィを背負ったままボクは歩き続けた。
「マスター……。 私、判ったんです。 人間になるという言葉の意味……。 私がここに居た意味」
「え?」
「私は人間になりたかった……。 人間と言うものを知りたかった。 知らなければならなかった。 人間に、『REV』を託すべきかどうか、私は判断しなければならなかったから。 ずっと昔からその為だけに、私は存在したんです」
「…………レヴィ」
「REVは……。 私を作った人たちの希望なのだと思います。 沢山の願いや夢、希望……。 或いは、絶望と呼ばれるおよそ全てのものを、私は抱えて生まれてきた。 だからその強く激しい願いを誰かに託す為に、私は心を定めねばならなかった。 人間を、愛さなければならなかった……。 それこそがREVの――地球の封印だった」
「レヴィはレヴィだよ。 REVも地球も世界も過去も関係ない。 レヴィはレヴィ……。 それ以上でも以下でもないよ」
気づけばボクは泣いていた。 背中のレヴィはきっとそれに気づかなかったと思う。 だから、涙を止める事はしなかった。
そう、きっとレヴィはその為に過去から使わされた使者なのだろう。 未来の人間、今のボクらを彼女が愛せないようであれば、知識を与える事は出来ない。 人間になりたいと言う欲求は、所謂一つの仕組まれた運命だった。
「それでも今、私は心からもう一度……。 人間になりたいと言う願いを、叶えたい」
首から回された腕が優しく強くボクを包み込む。 頬を寄せ、甘えるように囁く彼女は十分人間らしかった。
歩く一歩一歩が重く、こんな事ならばもっと体力をつけておくべきだったと後悔した。 でも、今後悔しているようじゃ遅い。 失ってから気づくのでは、遅すぎるよ。
「もしも私に二度目の命が与えられるのならば……。 いえ、何度でもいい。 私はきっと、ウラの下に辿り着きます。 そうしたら……また、一緒に居てくれますか?」
「当たり前だろ。 お前はまだまだ、人間として未熟なんだから。 物を知らなすぎるんだから。 ほっとけないんだから。 だから……」
森羅万象を宿すレヴィアンクロウに対して、それでもボクが語りかける言葉。
ボクもきっと、同じ想いだ。 君を失っても、また何度でも……求め続けるよ。 生まれ変わっても、何度でも何度でも。
出会いの瞬間から、この涙の色まで。 ボクは全部覚えているよ、君の事を。 忘れたりしない、これからどんなに時が過ぎても……それでもボクは、忘れたりしない。
掛け替えのない時間を。 失いたくない思い出を。 そして――レヴィアンクロウって女の子がこの世界に居たって事を。
「また何度でも、面倒見てやるから……。 だから、居なくなるなよ……。 ちゃんと帰ろうよ…・・っ」
「…………泣かないで、ウラ。 私は貴方を、信じているから」
涙を流す頬に触れる傷だらけの手が痛く、触れ合う度に人は傷つけあうものだと知る。
とめどなく溢れ出す涙が枯れ果てるまで、ボクはきっと前には進めない。
「またきっと……この世界のどこかで。 一緒、に……」
塔の入り口の扉の前、ボクは足を止めた。
レヴィの腕はだらりとぶら下がり、力なく揺れている。 零れ落ちた赤色はボクさえも染め上げてしまいそうで、言葉に出来ない思いが胸に去来する。
「レ、ヴィ……」
振り返ると、彼女は眠っていた。 とても充実した、安らかな寝顔だった。 明日が来る事を夢見て眠る子供のように……無邪気で、朗らかな。
だからボクは堪らなく悲しくなって、涙を流しながら彼女を抱きしめた。 その場に膝を着き、目を閉じる事もしないまま、ぼたぼたと涙だけを零した。
一瞬でも長く彼女を目に焼き付けて居たかった。 失いたくなかった。 せめて思い出だけでも……心の中に残しておきたくて。
「うあああああぁぁぁぁぁぁ……っ」
縋るように胸に顔を埋め、強く歯軋りした。
何故ボクは子供だったのだろう。 何故ボクは力が無かったのだろう。 何故ボクは未熟で、彼女を救えなかったのだろう。
何故! 何故! 何故!
力さえあれば彼女を救えた。 もっと大人だったら、彼女を救えた。 神様を恨む。 ボクらの出会いを恨む。 彼女の笑顔を恨む。
憎しみよりも狂気よりも深く、彼女の存在を愛していた。 僅かな時間の中で、どうしてこれほどまで彼女に心を奪われてしまったのだろう。
その理由はわからないまま。 ボクは彼女を抱き、声を張り上げて叫んでいた。
「誰かっ! 神様あっ!! レヴィを助けてっ!! 時を止めないでえっ!!!! 誰でもいい、助けて!! 彼女を助けてえええええ――――っ!!!!」
その瞬間、大きな扉が開き、光が差し込んだ。
向こう側に居たのは沢山の機動兵器と兵士、そして見覚えのある顔だった。
「もう、誰かに助けを求めるのは止めないか」
OZのロゴを携えた兵力がボクらの脇を通り抜け、次々と突入していく。 そんな中、スポットライトを背にしてオズワルドは歩み寄ってくる。
そっとボクの傍に屈み、両肩に手を置いて強い瞳で語る。
「君が救うんだ。 他の誰でもない、君が。 何年かかってもいい……。 君が、レヴィアンクロウを救いたまえ」
「………………っ!!」
「いつか、彼女におはようと言ってあげるんだ。 それが今、君に出来る唯一の事だよ」
泣き崩れた。 未来へと続く痛みを抱え、それでもボクは夢を追うのだと誓った。
その形は少しだけ変わってしまったけれど……。 それでも、ボクは――。
眩い光の中、泣き崩れるボクの頭を撫でてオズワルドは微笑んでくれた。 そうしてボクらの長く短かった戦いは、幕を閉じた――――。
それからの事を、少しだけ語ろうと思う。
今回の事件はFRESではなく、マリー・コンラッドが行った独断的な犯行であり、事件の被害者は百人近くにまで昇った。
フロンティアの管理塔は一時機能マヒにまで追い込まれたものの、オズワルドの到着により無事コントロールを掌握。 フロンティアが墜落するような最悪の事態にだけはならなかった。
イクスとゼンは救急搬送されて、それからしばらくの間会う事も出来なかった。 機能停止したR2は回収され、マリー・コンラッドは死亡が確認された。
この事件の発生により、OZ社はFRESと政府の独断的判断による選民とそれに伴う月での横暴に異議を唱え、地上にも伝えられた滅びの予感とフロンティアへの移住は大きな騒動を巻き起こした。
相次ぐ暴動は沢山の人を傷つけ、多くの命を掻き消した。 しかしその暴動による怒りや悲しみ、不安や暴力は街に新しい秩序を生み出し、そして人々に本物の危機感を与える事に成功した。
政府は一度解体され、その後新政府の結成が決定した。 当然直ぐにとは行かないが、それまでの間は旧政府の一部とオズワルドが指揮を取り、なんとかやっていくらしい。
FRESとOZ、二つの企業の情勢は悪と正義という二つの言葉によって決定され、FRESは事実上OZに取り込まれる事になった。 この辺はオズワルドが上手くやったと思う一瞬である。
勿論、本物の正義なんてない。 オズワルドもきっと沢山の罪を犯している。 それでもいいと、罪を犯しても生きていける強さを持つ事は、大人になるという事なのかも知れない。
ボクはOZに就職する事になった。 ボクの腕を買ってくれたオズワルドのお陰だ。 そうして一つの研究室を与えられ、REVの研究を行える事となった。
実はその後、ボクはじいさんの工房にも戻っていないし、イクスにもゼンにも会っていない。 二人が今どこでどうしているのかさっぱり判らないけれど、いつかまた会えると信じている。
揺れ動くこの世界の激動の時代、ボクらが再び邂逅するのは確かに難しい。 それでもその気になれば会える二人に会おうと思わなかったのは、自分自身の力を高めたいと思ったからだ。
OZの社員証と白衣を身に纏い、レヴィアンクロウという存在の再生に勤める今のボクは、この夢を叶えるまで彼らに会うつもりはない。
再び会う時は、レヴィとボク、イクスとゼン。 四人そろって、出会いたいから。
こうして幼いボクが体験した戦いは、静かに幕を閉じた。
そうしてそれから、六年の時が過ぎたんだ――――。