REV.11
R2。
REVと言う存在の『兵器』としての意味合いを純粋に抽出した、ヒトガタの機動兵器。
REVを抱く箱であり同時に守護者でもあるレヴィアンクロウ。 その存在はかつてその所有者であったFRESにも全様を知る事は出来ない非常に難解な存在だった。
しかし、レヴィアンクロウの難解な部分はその内部であり、レヴィアンクロウという『器』は現代の科学でも十分に理解する事が出来る。
限りなく人間に近い、『無駄』を重視しつつも圧倒的な強度と運動力、軽量さを持つマシンボディは、しかし時間と金と技術を注ぎ込めば十分に再現可能であった。
その長い年月とFRESの技術力を持ってして尚、レヴィアンクロウが持つ『無駄』は再現する事が出来なかった。 それでもその力と形だけを写し取り、無駄を省いた兵器は模造出来たのである。
二人目のレヴィアンクロウにして、FRESがその所有者であった唯一の証。 R2はその戦闘能力ならば、レヴィアンクロウに決して引けを取らない。
その上外部に強化装甲を取り付け、戦闘用に武装しているR2と動き安いとはお世辞にも言えないぼろぼろのドレスを着用しているレヴィアンクロウ。 装備的にもR2は圧倒的に有利だった。
「驚いた? 私たちが手に入れられなかったのはREVだけ。 レヴィ、貴方の形は私たちにだって模造出来る――いえ、越えられる」
高らかに鳴り響くマリーの指先。 引き金を引かれた弾丸のように、R2は疾駆する。 一直線、レヴィアンクロウのマスターを目掛けて。
蒼と黒の二つの影が交わる瞬間は命令を下したマリーは愚か、その場に居る誰一人が認識出来るものではなかった。 後から送れて飛んできた音と衝撃に誰もが息を呑む。
レヴィアンクロウの瞳が大きく見開かれ、バイザーの向こうに隠されたR2の視線と交差する。 それは、彼女にとって生まれて始めての感覚だった。
蒼穹の少女が、初めて恐れと嫌悪を抱く相手――。 それは、自分と同じ顔をした機械の人形。 R2の頬が薄っすらと笑みを浮かべ、二人の戦いの火蓋が切って落とされた。
細くしなやかな足が同時にぶつかり合うと激しい金属音が鳴り響いた。 打ち合いに成った瞬間レヴィアンクロウは悟る。 足の皮膚は裂け、真紅の液体が零れていた。
それは当然の事だったのかもしれない。 レヴィアンクロウは巨大な金属の塊を素手で粉砕する力を確かに持っている。 しかし、その身体は所詮機械。
修理する事もなく、幾度となく繰り返された過負荷は彼女の装甲を痛めつけていた。 超硬質を誇るR2の追加装甲とぶつかり合った時、砕け散るのがどちらなのかは明白。
元よりレヴィのその両手の皮膚は裂け、痛々しい程に血を滴らせて居た。 ダメージを負っていても倒せる相手ならばいい。 だが――。
R2に思考する能力も、会話する能力も存在しない。 それでもR2の唇が動くのを時の刹那レヴィアンクロウは確かに認識していた。
「レヴィッ!!」
声を上げてしまったウラ。 それは完全にこの緊張感の中、失策だった。
一瞬だけ意識がマスターに向けられてしまったレヴィの頭部猛スピードで繰り出されたR2の踵が振り下ろされ、車に跳ねられた小さな人形のように、レヴィアンクロウの身体は宙を舞う。
陥没しない。 縦にヒトガタがグルグルと回転するという異常な光景。 直後繰り出されたR2の正拳がレヴィアンクロウの胸部に突き刺さり、その身体は軽々と吹き飛ばされて行った。
あなたは弱いね、レヴィ。
そんな風に、R2の唇が動いたような気がした。
REV.11
部屋中をめくるめく世界のかつての景色たち。 それに囲まれた空間で、立っているのはもうR2とマリー・コンラッドの二名だけだった。
つい先ほどまで圧倒的優位にあったウラたちは全員床の上に倒れ血を流している。 何よりも問題なのは、絶対的な力を持っていたレヴィアンクロウがあっさりとR2に敗北してしまった、というどうしようもない事実である。
レヴィアンクロウの性能がR2より劣っているわけではない。 それでもこの一瞬、戦闘能力という限定された力で言えば、R2はレヴィアンクロウより何枚も上手だった。
吹き飛ばされたレヴィの髪を掴み上げ、動かない身体を強引に引き摺り上げるR2。 その動作はとても淡々とし過ぎていて逆に薄ら寒ささえ周囲に与えるだろう。
「マリー……。 流石に仕事をサボっていたわけじゃなさそうね。 R2が、実際に動いているなんて……」
声を発したのはイクスだった。 額から夥しい量の血を流しながらも強がりで笑みを浮かべて見せる。
「イクスが居なくなって何年経ったと思ってるの……? 現実を見ないで夢ばかり追いかけて、現を抜かしていた君とは違うの。 これが今の私。 今の私の力なの」
R2はレヴィアンクロウを床の上に落とし、うつ伏せに倒れるその後頭部をヒールで踏みつける。 赤い液体が床の上に広がり、レヴィアンクロウの身体は痙攣するように震えた。
レヴィアンクロウは歯を食いしばり、必死でそれを覆そうと身体に力を込めていた。 砕け散ってしまった左顔面からぼたぼたと流れ落ちていく痛みの証。 深く肩を揺らして呼吸をするその姿は人間と何一つ変わらない。
流れているのは血液かそれともオイルか。 どちらにせよ彼女の身体に通う命の証に変わりはない。 ゆっくりと、しかし確かにそれらが失われていく様――。 世界そのものを有する絶対無比の守護者を跪かせるだけの力。 それは、マリーの力を誇示していた。
「やめろっ!! レヴィの中にはREVファイルがあるんだぞ!? あんただってそれを失いたくはないだろ!?」
「確かにね。 でも、中断されてるダウンロードさえ終了すれば、容器はもう用済みなの。 とりあえずデータベースとして持ち帰れればそれでいいから、最悪首から上だけだって構わないわ」
「な……っ!?」
「勘違いしないで、ウラ君」
踊るように、舞うように。 その場でステップを踏み、光の下マリーは微笑を浮かべる。
両手を広げ、世界の記録を臨み、静かに吐息伴いながら語るその様子は、恍惚と悲壮――狂気と愛に満ちていた。
慈悲深き聖女。 そんな言葉と同時に浮かび上がるは深淵の魔王、という言葉か。 聖女にして魔王は、にこやかに語る。
「私はこの世界が大ッ嫌いなの。 大、大、大ッ嫌い。 進化も再生も必要ない。 だから私は、全てを裏切るの」
R2のに首根っこを掴みあげられるレヴィアンクロウに余力は残っていないように見えた。 それでも震える血まみれの手でR2の腕を掴み返す。
「マス、ター……ッ! 私は……大丈夫ですから……っ!」
その腕を取り、R2は何の前触れも無く有らぬ方向へと捻じ曲げる。 今まで聞いたことも無いような悲痛な音が響き渡った。
「あ……っ!? ぐ……あ、う、うぅうっ!」
長く、細くしなやかな指先たちはおかしな方向に向いてしまった瞬間全てが不気味な物に変わってしまう。 圧し折れた腕に思わずレヴィアンクロウは我慢していた悲鳴を上げてしまった。
それは、いけないことだった。 彼女はずっとずっと、わからないふりをしていたのに。 だから、ウラは冷や汗を流して震える声を上げる。
「レヴィ、お前――――。 痛みが、あるのか……?」
少し考えれば当然のように辿り着く事実だった。
料理を食べて、『おいしい』のならば。 腕を圧し折られ、『痛くない』はずがない。
レヴィアンクロウが持つ人間らしさと言う名の無駄の中には五感も含まれている。 そしてそれは、痛みを感じないR2と大きく差を開く要員でもある。
骨を砕かれようとも皮を引き裂かれようとも痛みを感じないR2はその手を緩める事はない。 どんな状況でも可能な限りのポテンシャルを発揮し、常に最大の戦果を上げるだろう。 しかし、レヴィは違う。
マスターの一挙一動に必要以上に反応してしまう。 痛みを感じてその手に迷いが生じてしまう。 人間らしさという無駄たちが今、機械仕掛けの少女を苦しめていた。
「いだぐ、ない……」
ゆっくりと首を振り、引き攣った笑みを浮かべるレヴィアンクロウ。
「だいじょう、ぶ……」
それがどうしようもなく悲しくて、ウラは首を横に振り拳を床に叩き付けた。
「もう止めてくれェッ!! もう結果は見えただろ!? これ以上レヴィを壊さないでっ!! レヴィを傷つけないでえっ!!!!」
レヴィアンクロウのマスターが心の底から激しく叫ぶ敗北宣言。 虚ろな瞳を浮かべるレヴィアンクロウが床の上に放り捨てられ、戦いは決着した。
しかし同時にイクスとゼンも同時に立ち上がっていた。 二人の瞳にはまだ闘志がはっきりと見て取れる。 しかしR2の足がレヴィアンクロウの額の上に軽く乗せられると、ぴたりとその動きは止まってしまった。
あれだけ必死に。 もう傷つけないでと願い叫んだ少年の思いを。 二人はどうしても、裏切れない。
「マリー……お前、何をしたいんだ? そんな物騒な女こしらて、てめえが得たい物って何なんだよ」
「ゼン君はさ、どっちの味方なの? 世界を救うのなら私に付くべきべきでしょ……? 感情と現実と、秤に乗せて考えて見てよ」
「冗談抜かすな。 俺の秤は常に片側が地べたにくっついてるぜ。 感情突き通せねぇ現実なんぞクソ食らえだ」
「そう、言うだろうと思ってたよ。 だから、R2――。 二人とも、もう追ってこないようにしちゃってよ」
頷く事も返事もなく、R2の身体が動く。 刹那、二人は別々の方向に跳んでいた。
認識するよりも早くゼンはナイフを、イクスは拳銃を抜き、迫るR2に備える。 しかし振り返るより早く、R2は二人の腕を掴み上げていた。
「はや――――っ!?」
左右のゼンとイクスを同時に持ち上げ、反対方向に投げ飛ばすR2。 機動兵器さえ倒す二人が一瞬で宙を舞い、左右の金属壁には大きな窪みが生まれた。
鉄の塊に高速でたたきつけられれば人間はもうそれだけで命を落とす程のダメージを受ける事になる。 意識が跳びそうな痛みの直後、二人は床の上に無様に倒れこむ。
二人が血を流し倒れる様を眺め、ウラは震えていた。 それは彼に勇気がなかったわけではない。 R2という圧倒的に無慈悲な殺意に立ち向かう事など、本能が『やめておけ』と絶叫する。
たかだか十代そこそこの少年がそんな力に立ち向かう事など出来るはずもない。 しかしそれでも、ウラは必死に自分に言い聞かせる。
今まではずっと、諦めの言葉を聞かせていた自分の心を奮い立たせ、必死に、必死に。 目をきつく瞑り、手にしたのは拳銃だった。
「もう、止めろ……っ!!」
小さな拳銃が。 R2は絶対に倒せないその拳銃が、マリーに向けられていた。
動き出そうとするR2を片手で静止し、マリーはあえて前に出る。 銃口を向けられた女は自らの額を指差し、にっこりと微笑んだ。
「――――撃っていいよ、ウラ君。 君にその、覚悟があるのならば」
心臓さえ止まりそうな、時が凍りつきそうな瞬間。
ウラの手は小刻みに震えていた。 それは人の命を奪うという事を彼の心が必死に阻んでいる証だった。
マリーという人間を知り、その行いの向こう側にある不確かな彼女の想いを知ってしまったウラ。 ただ憎しみと衝動にかまけて引き金を引く事が出来なかったのは、皮肉にも冷静に思考が可能なほどに成熟していた彼の心の所為。
そう、それは出鱈目に引いていいものではない。 二つの境界線を、罪を知る者と知らない者との間を二分する引き金。
甘さであると誰もが指を刺し笑うだろう。 本当に大切な物が三つ、目の前で失われようとしているのに何を躊躇うのか、と。
しかしそれでもその戸惑いこそがウラの美徳であり、そして彼がレヴィアンクロウのマスター足る証でもあるだろう。
「さあ、どうしたの? 私を止められるとしたら、今この瞬間だけだよ。 私は生身の人間、体力もなにもないし避けるなんて絶対無理。 それでも殺さないの?」
「ぼ、ボクは…………」
「君が決意できないなら私が促してあげる。 瞳を閉じて、十数えるから。 あなたはそれに合わせて引き金を引けばいい」
誰もがその景色に目を奪われえていた。 かつての世界の中心で、清らかな声で数字を唱えるマリー。
それと相対し、両手で必死に握り締めた銀色の刃に迷いを乗せるウラ。 緊張は少年の呼吸を乱し、その双肩にずっしりと圧し掛かる。
「十」
そう、確かにこれは二度と巡って来る事はないであろう一発逆転の瞬間である。
R2という絶対的な力を屈服させる手段を持たないこの刹那、ただ一つの指先が運命を左右する。
「九」
レヴィアンクロウ。 イクス。 ゼン。 三人ともウラにとって掛け替えのない仲間であり、友であり、家族であり――。
当然、自ら手を汚してでも守らねばならないもの。 そのくらいの覚悟は持ってこの銃を受け取ったはず。
「八」
それでも尚指先を石のように重くしているのは何か。 戸惑い――。 マリーが見せた涙が忘れられない。
「七」
安易に引くべきではないその引き金を、大きな目的の為に引く――。 理由をずっと求めてきた少年にとって今、引き金を引くに足る理由は腐るほどある。
それでも尚、汗は止まらず呼吸は喧しい。 引っかかっている物は何か、考えねばならない。
「六」
イクス。 突然の出会いと共に現れた不思議な女性。 良くも悪くも少年の理解者であり、保護者であり、そして始めての仲間だった。
「五」
ゼン。 かつての罪と自らの業を宿す大切な友。 ずっと捜し求め、生きている事を信じ続けていた。 それを今、失う事など絶対に許されない。
「四」
そして、レヴィアンクロウ。 守ると誓った。 信じると誓った。 自分の全てを認め、信じてくれる彼女に絶対に応えるのだと誓ったのだ。
それなのに、血塗れで床の上に倒れてぴくりとも動かない。 それは何故なのか考えねばならない。 当然判りきっているその、自分が無様な所為であるという明白な理由を飲み込まねばならない。
「三」
両手を汚す事を恐れているのか。
「ニ」
マリーを悪と断ずる事を迷っているのか。
「一」
その、両方でもないのならば。 理由は一体どこにある――?
「………………ボクは」
拳銃はゆっくりと持ち主の手をすり抜け、床の上に音を立てる。
「感情や手段や目的の為に、自分を捩じ曲げたくない……」
涙を流し、歯を食いしばり。 それでも少年は我侭を口にした。
「ボクは、マリーと同じにはならない! どんなに大切な物を守る為でも、誰かを犠牲にしてそれを掴むなんて事は絶対にしたくないっっ!!」
「そう」
銃声が一発。 この出来事の終幕を告げるように、鳴り響いた。
撃ち抜かれた少年の身体がぐらりと傾き、白い床の上に倒れこむ。 目に映る様々な世界の景色を見上げ、少年は撃たれた胸に手を当てた。
「ごめん、イクス……。 ごめん、ゼン兄ちゃん。 ごめん……レヴィ……」
応える声は無かった。 しかしそれでも少年が目を閉じるよりも早く、その身体は支えられていた。
「馬鹿野郎、謝ってんじゃねえよ」
「そうそう。 好きでやってる事なんだから、謝られる謂れはないわ」
二人は血まみれになりながら、傷だらけになりながら、それでも立ち上がっていた。
徒手空拳。 武器は無く、致命的なダメージを負っている二人がそれでも立ち上がれた理由を挙げるならば、それは『気合』だったと言う他にない。
その非科学的、非合理的な人間らしい衝動が、二人の足を限界を超えて動かしていた。
「まだ動くの?」
「馬鹿、舐めんじゃねえぞ。 ロケット噴射くらって生きてた俺だぜ? これくらいでくたばるわけねーだろが」
「マリー、学習しないわね。 人間の底力は常に現実も空想さえも凌駕するのよ。 これ名言ね」
瞳は死んでいない。 何故、立ち上がるのか。 何故、軽口を叩くのか。
それは二人の大人が少年に突き動かされた瞬間だった。 熱く、愚直に。 理想と願いを口にし、必死で立ち上がる少年の姿を目にして心が震え立たない程彼らは大人になりきれてはいなかったし、その願いをどうしても叶えてやりたくなってしまうくらいには子供を卒業していた。
子供が一生懸命ならば、大人は支えなければならない。 たとえ愚かだろうとも無意味だろうとも、全力で立ち向かう姿を笑うのならば、それは己の過去さえも色を失くす行為。
マリーには理解出来ないその二人の行動は、しかし意外な状況の変化を促した。 R2は無言で後退し、マリーも踵を返す。
「どっちにせよ君たちに用はもう無いから。 R2、レヴィアンクロウを回収して撤収するよ」
指示通り、レヴィアンクロウを担ぎ上げるR2。 マリーの声に身体を起こし、立ち上がろうとして失敗したウラは顔面から派手に床の上に転倒する。
「待てよ……! 行かせるわけが、ないだろが――っ!!」
痛みを堪え、血まみれの爪で床を掻く。 必死に顔を上げ、レヴィアンクロウを見つめる。
「待ってろ、レヴィ……! 言う事聞く必要なんか、無いんだ……! やりたくない事を……! 無理を強制される必要なんか無い! 他人が強いた運命に、従うなんて……っ」
「私は大丈夫です、ウラ」
R2に担がれた姿のまま、少女は笑っていた。
無言で足を止め、R2を静止するマリー。 その表情はウラたちには見えなかったが、どこか寂しげであった。
「貴方と過ごせた時間は、余りにも短かったけど……。 それでも、私はその間だけでも、人間という物を知る事が、出来たと思います」
「……待てよ」
「それにもう、ウラは一人ではありません。 イクスや……ゼン。 きっと彼らが貴方を支えてくれる。 寂しい夜も、乗り切れない過去も……一緒に越えてくれる。 本当は、そこに……私が並んであげたかったけれど……でも、大丈夫です」
「待てって……。 何だよ、それ……」
「ウラ、貴方は私の本当のマスターでした……。 貴方以外は考えられない。 貴方だったからこそ、私は此処に居た。 貴方と共に歩めた事を、私は誇りに思う」
「黙れよ! 何勝手に諦めて語ってん、だよ……っ!! 人間になるんだろ!? 何の為に一緒にやってきたんだよ!? おいいぃっ!!」
「さようなら――。 たった一人の、私のウラ」
微笑が遠ざかっていく。 少年は痛みも忘れ、必死に立ち上がる。
その度に傷口から血が流れ出し、しかしそれさえも気にせず、震える足で追いかける。
「行かせないって行ってんだろ……! 何が本物のマスターだ、ふざけんなよ! 本物探すんだろうが! これから、一緒に……っ。 お腹空いたでしょ……料理作ってあげるから帰ろうよ。 もうめんどくさいなんて思わないからさあ……! もっと話したい事沢山あるんだよおっ!!」
R2の足にしがみ付いた少年は必死に少女に訴えかける。 しかし、R2は軽々と少年を振りほどき、その度に少年は床の上をのた打ち回る。
見るにかねない無様な光景だった。 しかしそれでも、レヴィは唇をかみ締め、じっと見つめていた。 作り物の瞳からぼろぼろと涙が零れ落ち、きつく瞼を閉じる。
「待ってよマリー……。 大事なんだよ、ボクには彼女が必要なんだよ……。 一番大事な物を、奪わないでよ……。 返して……! レヴィを返してよおっ!!」
「もう、いいんです……っ! いいんです、ウラ……っ」
「お前が良くてもボクが良くないんだよ、わかんないやつだな……」
振り払われても何度も立ち上がり、その度に倒れそうになる足に必死に鞭を打つ。 痛々しいその姿を、レヴィアンクロウはもう見ていられなかった。
「服も新しいの買ってやるよ……。 壊れたところも直してあげる。 ボク、それくらいの事は出来るから……。 今、連れ帰るか、ら……」
伸ばした指先は届かず、小さな身体は床の上に音を立てて倒れた。 それが、決着以外の何かであるというのならば何であるだろうか。
少年はそれでも、意識を失いかけて尚、その手を伸ばす。 ゆっくりと、指先が力なく伸び、大地に伏して。
去っていく姿をゼンもイクスもただ見送るしか出来なかった。 これ以上無理をさせればウラが死んでしまう事は間違いの無い事実だったから。
重く扉が閉ざされ、少女の姿は見えなくなった。
「レ、ヴィ……」
うわ言のように呟いた少年の一言が、ただただ空しく白い空間に木霊した。