REV.10
「……ごめんね、ウラ君」
マリーの言った言葉は、拍子抜けするくらい優しいトーンでボクの耳に届いた。
治療を終え、傷口には包帯が巻かれている。 流石はFRESの医療技術と言ったところか、痛みはもう殆どない。
治療が終われば直ぐに始まる、ボクがこの場所に呼ばれた理由。
そこは何重にも閉ざされた巨大な鉄の扉の向こうに広がっていた巨大な空間。 床も壁も天井も真っ白な、不思議な空間だった。
その部屋の中央、大きな白い椅子にレヴィは腰掛けていた。 準備は既に整っているのか、レヴィは今は眠りに着いている。
ただ一人この部屋に同席するマリーに導かれ、傍に置かれた端末の前に腰掛ける。 指を鳴らし、部屋の中を見渡した。
「当然監視はしてるよ。 妙な動きをすれば直ぐに判るから」
「言われずとも判ってるよ。 それに、ボクは自分の意思でREVを解き放つ」
「そう。 それじゃあ早速始めて。 REVファイルをFRESのメインコンピュータに転送するの。 出来る?」
「嘗めるな。 ボクはレヴィアンクロウのマスターだ」
小さく呼吸を整え、覚悟を決める。
どちらにせよこのREVという力からボクらは目を逸らす事が出来ない。 なら、いつどこで解放しようがそれは同じ事だ。
前回と同じく意味不明な単語の羅列に答えを返していると、背後に立ったマリーが小さな声で話し始めた。
「レヴィは街に出るまでずっと眠っていたの。 勿論、この文字……REVコードの解析も出来なかった。 REVという力の本質を、私たちはどうしても手に入れる事が出来なかった」
「だから街に出して目覚めを促したのか。 沢山の命を犠牲にして」
「仕方がなかった、なんて言い訳はしないよ。 でもその選択は今、どうしても解くことが出来なかったコードを易々と潜り抜ける君という存在に繋がってる。 後悔はしない」
ボクは手を止めなかった。 彼女も当然それは望んでいない。 ただ何故か後悔は無いと言い切る彼女の様子はとても煮え切らないように感じた。
ここに来た時も彼女はボクに親切にしてくれた。 さっきも傷をいたわりながら部屋につれてきてくれたし、今も彼女は訊ねもしない事のあらましを話してくれている。
「あんたたちはREVが何であるか知ってるんだろ」
「うん。 REVは私たちの希望であり――。 そうね、きっとパンドラの箱。 欲しい小さな希望を取り出す為に、数え切れない悪意を世界にばら撒く事になる。 それでも、私は……」
言葉は止んだ。 彼女も違和感を覚えたのだろう、この最期の質問に。
REVの帰るべき場所を知っているか――。 それは明らかに何者かによって跡付けされた、法則性にそぐわない一言。
「何、この問いかけ……。 こんな関連性のない質問が最後に出てくるなんて……」
きっと頭のいいであろうマリーにも、この答えは判らない。
あの時のボクにも判らなかった。 でも、今は少しだけその答えに近づけたと思う。
レヴィは安らかに眠っている。 不安になんて感じていないんだ。 ボクを信じて、そして今全てを預けてくれている。
その信頼に応えられる人間で在る様に、ずっとボクがそう在る様に、ここにボクが入れたい答えは一つだけ。
――――簡単な答えだけど……『他に選択肢もない』んだし。 でもね少年、あんたはお嬢さんの所有者にでもなったつもり?
イクスは言っていた。 彼女にはもう答えは判っていたんだ。 確かにそれ以外に答えなんてない、当たり前すぎる返答。
そしてその場所を選ぶのは、きっとボクではない。 何故なら彼女はボクの物などではなく、自ら意思を持って考え行動するのだから。
ならば、帰るべき場所は。
――――ウラが居なくなったら……私は何処に帰ればいいんですか!?
戸惑うマリーとは裏腹にボクはとても落ち着いていた。
そしてこの辿り着いた当たり前の答えに、レヴィからの深い信頼と愛情を感じる。
そう、最初からわかりきっていたのに。 わざわざ遠回りをして、ボクは今彼女に伝える。
「此処に居ていいんだよ、レヴィ」
入力スペースに打ち込んだのはアルファベット三文字。
ただ、『ULA』とだけ。 その一言だけ。
刹那、溢れ出した情報の奔流はボクの知る世界の何倍もの広さで、FRESのデータベースに雪崩れ込む。
そこに記されていたのは、秘密の破壊兵器でも神様の在り処でもなく。
地球という緑の星を生きた人々の、最初から最期までを記録した、切ないメッセージだった。
REV.10
FRESとOZの抗争は、ゼンとイクスにとって僥倖であると言えた。
たまたま街中に停められていた大型バイクに跨り、百階を悠に越える巨大な城へ飛び込んでいく。 後先は考えない。 例えそれが馬鹿げているとしても。
ビルの構造はゼンが把握している。 ゼンのような『ならず者』が出入りする裏口へと真っ直ぐに加速し、硝子張りの出入り口を突き破り侵入する。
迂回して侵入。 準備を整える。 色々と考えるべき事はあるが、まずと突入する事から始めると愚か過ぎる判断を下した二人の相性は確かに良いと言えるのだろう。
裏口付近に居たゼンの同僚たちも舞い散る硝子の破片と共に派手に飛び込んできたバイクに空いた口が塞がらない。 それは勿論上司であるシャッフルも例外ではなかった。
「…………。 ゼン……これは、なんだ?」
「…………なんだろう?」
真剣な表情で見つめう二人。 しかしその不思議な空気は一瞬で崩れる事になる。 ゼンの背後に跨っていたイクスが銃のグリップでゼンの後頭部を小突いていた。
「はいはい、注目! レディースアンドジェントルメンッ!! お祭りの時間よ、ロックンロール!」
二丁の大型拳銃を構え、湿気た煙草を咥えた口の端から紫煙を吐き出し、引き攣るように笑う。
「ゼン! ボケっとしてんじゃ無いわよ! 遊びに来たわけじゃあないんでしょうっ!?」
「…………判ってるよ! 悪いシャッフル! 何も聞かずに通してくれないかっ!?」
当然無理すぎる注文だった。 その場に居る同僚たちは皆顔を突き合わせては首を傾げている。 判断は当然、統括する立場にあるシャッフルに任されていた。
小太りの男は上着のポケットから煙草を取り出し火を点ける。 それからしばらくの間窓の向こうを眺めた後、深く煙を吐き出した。
誰もがその次の言葉を待つ中、シャッフルはゆっくりとした足取りでイクスの前に立ち、満を期して呟く。
「私たちは何も見ていないし、聞いていない。 行き成りテロリストに襲撃され、気を失った……という事にしておこう。 お前らは外に出ていろ。 何だかよくわからないがよくない事になりそうだ。 巻き込まれたいやつはいないだろう」
全員同時に頷き、ゼンに背を向けていく。 最後に残ったシャッフルは深く溜息をつき、自らの額を親指で叩いた。
「後は頼む」
「オーケエ」
思い切り振り下ろされたイクスの大型拳銃のグリップがシャッフルの額に減り込み、盛大に血飛沫をあげる。
「おぉい!? 少しは手加減しろよ!?」
「手加減って苦手なのよね……」
しかし勿論、警備体制は万全である。 次々と現れる小型の駆逐兵器たちを目にした瞬間、イクスは無言で引き金を引いた。
放たれた弾丸は吸い込まれるように機械の兵士たちに命中し、派手に爆炎を巻き上げる。 対機動兵器用爆裂弾頭――。 イクスは容赦なくそれを両手に構えた双銃から吐き出していく。
巻き起こる炎と煙る風の中、ゼンも両手にマシンガンを構えて走り出す。
「本格的なセキュリティが発動すれば太刀打ち出来ねえのが出てくる! 先を急ぐぞ!」
「あくまで今回はレヴィとウラの救出って事ね。 はいはい、オーライ」
バイクに強引に積み込まれていた長大な対戦車ライフルを背負い、イクスもゼンの後を追う。
「それで、行き先はわかってるの? これだけ広いビルじゃ闇雲に探しても見つからないわよ」
「宇宙開発特務室だ」
「根拠は」
「本人に――聞いたんだよっ!!」
立ち塞がる警備員達にマシンガンを掃射する。 追ってくる機動兵器はイクスが爆破。 二人は背中を合わせるように移動しながら話を続ける。
「あそこは独立した部署だ! 研究室の一つや二つあってもおかしい事は何もねえ!」
「ふうん、そう――。 マリー、まだそこにいたのね」
「何か言ったか!?」
「いいえ。 ただ、あっけないものね。 今のFRESのセキュリティなんて――」
黒煙の中から歩いてくる二人の姿はただの警備員ではまるで相手に出来ないような迫力が感じられた。
FRESのセキュリティは一級品である。 それには違いないが、二人はその穴を縫うようにして地下――宇宙開発特務室に向かう。
セキュリティ構造を知り尽くしているのはゼンだけではなかった。 ゼンの知らないFRESの情報は、イクスが補う。 二人は抜群のチームワークで敵陣のど真ん中であるにも関わらず、圧倒的優位を誇っていた。
かつてこのような出来事は起こらなかったし、きっとこれからも起こらない。 馬鹿げた二人の力任せの突撃は、しかし意外なほどスムーズに進行する。
「お前FRESとどういう関係だ? 何で警報装置の位置を知ってる」
「さぁ、どうしてかしらね――。 ま、それも込みで話があるのよね……マリーには」
二人の最大の障害となったのは宇宙開発特務室の入り口に存在する無数の鉄の扉だった。 その装甲に試しに弾丸を撃ち込んで見るものの、当然破壊する事は出来ない。
機動兵器を吹き飛ばす火力でさえ通用しない事はイクスには判り切っていた。 それでも試してみたのは、何となくという理由である。 気づいたら撃っていた、とも言う。
その凄まじい突然の爆発と轟音に文句を言うゼンの声も無視し、イクスは銃をホルスターに収納し端末に触れる。
ロックを解除するのは極めて難解である。 天才の集うこの部屋の扉を開くには、アトランダムに出題される難題全てに解答する必要がある。 付け加えて言うのならば、全十問の内一問でも不正解になった場合、また最初からやり直しとなる。
「そういやマリーの奴が言ってたな……。 侵入者は絶対にここには入れないって」
「あら、世の中に絶対なんてないわよ?」
「つってもな……。 余程頭が良くねーと入れないらしいぞ? それこそ最高のセキュリティになるくらいに」
「さてね。 それじゃあ――――試して見ましょうか」
ぺろりと舌を出し、唇を舐めて笑うイクス。 そんな彼らを追い、無数の機動兵器が迫ってくる。
「十五分、時間を稼いでくれる? そうしたらあんたに奇跡を見せてあげる」
「――――ッ!! くそっ!! 開きませんでした、なんてオチは承知しねえからなっ!!」
対戦車ライフルを担ぎ、追っ手に向かって突撃するゼン。
その背後、静かに笑みを零しながらイクスは呟く。
「さあ……。 あれからどれくらいあんたが成長したのか見てあげるわ。 マリー・コンラッド――――」
「世界の、記憶……?」
部屋中に浮かび上がる立体映像たち。 それらはREVというファイルの中に記録されていた映像のごくごく一部に過ぎない。
鮮やかな夕焼け。 静かに波打つ漣の音。 本物の流星群。 数え切れないくらい、人が溢れ返る街。 かつて世界が本当にそこに在ったのだという数々の証。
それらはどれも美しく、時に醜く。 しかしそれでもボクらにとっては鮮烈な、いとおしく、喉から手が出るような――そんな世界。
囲われた偽者の世界ではなく。 何処までも広がっていた、本物の世界。 蒼い空。 白い雲。 笑ってしまうくらい当たり前なはずのそんなものが、美しい。
流れては消えていく様々な誰かの思い出の欠片達を見上げ、マリーもまた目を細めて見入っていた。 この世界のこんな記録は残っていない。 『過去』を知る人間はいない。 誰も興味がないから。
不思議な事だとボクはずっと思っていた。 この世界に生きる人は皆、『昨日』にも『明日』にも興味がないのだ。 刹那的に毎日を繰り返し過ごし、それに飽きる頃自然と死んで行く。
そんな世界が嫌で、此処ではないどこかを目指そうと夢見ていたボクにとってそれらは金銀財宝の山さえも凌駕する価値を持っていた。 きらきらと瞳に流れ込んでくる世界の景色、音――。
「何故、人は失ってしまったんだろうね……」
とても寂しく、ぽつりとマリーは呟く。
その横顔が余りにも悲しそうで、ボクは彼女を恨めなくなる。
理由を求めてもそれはきっと意味のない事だ。 終わってしまった世界はもう取り戻せない。 それでも、彼女の言葉は深く共感できた。
どうしてなのだろう? これほどまでに美しく、掛け替えの無い世界。 何故失い、そしてボクらは何故偽りに囲われたのだろう。
この世界という根本的な疑問に伴い、熱く切ない思いが胸に去来する。 マリーは頬に涙を伝わせて居た。 そしてボクはオズワルドの言葉を思い出す。
きっとこれは、確かに物の一面に他ならない。 これはきっと、とても大切で。 でもそれは、誰かを傷つける。
「取り戻したいなあ……。 取り戻したいよ……。 綺麗な世界を、みんなの手に……」
うわ言の様にマリーは呟く。 それは同感だった。 今のボクらの世界は、これに比べれば余りにも醜く閉鎖的で、余りにも明日がない。
「あんたは……あんたたちは……REVをどうしたいんだ?」
零れ落ちた疑問はきっとボクの本心だった。 レヴィの中に眠る膨大な破壊と再生の記録。 美しい物と醜い物。 かつて世界に溢れかえっていた、『あたりまえ』という名の宝石たち。
これを知り、感動と共に涙を流したマリーは本当にボクの敵なのだろうか。 悪人なのだろうか。 そんな疑問に意味がないと判っていても。 それでも知りたくなる。
「マリーはこの世界をどうしたいの……?」
ボクの問いかけにマリーは微笑みと共に向き合い、そして答えてくれた。
「REVはね、ウラ君。 『Revolution』であり、『Reverse』でもある。 世界という膨大で抽象的な情報の塊をどう使うのかは……きっと人間次第なんだよ」
「マリーはどちらを選びたいの……? 進化か、それとも再生か……」
「この世界は、偽りと停滞に満ちている」
冷たい呟きだった。
「毎日何も変わらなくて。 同じ事の繰り返しで。 些細な変化の中、人間は明日を夢見る事も昨日に思いを馳せる事も辞めてしまった。 今この世界でね、きらきらした目をしているのはきっと子供だけ。 閉ざされた世界の中、何もない世界になれてしまった大人は皆、生きるって事を忘れちゃうんだと思う」
ボクも同感だ。 そしてボクもそうなりかけていた。
諦めて、納得させて。 他の誰でもなく自分自身に言い訳を繰り返す日々。
幸福や絶望はどこか遠いところにあって、自分には無関係。 そうしていつの間にか大人になる。
みんなこの世界に生きる人は不真面目で不誠実なんだ。 一生懸命になるという事を知らない。 皆孤独で、でもそれでいいと考えているから、繋がりが生まれない。
囲われた世界の中で、ボクらはいつしか沢山の物を諦めて、沢山沢山数え切れないくらい自分に言い聞かせて、嘘で満ちた世界に落とし所を求めていた。
「これは、進化なのかな……。 にらみ合うOZとFRESさえ、正面衝突する事はない。 皆望みがないから、欲望がないから、大きな争いにもならない。 どんな変化も無くなれば、きっと確かにそれは平和なんだと思う」
マリーが端末を操作すると、見るに耐えない人の死と憎しみの連鎖の映像がこれでもかというほど部屋中に張り巡らされた。
それは戦乱の記憶。 誰かが憎しみで人を殺し、笑った記憶。 吐き気を催すようなおぞましい数の悪意。 それはきっと、星さえも滅ぼす。
「美しい、解放された世界には果てしない欲望と憎しみがある。 世界が広がれば広がるほど人は何かを求めずには居られない。 閉ざされたこの世界だって開かれてしまえばきっと……同じ歴史を繰り返す」
「……同じ事を繰り返すなら、それは進化じゃないよ。 ただの堂々巡りだ」
「では再生? それこそ同じ事の繰り返しだよ。 だから、進化も再生も出来ないなら……。 そして世界の維持すら出来ないなら。 人間は――」
マリーの言葉が詰まると同時にボクらの背後、重く閉ざされていた扉が開いた。
映し出されていた立体映像を突き抜け現れた二人の姿に思わずボクは目を丸くする。
「十五分も必要なかったわね。 容易なロックだわ、マリー」
「イクス! それに……ゼン兄ちゃん!?」
おかしな組み合わせだった。 ボクら四人はそれぞれ入れ違った立ち位置で向かい合っている。
拳銃をマリーに向け、吸殻を吐き捨てるイクス。 マリーはそれを見て苦笑する。
「やっぱり、イクスには通用しなかったか……。 勝てないなあ、元室長には」
「室長……って、どういうこと?」
「あら、ウラにも言ってなかったっけ? あたし、元々宇宙開発特務室――ここの室長なの。 ここで一番頭が良くて偉い人。 判る?」
「はあっ!?」
どう見ても科学者という様相じゃない。
ボクと兄ちゃんが口をあんぐりさせているのを無視して二人は会話を続ける。 何はともあれこれはまたとないチャンスだ。 ボクは直ぐに反転し、レヴィの下へ向かう。
「REVを開け放った感想はどう? 個人の手に負える知識じゃないと思うけど」
「イクスが弱腰な事を言うなんて珍しいね。 でも確かにこれは個人が所有するような財産じゃない。 だから、有効活用しなくちゃ」
二人の会話内容は気になるけれど、それは後だ。 レヴィとの接続を解除しケーブルを引っこ抜くと、気を失っていたレヴィがゆっくりと瞼を開いた。
「ウラ……」
「レヴィ……。 ありがとう、信じてくれて」
「…………はい。 貴方を信じていました」
柔らかな笑顔を浮かべるレヴィを強く抱きしめる。
レヴィは暖かい。 機械であることさえ忘れそうなくらいに。 もう手放したくない――強く願う。 彼女がボクの手を握り締めていてくれたように。 ボクは彼女を強く抱きしめる。
誰かに命じられたわけでも、ましてや偶然や運命なんかじゃない。 ボクは、ボクの意思で。
「一緒に帰ろう、レヴィ……」
触れれば触れる程胸の内から熱い想いが溢れてくる。
守らなくちゃならないんだ、今度こそ。 今度こそ――。
「おい、それは一体何の話だっ!?」
ボクらの視線が向けられたのはゼン兄ちゃんだった。 何やら蒼白な表情を浮かべてマリーに詰め寄っている。
「そんな話、噂にさえなってねえぞ!? 出鱈目か何かの間違いじゃねえのか……!?」
「ううん、間違いじゃないの。 もうずっと前から判っていた事なの。 もう、限界なの」
何の話だろう? よく聞き取れないと感じてボクらは傍に歩み寄る。
ゼン兄ちゃんはマリーの両肩を掴み上げ、それでもどこかその表情は救いを求めすがり付いているように見える。 何事かと困惑するボクらの胸に、現実が深々と突き刺さった。
「この世界はもう、限界なの。 いつ崩れてもおかしくないの……。 何度でも言うよ、ゼン君。 この世界はもう、御終いなの」
「…………なに、が?」
その突然過ぎる告白の真意を問い詰めようとしたボクらの耳に、かつんと。 一歩、部屋に踏み込む何者かの足音が聞こえた。
一斉に振り返るボクらの視線の先、開かれた扉の前に細いシルエットが一つ。 光を浴びても尚暗く、闇を切り取ったかのような色をした誰か。
白い、人には程遠い色をした蒼白な肌。 全身の至る部分に装着されているのは特殊な装甲だろうか。 その表情は、銀色の鋼鉄のバイザーに覆われて窺う事は出来ない。
かつん、かつんと。 その何かが一歩ずつ近づいてくる。 当然ボクらは最高品質の警戒でお迎えする。 なぜならばその様相は、まるで――。
「え?」
一瞬、何が起きたのか判らなかった。
理解不能な状況は一瞬でボクらの情勢を逆転させる。 さっきまでゼン兄ちゃんとイクスが立っていた場所には何故かその誰かが立っていて、床の上で二人は血を流して倒れていた。
その白い両手から零れ落ちる痛みと生の証。 それはどうしてもその手には馴染まない。 まるで死体に降り注ぐ雨が輝く事はないように。
「紹介するね、ウラ君。 彼女はR2」
R2と呼ばれた彼女は、レヴィアンクロウとそっくりの彼女は、何の感情も浮かべないままボクへと振り返る。
「もう一つの、REVだよ――」
マリーが笑う。
状況は間違いなく、最悪だった。