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REV  作者: 神宮寺飛鳥
10/17

REV.9


「これは取引です。 そして、私たちに手段を選んでいる余裕なんてないの」


巨大な換気扇が回転する打ち捨てられた廃倉庫の中、ゼンに胸倉を掴み上げられたマリーのシルエットが浮かび上がる。

二人の表情を光と影、交互に映し出しながら回り続ける換気扇。 ゼンの表情は怒りに満ち溢れ、今にも目の前のか細い首を圧し折りそうだった。

ゼンとマリー、二人の間にあった物は何であるかと問えば、二人はきっと違った答えを出す。

一つの大きな目的の為に大切な物を捨てる事を厭わない女と、今はもう失ってしまった理想と夢の為に力を振るい、それらを捨てきれない甘さを持つ男。

マリーの瞳はどんな色でさえ染められそうにない。 荒々しく高ぶるゼンの心さえ、その瞳は映さない。 冷め切った硝子のようなその瞳は、どこか人形を彷彿とさせる。


「FRESはOZと争ってでもREVを回収するつもりだよ。 そして、REVはその為に世界に放たれた」


「…………意図的に手放したとでも言いたいのか。 理由は何だ」


「本当はゼン君もわかっているんじゃないですか? そしてそれは、Ash君を救う事にも繋がる」


「その為に撃ったっていうのか……っ!? あいつは俺の弟だぞっ!?」


「――――仕事に私情を持ち込まないで、ゼン。 たかが人一人の命じゃない」


「掛け替えのない人一人の命だッ!!」


「……いくら話し合っても平行線でしょ? それに今は、仕事を早く済ませるのが先決。 そうすればAsh君だって助かる。 お互い今はそうするしかないはず」


「…………ド畜生が! テメエら全員クソッタレだ! 胸糞悪ィ、下種連中がッ!!」


「なんとでも言えばいいよ。 でもね、ゼン君」


ゼンの腕から逃れたマリーはシャツの胸元を直しながら、冷めた瞳でゼンを一瞥する。


「貴方もその会社の一員なの。 その恩恵で生きて来た。 この街の誰もがそうよ。 自分だけ両手が綺麗みたいな言い方をしないで」


遠ざかるマリーの髪が揺れ、足音が響き渡る。 置いてきぼりの暗闇の中、頭を掻き乱し壁に拳を叩き付ける。


「――――言われなくても判ってるんだよ、畜生……」


アスファルトの壁に減り込んだ鋼鉄の拳を引き剥がすと、壁に大きく亀裂が走った。



REV.9



暗くて、寒い……。

身体が動かなくて、自分の身体がまだあるのかどうかさえよく判らなくなる。

何故こんな事になったんだろう……って、またそれか。 未だに理由と起因する物を探して責任転換したがってる。

本当は判っている。 自分が何をしたいのか、何をするべきなのか。 それを実行する事でしかもう前に進めないと判っているのに、どうして足踏みをするのだろう。

いや、理由なんてきっとない。 起因するものなんてない。 あってもそれは、ボク自身が作り出した足枷に過ぎない。

ならばそれを解き放つ鍵は自分の手の中に最初からあって、わざわざがんじがらめに足に巻きつけたその鎖を見下ろして首を傾げている不可思議な自分をどうにか出来るのも、やはり自分だけ。

何か、やらなくちゃいけないことがあったような気がする。 何かしてやらなくちゃいけないのに。

ああ、そうだ。 早く帰って謝らなくちゃ。 そうしない限り、ずっとあいつは落ち込んだままだろうから――。

うっすらと瞼を開くと見知らぬ光景が映り込んだ。 何か、とてもうるさい。 自分がどこかに座っていて、何かで拘束されているのがわかる。

傍らにはゼン兄ちゃんが立っていた。 視線はボクに向けられていないけど、その表情はとても心苦しそうに見える。 出来れば今すぐにでも全て投げ出してやりたいって、そんな顔だ。

ゼン兄ちゃんの視線を追うと、ボクの向かい側には二人の女性が立っていた。 一人はサングラスを掛け、二丁の拳銃を携えているイクス。 そしてもう一人は、凄まじい形相を浮かべたレヴィだった。

形相、と表現するのは多少無理がある。 表情は全く無かった。 ただ冷たく暗く深く、沈みこむような寒い色をした瞳が、煮えたぎるような怒りを表現している。


「レ、ヴィ……」


声は本当に小さかった。 何かがうるさくて声はすぐに掻き消されてしまう。

そのうるさくて仕方の無かった何かが自分の呼吸だと気づいた時、胸に穴が開いている事を思い出した。

口の中に溢れ返る血の味を認識し、顔を上げる。 正面にはボクを撃った女が立っていた。


「約束通り、時間通りに来ましたね。 動いている貴方と話をするのは初めてだね。 改めて今晩は、レヴィアンクロウ」


「マスターを解放して下さい」


レヴィはその言葉をここに来るまでずっと吐き出したくて仕方がなかったのだろう。 放たれた一言は魔性の一声、その場で銃器を構える兵士たちをどよめかせる。

歴戦の兵士、人を殺す事を何とも思わない――それを仕事にするような人間が震え上がる声。 透き通るような、きれいな女の声にその場の誰もが怯えていた。

勿論レヴィと対峙し、直接その言葉の対象となった彼女にも恐怖はあっただろう。 その気になればレヴィアンクロウは一瞬でその身を肉塊に変える事が出来るという事、彼女は知っているだろうから。

それでも怯まずあえて前に出るのはきっと彼女の決意の証なのだろう。 恐怖さえ踏破し、自らの意思を貫く。 良くも悪くも彼女は強い人だと思った。


「貴方のマスターは解放するわ、レヴィ。 貴方の中のREVファイルを回収してからね。 REVファイルの最期の鍵は彼にしか開けない。 この街に住んでいる、としか判らないマスターに該当する人物を早急に発見するには、こうするしかなかったしね」


「やっぱり、意図的に街にREVを放ったのねマリー。 REVの行き先に鍵があると知っていて」


「うん、そうだよイクス。 余り嘗められては困るの。 FRESはルール。 FRESは力、よ。 その私たちがついうっかり他の武装組織にREVを奪われるなんて事、起こり得るはずがないじゃない」


「…………そんな事の為に、護衛の連中や街の一般人を殺したのか」


ゼン兄ちゃんの呟きにマリーは応えなかった。 ただ、強く拳を握り締めたゼン兄ちゃんの悲痛な横顔だけがこの場に取り残されている。

どちらに付く事も出来ず、ふらふらとたゆたう彼の立ち位置。 きっととても居心地が悪いだろうと思う。

でもさゼン兄ちゃん。 そうやって苦しんでる今の兄ちゃんも、その兄ちゃんたちに捕まってレヴィとイクスに迷惑を掛けているボクも……自分で選んだ事だよね。


「勿論マスターは殺さないよ。 彼が居なければ扉は開かないから。 扉を開くまで私たちも彼に手出しは出来ない。 でも、もし力がこのまま放置されるくらいなら、彼の命は必要ない。 これは取引である以前に、博打なの」


ボクに突きつけられる無数の銃口。 吐く息が熱い。 なんだ、またか。 またボク、迷惑をかけてる。

このままじゃ……何もしないでいたら、また大事な人が居なくなっちゃう。 ボクの所為で。 ボクが、弱い所為で。


「一緒に来なさい、レヴィアンクロウ。 貴方は自分を賭け金にして博打を打つしかないの。 それともご自慢の暴力で状況を打開して――、」


「判りました。 同行します。 今、直ぐに」


レヴィの瞳は暗い。 隙さえ在ればこの場に居る全員を皆殺しにしたい衝動を必死に抑え込んでいるのだろう。 でも、ボクは彼女の気持ちが判る。

本当に妥協出来ない時。 本当に大切な物が動く時。 人は本当に必死になる。 必死になった時、人はなりふりに構わない。

それは、勿論。


「――――レヴィ」


ボクだってそうだ。


「こんな奴らの言う事を聞く必要は、ない……。 よく聞けよ、馬鹿野郎共……」


深く深く息を吸い込み、震える声を必死に起立させ、口を開いた。


「何でもかんでも力で思い通りになると思ってんじゃねえ……っ! あんたら引けよ……。 でなきゃ、ボクは舌を噛み切ってでも死ぬ……!」


言葉は少なからずその場全てを震え上がらせた。 拘束されているから何だ。 それがどうした。 ボクは必死に暴れ回り、全身に鎖が食い込むのも無視して身体を左右に振る。

恐らく……いや、きっと間違いなくその様子は無様でかっこ悪い。 相当イケてない。 でもボクは歯を食いしばり、胸の痛みに逆らう。


「弱いからって子供がいつまでも大人の言う事聞いて大人しくしてると思ってんじゃねえぞっ!! 聞いてりゃ好き勝手言いやがってっ!! てめえらそんなに偉いのかよ、あぁっ!?」


椅子が正面に倒れ、床に派手に顎をぶつける。 相当痛かったから涙目になったけど、そんなのはもう今更だ。


「レヴィ、何度でも言う! こんな奴らの言う事を聞く必要はない……っ!! お前は逃げればいいんだ!」


「そんな命令は聞けません……っ! ウラ、貴方は自分の言っている事がどういう事なのかまるで理解していない!」


「判っていないのはお前の方だっ! こんな外道連中にお前の力が渡ったら大変な事になる! お前の力が人を傷つけるものになるかも知れないっ!! そんなのはもう嫌なんだよ!! 誰も傷つけて欲しくないんだよっ!! 例え相手がどんな悪党だって! お前は人間になりたいんだろレヴィアンクロウッ!! だったら人を殺すな!! 誰かに縛られるな!! 自分自身を何よりも大切にするんだよっ!! それが生きてるって事だ! それが人間って事だ! 他人の為に全て投げ出すなんてのは生きる事を放棄しているだけなんだよレヴィ!! お前はもう、ボクと一緒にいなくたっていいんだあっ!!」


「ウラは判ってないッッ!!」


それは。

その場の誰もが目を丸くするくらいの悲痛な叫びだった。

だから、ボクさえも思わず言葉を詰まらせる。 続く言葉を待ち、誰もが注意をレヴィに向けていた。

そのレヴィアンクロウは、人間になりたいと言っていた彼女は、身体を小さく震わせながらスカートの裾をぎゅうっと掴み、ボクを見下ろしていた。

揺れる……とても揺れる、今にも壊れてしまいそうな儚い瞳で。


「ウラが居なくなったら……私は何処に帰ればいいんですか!? 私はっ! 自分で選んで此処に居る! 貴方が居る場所に、私は居たいから居るんですっ!! 誰かの強制でも運命でもなく、私は私の意志で……! ウラ、貴方が大切だから! 一緒に居たいから! だから、お願いです……」


歩み寄ったウラは血を流すボクの唇を指先で撫で、泣き出しそうに笑って。


「お願いだから、居なくならないで。 私を置いて、行かないで――――」


そう、囁いた。

勿論、ボクは何も言えなかった。 ただただ、零れ落ちては頬を伝う熱い物を感じて歯を食いしばっていた。

何故こうなる前にボクらはお互いの事を理解出来なかったのだろうか。 それはきっと求めても得られない答えだとは判っているけれど。

これからどうなってしまうのかも判らない、先行きの見えない世界。 不安と後悔が胸を渦巻くけれど、ボクはその結果からは絶対に逃げてはならない。 逃げないのだと誓った。

ヘリコプターに輸送され、ようやくちゃんとした手当てを受けながらボクとレヴィはFRESに運ばれる。 麻酔が全身の自由を奪う瞬間まで、レヴィはボクの手を傍で握ってくれていた。

こんな事を考えるのはきっとおかしいのだろうけど。 もしもボクにお母さんとか、お姉ちゃんとか……そんな人が、家族が居たなら。 きっとこんな感じなんだろうなあ、何て思う。

眠りに付くのが不安で仕方が無いはずなのに、不思議と心は落ち着いていた。 レヴィの手はとても冷たくて、それでも泣いて火照った顔には冷たくて心地良い。

ああ、そうだ。 忘れていただけで、きっと。 ボクにだって、お母さんは居たんだ。 そうでなくちゃボクはここにいないよね。

お母さんは、優しかったかな。 レヴィみたいに、ボクの手を握ってくれたかな。 辛い時、頬を撫でてくれたかな。

眠りは暗く、深い孤独の世界だ。 それでもボクはもう恐くはない。 彼女が傍に居てくれる事を信じられる。

運命でも打算でもなく、居たいから傍に居ると笑ってくれた彼女を信じられる。

だからボクも応えよう。 目が覚めたら君を救うと決意する。 だから、少しの間だけ――。


「――おやすみなさい、ウラ」


そんな、彼女の囁く声が聞こえた気がした。



「誰でもいい、俺を殴ってくれッ!!」


「オッケエエエッ!!」


「ぐっはああっ!?」


ゼンの顔面に深々と減り込んだイクスの拳。 グルグルと空中を旋廻し、床に無様な格好で落下するゼン。

既にFRESは撤退し、倉庫にはゼンとイクスの二人しか残されていなかった。 つまりゼンの突然の叫び声に応えられるのはイクスしか居ないのである。

しかしまさか即座に右ストレートが飛んでくるとは予想していなかったゼンは、全く無防備な顔面に女とは思えぬ破壊力を持つ一撃を貰う事になり、卒倒しそうな意識を取り戻すのに必死だった。


「ぐ、おおお……っ! き、効いた……ぜ……」


ぼたぼたと白いコンクリを鼻血で汚しながら立ち上がったゼンは折れた歯を吐き出し、イクスを見据える。


「あんた、ウラの面倒見てくれたんだろ」


「面倒見たっていうか……まあ、まんまとマリーの策に乗せられちゃったわけだけど。 でも、好きでやっていた事よ。 ウラの事もレヴィの事も、あたし好きだし」


「…………俺もだ。 俺も、そうやって……胸を張って言えるくらい、ウラの事が大事だったはずなのにな」


既に夜は更けた。 遠ざかったヘリコプターの向かう先、摩天楼の中に浮かび上がる巨大なFRESの城を見上げ血を拭う。

風が吹きぬけ、迷いと後悔さえ連れて行く人工の月明かりが輝くこの夜に、男は深く決意を新たにする。


「ウラの奴、いつの間にかデカくなってやがった。 ガキってのはだからわからねえ。 気づけばあんなに……あんなに強くなってたんだな」


「男児は三日合わなければもう別モンなのよ。 あんたは何年も少年と会ってなかったんでしょ? 判ったつもりになるのは大人のエゴよ」


「返す言葉もねえ……。 ああ、そうさ。 何をやっていたんだろうな、俺は……」


何の為にこの両腕を手に入れたのか。 男は自らに問い掛ける。

人々を守る為に。 理不尽から子供を守る為に。 そして今尚どこかで苦しむ誰かを救う為に。

壊す事しか出来ない不器用な、しかし強い力を宿した拳。 強く強く握り締め、顔を上げる。

俯きはしない。 後悔ならば飽きた。 ならばもう、やる事など判り切っている。


「――――俺はFRESをぶっ潰す」


「あら、就職先なんじゃないの?」


「知った事かよ。 てめえの大事なモン譲ってまで尻尾振る価値のある場所なんて在り得ねえ」


両手の拳と手の平を正面で突き合わせ、血を舐める。 腹積もりはとっくに決まっていた。 もう、あの会社に未練はない。


「あんたイクスとか言ったか。 FRES潰すの手伝ってくれよ。 腕はいいんだろ?」


「…………なんで世界の半分を敵に回さなきゃならないのよ。 あんたと一緒に行けばあたしになにか得があるわけ?」


「あるぜ、得」


男は笑い、髪を掻き揚げながら目を見開いて誘う。


「俺と一緒に来れば、最高に気持ちのいい世界を見せてやる」


差し伸べられた手を見つめ。 イクスはサングラスを下げて呆れたように笑った。


「それ、ついさっきまで後悔してた男のセリフ?」


「過去は振り返らなねえ。 後悔はしてもしょうがねえ。 落ち込むだけ落ち込んだが、あんたの一発が目を覚ましてくれた。 その一発が欲しい」


「あんたも大概ガキだと思うわよ、あたし。 でもいいわ、その賭け――――乗った」


手を取り合い、二人は笑い合う。 見上げた暗い空、まだ見えぬ敵を見据えて。

夜の街に駆け出した二人の決断が、この世界を大きく変える事になるなど――当の二人さえ、知らないままに。



そうして二人がFRESを目指している時、街では静かに変化が始まっていた。

地下空間のいくつかがゆっくりと崩壊を始め、人工の星空にはゆっくりと亀裂が走る。

人々が歩く積層された歴史の下は、ゆっくりと終わりの時を迎えようとしていた。


「…………ねえねえ、これ何?」


数人の人だかり。 その向こう側、つい最近まで何の予兆も無かった場所に巨大な穴が開いていた。

床が崩れ落ち、地下の地下まで覗く事が出来るほどのその大穴を空けたのが誰なのか、そしてそれが何の為に空けられたのか――空いてしまったのか、住人たちは興味さえ抱かない。

そしてそれは今に始まった事ではない。 ゆっくりと、ゆっくりと。 そう、誰もが興味を抱かない世界の裏側で、それは確かに始まっていたのだ。

だから決して急な事などではない。 そしてマリーは急がねばならなかった。 マリーだけではなく、この世界に生きる全ての命が。


そんな大切な事を誰も知らないのはそう、きっと誰もが今生きる自分の命に興味がなかったから。


作り物の夜は今日も更ける。

明日が来る事を、誰一人疑わぬままに。


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