REV.0
やっちまったんだZE! としか言えない。
企画参加作品として、小説家になろう様の隅っこの方で細々とやって行きたいです……。
この世界には、三つの種類の人間がいる。
全部の人間の数を十人だとすると、そのうちの三人くらいはまともな仕事に就いている人間だ。
まともな仕事、なんて言ってもピンキリで、結局本当にきちんと働いているやつは本当にごく僅か……0.1人くらいではないだろうか。
みんなきちんと働いているように見えて、裏では何をしているのかわかったものではない。 別に誰かがそうなのではなく、みんなそうなのだ。 とりわけ今更騒ぐほどの事じゃない。
最も割合の多い……十人のうち、五人程だろうか? この五人――まあ要するにこの世界の半分くらい――は、まともではない職業に就いている。
例えばボクもそう。 犯罪行為を繰り返して生計を立てているような人間だ。 でもそれはなんというか……ほら、生きるために仕方がないっていうか。
本当にちゃんとした仕事に就ける奴なんてめったにいない。 それこそ、その会社とコネがあるとか、生まれ育ちがいいだとか、そうした特別な環境が必要だ。 でもボクにそういうものはなかったし、そういうものが無い人の方が圧倒的にこの世界には多いのだ。
仕事がないのだから、手に職をつけてなんとかするしかない。 勿論、裏通りでひっそりと暮らしているホームレスのようになる事も出来る。 ただボクはそういう生き方は嫌だったというのもあり、そして何よりそうせずとも生きていけるだけの力があった。
部屋そのものは、元々相当な広さがあった。 ただ、毎日毎日ガラクタを持ち込んでいるうちに、気づけば生活可能なスペースは2畳半くらいになってしまった。
起きて半畳寝て一畳……。 まあ確かにそれで困っていないのも確かだけど、狭いという事実だけは変えようも無い。
部屋の中央にどっかりと居座っている大型のディスプレイが三基。 それにそれぞれ繋がれたPCが二つずつ。 その他にも色々と仕事に必要なもので部屋は埋め尽くされている。
ケーブル類が作り出す密林のような空間の中、一つだけ清潔なとんでもなく高級なリクライニングチェアだけがボクに唯一許された居場所だと言えるだろう。
埃っぽい匂いと放熱フィンが猛回転する凄まじい騒音の中、ボクは仕事に勤しんでいた。 ディスプレイ上で処理される膨大な数の情報の羅列を十本の指をフル活用してやりとりしていく。
今の世界にパーソナルコンピュータを操作する方法はいくつかある。 そのうちボクは従来のキーボードによるタイピング方式が一番のお気に入りだった。
ちなみにきちんとした情報処理のやり方としては余りにも古く旧時代的だ。 でも間違いが起こりにくいし、慣れれば呼吸をするように操作が可能なのがいいところ。
何より、自分がちゃんと操作しているって気がするから楽しい。 今回はそんな事を言っている場合ではなく、急ぎの仕事だったため、視線によって操作を補助するデバイスを併用しているわけだけれど。
やっている事はとても単純だった。 クライアントに依頼されたデータを盗み出し、クライアントに売り渡す仕事である。 早いところがハッキング。 仲間内ではトレジャーとも言われているが、これは別にどちらでもかまわないだろう。
問題はこの行為がどう考えても違法であり、犯罪行為であるという事。 たった今侵入し、データを漁っているサーバーはFRESという大手の兵器開発会社で、もしバレたりしたら自家製の暗殺用ロボットが送り込まれてくることうけあいだ。
そんな危険な仕事だからこそ、そんな危険な場所だからこそ、当然報酬はいい。 ハイリスク&ハイリターンな仕事のほうが、ボクとしてはやりがいがある。
自分の周りをぐるりと取り囲むほどの大きさのモニターに囲まれ、それらを高速で飛び交う情報たちを眺めていると、だんだんとわけのわからない気分になる。
頭の中が真っ白になっていき、ただ操作する事だけしか考えられない。
その瞬間ボクの世界は少しだけ変化する。 世界の中心に自分がいるような錯覚を覚える。 失敗した場合の事、報酬の事などその時には完全に頭にない。
それは膨大な情報の海を自由自在に泳ぎまわるような不思議な感覚。 光りの羅列の中、息を切らし、リズムを取りながら操作を繰り返す。
今までも何度も何度もそうしてきた。 だからきっと生まれてから死ぬまでそうして生きていくのだと思う。 これはもう、自分で言うのもあれだけど、病気だ。
倫理的に言えば当然悪い事をしているのだから、申し訳ないと思うのが人間なのだろう。 でも、この世界でそんなことを気にしていたら生きていけない。
何よりボクはそれが楽しかった。 一人きりの人生ならば、誰かに咎められることも無い。 このボクを特定する事など出来るものならばやってみろと言いたい程で、とてもじゃないが捕まる気はしなかった。
ただそれでも、時々ぎりぎりのラインを行かねばならないことがある。 綱渡りのようなものだ。 そんな場面に遭遇すると、身体の芯から冷え切っていくような、凄まじい焦燥感を覚える。
心臓がどくどく脈打ち、何とか乗り切れと。 自分ならやれると。 でも、もし見つかったらどうしようと。 複雑な思いがあふれ出し、叫びだしたいような気分になる。
それを抑えて心を白く塗りつぶし、自分の腕を信じてやり通した時――――。 それは、筆舌に尽くしがたい充実した瞬間になる。
「――――ふうっ」
まさに今がそれ。
FRES社から盗み出した最新兵器に使用されるはずの試作AI。 こいつをクライアントであるOS社に引き渡せばお仕事は完了。
二つの会社はライバル企業なので、こんなやりとりも多いのだろう。 正攻法での潰しあいも結構だが、金を使って色々な戦略を立てねば今の世界では生き残る事も出来ない。
そんな腹黒い企業の本心があるからこそ、ボクみたいなのも生きていける。 じっとりと全身を伝う汗に気づき、シャツを仰いだ。
回収したデータはすぐには引き渡さない。 納期があるのだ。 まだ数日あるその猶予の間に、このAIデータを解析し、出来ればコピーをとっておく。
そうすればまたどこかの誰かに高く売れるだろう。 OZ社は怒るかもしれないが、そこまでは契約に入っていないし、入っていたとしてもボクを特定できないのならば意味のないこと。
ボクが仕事を引き受けるのは常にネット上。 直接面識がある人は居ないし、逆探知しようにもボクはいくつもの会社を足がかりにしてネットにアクセスしているから、捕まえるのは至難の業だ。
なにせ大手企業のブロックをいくつも同時に潜り抜けるような神業をやってのけねばならないのだ。 勿論その中にはOZ社もFRES社も含まれている。 両社ともに以前仕事を請けたことがあり、その時こちらに送られてきたダミーの連絡先からこっそりメインサーバーまで手繰り寄せ、ショートカット……ボクだけが即座にアクセスできる窓口を勝手に作っておいたのだ。
ばれそうになったら自滅するプログラムを組んであるから向こうは絶対に気づかない。 そんな調子でいくつもの企業を経由しているのだから、危ない目にあったことが一度もないのも当然と言える。
部屋に窓はない。 壁につけた巨大な換気扇を回す。 いくつもの機械が放熱ファンをガンガン回しているせいで、室温はとんでもない事になっていた。
仕事も終えたし、長居は無用。 部屋を出るとすぐに冷たい朝方の空気が吹きつけ、汗の滲んだ頬がひんやりと涼しく、思わずため息をつく。
が、寒い。 外は肌寒いくらいだった。 えらい気温の差だ。 あわてて部屋に戻り、ジャケットを椅子から引ったくり外に出る。
上着を羽織りながら歩く細い通路は錆だらけ。 床は金網のようになっていて、朝露に少しだけ湿っていた。
ボクの部屋は巨大な密集住宅地域にあった。 何が密集かと言うと、元々はただの住宅地区だったところにどんどん次から次へと不法増築が行われ、部外者にはどこがどこに繋がっているのかもわからないような巨大迷宮になってしまっているのである。
ひどいところにあると床に出入り口があったりする。 天井もそうだ。 はしごを使って上ったりする。 四方八方が住居なので、どこに誰が住んでいるのか、正確に何人住んでいるのかなど、なんにもさっぱりわからない。
電気は自家発電しているやつと、他人の電力を勝手に引いているやつがいる。 ボクは自家発電派。 以前は隣に住んでいる夜の仕事をしている女の人から勝手に拝借していたけど、その人が何らかの理由で死んだらしく電力が急にストップし、仕事の手が止まってしまったことがある。
そんなこんなでやはり自分の力で何とかするのが一番だと考え今に至る。 今歩いている金網通路は増設された連絡通路で、本来の通路は2メートルくらい下にある。
ふと、足を止めて町を見下ろす。 夜明けの町はとても暗い。 けれどとても明るい。 あほみたいに町中を照らし上げるネオンとサーチライトと、それこそ本当にあほな一晩中遊びまわっているような連中の笑い声に包まれている。
自分の部屋を出て十分近く歩くと、ようやく地上に降りる事が出来る。 三階建てビルに相当する高さに自室があるとは言え、とんでもなく遠回りをして迷宮を迂回しないと町に出られないのはとても不便だ。
お陰で何かあっても自分の部屋まで辿り着けるやつはそうそういないだろうと思う。
何故か開きっぱなしになっているマンホールから噴出す白い水蒸気を避けて進み、自動販売機で飲み物を購入する。
「もうすぐだなあ」
腕につけた立体映像式時計の秒針がゆっくりと刻まれる。
この町に夜はなく、昼はなく朝もない。 本当ならば見えるはずの空を被い尽くすドーム上の天板がボクらの空を被っていた。
昼と夜の区別は既に天体がつけるものではなく、人の手で下される物となった。 そしてそれはゆっくりと行われるのではなく、唐突に。 そう、決まった時間に正確に迎えられる。
朝を告げるサイレンが鳴り響き、照明が一斉に強まった。
夜の闇を吹き消していく銀色のスチームを照らし出す無数の照明。 朝を告げるサイレン。 耳障りなそれも、生活のサイクルを支える大切なファクターの一つだった。
胸いっぱいに冷たい空気を吸い込み、空を見上げる。 ドームの天井に映し出された青空の映像は、ところどころ映像装置が壊れていて欠けている。 その暗闇からならば、外の世界にさえ出て行けそうな気がした。
歩き出す。 スチームは町を湿らせる。 じめじめとした裏通りを抜け大通りに出ても、排水溝からあふれ出した汚水で路肩には水溜りが出来ていた。
作業用のブーツで歩くボクは何も気にしない。 通りを行きかう人々の波にそっと溶け込み、まるで何もなかったかのように何食わぬ顔で朝を迎えるのだ。
そう、この町を当たり前のように歩く人々はみんな嘘をついている。 ボクも変わらない。 ただ、大人はもっと嘘をつく。
この世界でバカみたいに真っ直ぐに何かを信じているやつなんていない。 生きていくには狡賢くなければいけない。 その世界の真実の姿を、ボクは嫌と言うほど知っている。
すでに朝なのに道端でいちゃついているカップル。 会社帰りのやつれた顔の男。 厚化粧のドレス姿の女。 ぼろを着て歩く手癖の悪そうな少年。
物騒? ああ、物騒だろう。 でもボクはそんな空気が嫌いではなかった。 力さえあれば、頭さえ良ければ、生きていく事が出来る世界のありのままの姿。
ボク個人という存在を認識している人はきっといないだろう。 行き交う人々全てを個人として認識しないのはボクも同じ。 ボクらは同じ空間に生命を共有しているだけの、共同体のような錯覚さえ覚える。
だからボクらは町であり、世界とイコールで結ばれる――。 そんなことを、昔知り合いから聞いた事がある。
案外的外れとも思わないボクだけど、秘匿性の海の中にいつまでも沈んでいるわけには行かない。 やるべきことは色々と耐えないのだから。
ボクの仕事はトレジャー。 でも、それだけで生きていくのは流石に退屈だ。
何よりトレジャー中は部屋の中に何日も篭りきりになり、下手をすると何日も飲まず食わずになる。 仕事をしている最中は夢中になっていられるけれど、現実に戻って食うと自分が突かれきっている事を思い知らされるのだ。
今がまさにそう。 足取りもおぼつかないけれど、自室で休むわけにはいかない。 あそこは自分の部屋であると同時に仕事場であり――同時にダミーの住所でもある。
巨大な町の片隅には工房と呼ばれる場所がいくつかある。 例えばそれは、残骸から新しい機械を生み出したり、壊れた古いシステムを再構築したりする技術屋の仕事場だ。
この世界には無造作に壊れたものが捨てられていく。 拾って直せばまだ使えることもあるし、売り物にもなる。 そういうリサイクルみたいなことを生業にしている人の住処が、工房なのだ。
ボクはこの町外れの小さな工房で寝泊りしていた。 住み込みで働いている、といったほうが早いかもしれない。 勿論、本業はトレジャーなので、こちらに顔を出す確率はまちまちだったが。
「じいさん、ただいまー!」
立て付けの悪い扉を開くと、鉄と埃の匂いが一気にあふれ出してくる。 顔をしかめながら大声を出したのは、ここの主の耳が遠いからに他ならない。
工房の中はガラクタの山だった。 ゴミ捨て場だってもう少し片付いているだろう。 ごろごろと転がったロボットの手足やらなにやら、わけのわからないし考えたくも無い残骸の山を乗り越えると、照明の下機械いじりを続けている物好きなじいさんを発見した。
彼の名前は工房長。 じいさん。 いや、名前じゃない。 というか名前は知らない。 色々ある。 この町で本名を名乗るやつは少ないし、本名があるやつもそう多くない。
だからみんな『自称』だ。 彼は自称工房長で、じいさんというのはボクが勝手に呼んでいるアダ名だった。
「じいさん……。 もう若くないんだからちゃんと寝ないとコロっと死ぬよ」
「おうっ!! ウラかあっ!! 久しぶりだなあっ!! 二年ぶりかあっ!!」
「三日ぶりだよ。 耄碌にも程があるって」
ガラクタの山を適当に蹴散らして腰掛ける。 髭面のじじい。 しかしその肉体は筋骨隆々で、どう考えても『マッチョ』の一言しか似合わない。
分厚い作業用のツナギを着て、繊細な作業を行うための望遠装置の付いたフェイスカバーを装備しているじいさんは首だけ振り返り、にっこりと笑う。
ウラというのは、ボクの『自称』だ。 本名を名乗るつもりはないし、そもそもボクには本名がない。
だから、ただのウラ。 今の世の中、ファミリーネームを持っているのは余程いい暮らしをしているやつくらいだ。
「のたれ死んでねぇみてえで何よりだなっ!! まあ、今は仕事中だっ!! ちいっとばかし待ってろっ!!」
いちいち声がでかい。
どちらにせよ丸三日間仕事をしっぱなしで寝ていないから、とんでもなく眠い。 あくびをしながらじいさんに軽く手を振ると、工房の二階へ続く梯子を上る。
二階はじいさんの家であり、ボクの家でもある。 部屋の隅にあるソファがボクの寝床で、勝手に寝転んで毛布に包まった。
今はとにかく眠い。 工房から聞こえてくるハンマーが鉄を打つ音も、作業用のロボットアームがういういがんがん鳴り響くわけのわからない騒音も気にならないほど、ボクは睡眠に飢えていた。
だんだんそれが子守唄みたいに聞こえてくるんだから慣れとは恐ろしい。 口元からよだれが出ているのを感じ、拭かねばと思いつつ、結局何もしないまま意識は眠りに落ちていく。
――――その街に、名前はなかった。
聳え立つ数え切れない高層ビルは、世界を覆いつくす天井にさえ届きそう。
数多の星も太陽も月も、チープな映像に取って代わった。
二十四時間管理され、外れる事のない天気予報。 人工的に生み出されたかつての様相。 全て無くなってしまえば楽になるのに、人はかつての姿を捨てきれずに居た。
まだ世界が『地球』と呼ばれていた頃。 世界は緑に溢れていた。
水の星、地球。 そんな風にさえ世界は呼ばれていたのに、今はただ小さな一つの街に成り下がってしまった。
世界という事場が指し示す定義がどんどん狭まり、やがて一個の街でしかなくなったのはいつの事か。 既にその場所で暮らす人々の記憶にはない。
緑の星の様子も、流れる水も、月と太陽が織り成す光りと闇も。 そして世界という一つの巨大な命が齎すありとあらゆる愛しき不確定要素も。
ただ、失った。 誰のせいでもない。 理由を語る事に意味はない。 だから人々はそれを忘れた。 自分たちの世界を閉じ、その扉の内側に世界を築いた。
故にその街に名前は無く。 故にその世界に無限は無く。 故にその世界に希望は無い。
人によってはその世界を『楽園』と呼び、他の誰かは『地獄』と称した。 ただそれは一定の存在であり、揺ぎ無いもの。 見る者によって様変わりするその暗い街の中、人は必至に生きていた。
環境破壊によって人が暮らせなくなった地球。 そこに作られた巨大なドーム。 人は、その境界線から足を踏み出す事が出来ずに居た。
繰り返される誰かの絶望が誰かの希望を生み、閉鎖された空間の中で繰り返される途切れないサイクルが、世界を運営する原動力になる。
人工的に生み出される夜の闇の中、聳え立つ巨大なビルが二つ。 対になるように、世界を見下ろしていた。
共に兵器開発産業を営むトップ企業である二つの会社、FRESとOZ。 競い合うように年々増築を重ね、もうじき二つのビルは空へと辿り着くだろう。
互いに牽制しあうように大空を照らし出すサーチライト。 飛び交うヘリコプターは巨大な銃器をぶら下げて、グルグルとビルの周りを旋回する。
にらみ合う巨大な力が二つ。 何度もぶつかり合い、成長を促してきた。 良くも悪くも世界をリードしてきた二つの力。 ビルの増築的な意味で言えば、一歩リードしているFRES社にこの夜、大きな動きがあった。
飛び交うヘリコプターの数が、いくつも多いのである。 本社ビルの地下にはFRESの兵器工場があり、そこから重要な物資を移動する事が決まっていた。
その情報を当然OZ社も掴んでいる。 二社の間では壮絶な情報のやり取りが行われているからだ。 それは勿論表沙汰に出来ないようなものだったが。
FRESが何を移動しようとしているのか。 中身がわからなくてもOZは警戒する必要があった。 にらみ合いの為に空に飛び立った戦闘用のヘリコプターたちは、まるで空に決まった道があるかのように、同じルートをぐるぐると巡る。
そう、まるで大空の芸のよう。 ネオンとサーチライトがぎらぎらと輝く中、無数の翼が轟音と共にステップを踏んでいる。
無数の戦闘ヘリに護衛されながら移動する一機の大型輸送ヘリ。 高度を保ちながら、ゆっくりと前進するそのコックピットの中、二人のパイロットが話しこんでいた。
話題はこのわけのわからない一大事に自分たちが抜擢されてしまった理由はなにか、というもの。 元々ただの輸送機パイロットである二人の男は確かに腕は立つものの、重要物資の移動などを任せられるような人物ではない。
今回の積荷が何であるのかもわからないまま、ただ目的地まで移動しろとの指示が下されただけ。 報酬としては破格にも程がある金額に、首を傾げながらも思わず了承してしまった。 しかしいざ了承してみると、積荷の事が気になって仕方が無かった。
「戦車でも、ヘリでもない。 組み立て途中の資材でもないし、武器でもない。 なんにせよ、余りに軽すぎる。 こんなにふわふわしてるんじゃあ、逆に落ち着かないぜ」
「まるで何も乗っていないかのような重量だな。 でも俺、出発前に少しだけ積荷を覗いたといえば、覗いたんだよ」
「だったら何があったのかわかるんだろ? もったいぶらずに教えてくれよ」
「いや、それがな……。 何て言えばいいのか、よくわからなくてな」
歯切れの悪い返事だった。 確かに余り口に出したくないような積荷を運ばされるケースも、決して少なくはない。
巨大な破壊兵器や爆弾、細菌兵器や毒ガス。 何でもかんでも好きなように作っては誰にでも販売するFRES社の輸送機の中身は、あまり覗かないほうが『身のためだ』という事を彼らは知っている。
相棒である男が口にしたくないような代物ならば、深入りすべきではない。 そう判断しようとした時、男は既に続きを語り始めていた。
「俺にはそれが、棺のように見えたんだ」
「棺?」
「ただ、広々とした格納スペースの中央に、ぽつんと棺が固定されててな。 後は何にもなかったように思う」
「それが重要物資なのか?」
「見た目で判断するのはやめたほうがいい。 中身が毒ガスなら、あのサイズでも十分凶悪だ」
「違いねえな。 何はともあれ、見なかった事にしたほうがいい」
二人の会話はそこで中断した。
沈黙が場を支配するのだが、それは一瞬で破られる事になった。
けたたましく鳴り響く警報。 窓の向こうが明るくなり、左右を護衛していた戦闘ヘリが撃墜された事を示していた。
墜落したヘリコプターが落下した地点から巨大な火の手と共に人々の悲鳴があがる。 巨大な繁華街にヘリコプターが次々に墜落する様相を惨劇と言わずになんと表現するのか。
パイロットは予定コースとは大きく反れた空路に向かう。 敵は空ではなく、地上から攻撃を仕掛けていた。
地上のハイウェイを駆け抜けるいくつかのオープンカー。 そこから身を乗り出した何人かの集団が、巨大なランチャー砲を空に向かって構えているのだ。
「OZ社の奴らか!?」
「いや……。 レジスタンスだろう。 装備がしょぼい。 とにかくルートを変更して、本社に応援を求めよう」
「何でレジスタンスが積荷を狙ってるんだ……?」
「それは……本社の連中に聞いてくれっ」
まるで花火みたいに、大空に紅い光りが飛び散った。
「うわー……何だろう?」
寝ぼけ眼を擦り、欠伸をしながら歩く夜の街。
結局ぶっ続けで十二時間以上寝てしまったボクは起きるなりじいさんに買出しを頼まれ、ふらつく足取りで工房を後にしていた。
普段の繁華街でも、結構事件は多発する。 人の死体が転がってるのを目撃した事もある。 治安維持局の装甲車が飛び交ってる事もよくある話だ。
ただ今回はちょと様子が違っていた。 街のいたるところから火の手が上がっているのだ。 ビルの壁に立て付けられた巨大なスクリーンに突撃したヘリコプターだったらしきものが黒煙を巻き上げながら未だに何度か小さな爆発を繰り返している。
人の流れが普段の数倍速かった。 若者は笑いながら野次馬根性で現場へ向かっている。 会社員は迷惑そうに愚痴を零し帰路を急ぐ。
こんな街だから、トラブルは珍しくない。 空からヘリが落ちてくるのは……そりゃ、頻繁にはないさ。 でも、驚くほどのことじゃない。
そう、冷静に考えながらも胸がわくわくして、結局若者たちにまぎれて現場に向かって走っているボクはなんなのだろうか。
ああ、確かこっちにじいさんがほしがっていた部品を取り扱っている知り合いの工房があった。 うん。 そこで分けてもらえば、わざわざ購入するより早い。
工房の在庫は一定じゃないから、今もあるかどうかわからない。 確実に入手したいから市販品をボクに頼んだのだろうけど、そんなのはどうでもいい。
楽しそうだから首を突っ込む。 それの何がいけないのか。 それにきっとこういうのは本能なのだ。 抗う事の出来ない運命なのだ。
だからそう。 きっとボクは運命に導かれるようにして、人波の中を泳いでいた。
「うわ……ひどいな」
墜落地点は地獄絵図だった。 巻き込まれた人たちの死体がごろごろ転がっていて、悲鳴と助けを求める声で阿鼻叫喚状態になっている。
でも、ボクはそれを他人事のように眺めていた。 実際他人事だ。 ボクの身体は五体満足で、痛いところはないし悲しいこともない。
「FRES社のヘリ……」
空を見上げると戦闘はまだ続いているようだった。 ロケット砲やガトリング砲の弾丸が飛び交い、轟音と爆発が鳴り響き、夜の街を何度も紅く照らし上げる。
飛び交うヘリもやはりFRESのものらしい。 ヘリの横に描かれているFRESの青いカラーリングのロゴをぼんやりと眺め続ける。
それが、急に火を噴いて。
だんだんと、近づいてきて。
目前まで、FRESのロゴが――――落ちてきた。
「えぇ〜〜?」
そんな、他人事のような声が。
自分のものである事に。
ボクはしばらくしてから、ようやく気づいて。
「…………うわあああああああっ!?」
生まれて初めて、全力で逃げ出した。
そのヘリコプターは貨物用だった。 巨大な荷物を運ぶのに使われる輸送ヘリだ。
ヘリがどんどん落下してくる。 というよりはまるで滑空だ。 地上にある色々なものをなぎ払い、轟音と共にどんどん追いかけてくる。
「なんで!? どうして!?」
まるでボクを狙っているみたいに。 馬鹿笑いしていた若者たちを次々とボウリングにようにぶっとばしながら。 一直線に、迫る――――。
死にたくない。 死ぬ? 何で? 急に? 何の覚悟もないのに? 死にたくない。 死にたくない。 死にたくない――っ!!
無我夢中だった。
何がどうなったのかさっぱりわからなかった。
唐突過ぎて思考が追いつかない。 ただ死にたくないということ。 死んだらどうなってしまうのだろう、なんてこと。
そんな馬鹿馬鹿しいことだけがじんわりと脳の奥底からにじみ出て、目からは涙がこぼれそうになっていた。
上下左右がわからない。 しばらく唖然と炎を眺めていたボクは、ようやく自分がヘリの爆発に吹き飛ばされ、残骸と共に近くにあった自動販売機にたたきつけられた事を思い出した。
途端、全身を引き裂くような痛み。 痛い事になったとわかった途端に痛くなる自分自身の身体が本当に嫌になる。
ズキズキ痛む背骨。 頭が下に、靴が上になっていた無様な格好から何とか立ち直り、ふらつく足取りで立ち上がった。
そこは本当に地獄のようだった。 つい先ほどまでこんな風になるなんてボクは考えていなかったから。
墜落したヘリはあらゆる人をなぎ払い、爆発で飛び散った破片は次々と面白いように密集していた人々の身体を貫き、あたりは炎と血の赤で一色に染め上げられていた。
鼻をつく刺激が焦げ付く肉の匂いなのか、はたまた燃え尽きる鉄の匂いなのか、それとも人の血の匂いなのか。 ボクには判断できない。
ただ呼吸さえ出来ないほど、熱い空気の中、口をぱくぱく開け閉めしてまるで無様な魚みたいに。 ボクは逃げる場所を探す事も出来ないまま、その場にへなへなとしりもちをついていた。
「なんだ、これ……」
再び、視線を空に向ける。
それはただ、なんとなくだった。 遠い空の向こう側、ハイウェイの上を何かが走ってくる。
巨大な何かは路上にあった車を破壊しながら真っ直ぐボク目掛けて直進し――――。 ハイウェイから飛び降り、目の前に落ちてきた。
その衝撃で身体が僅かに浮く。 鉄板の大地が大きく拉げ、巻き上げられた残骸がゆっくりと降り注ぐスローモーションのような映像をボクは目を丸くして眺めていた。
状況を、ゆっくり、整理して、みよう。
ボクの名前はウラ。 本業はトレジャー。 副業は工房の手伝いで、その物好きなじいさんに頼まれた買い物を済ませるために町に出た。
眠くて。 だって三日も寝てなかったんだしょうがないだろ――そのせいで、たまたまこんな遅くになった。
そしてたまたま事件が起きて――これ事件なのか? ああ、わからない――そのせいで巻き込まれた。 あのまままっすぐ買い物だけして帰ればよかったのに、面白半分で首を突っ込んでしまったから。
で、今はこうして死に掛けてる。 目の前に落ちてきた巨大な鉄の塊は、四本足の多脚戦車――しかも対人戦闘用――。 確か名前はFRES社製の――、
「……マンイーター?」
大きさは明らかにボクの何倍もある。
四つの足にはそれぞれ火器が搭載されているっぽい。
そもそもそれそのものが高速移動して、踏み潰されたらたぶんぺっちゃんこになる。
そんな、人殺し専用の機械。 AI制御の、無人戦闘マシーンが。
『現場に目撃者を一名発見。 優先事項二番により、目撃者を消去します』
と、物騒な事をおっしゃった時。
ああ、ボクの人生はこんなわけのわからないところで終わってしまうんだなー……なんて、馬鹿げた事を考えていた。
逃げなきゃいけないのに。 あまりにわけがわからなすぎて、涙が出てくる。 身体が震えて動かない。 両足がすくんで立てないのだ。
悲鳴を上げる事も出来ない。 心臓が破裂しそうなくらい高鳴っている。 目の前で紅く光っているマンイーターの瞳を見つめたまま、固まってしまう。
――――ああ、死ぬ。 絶対死ぬ。 死んだ。
そう、思った時――、
開戦のゴングはきっと爆発する輸送機の音だった。
大空に巻き上げられた山のような残骸の中、くるくると回転する鉄の塊の姿があった。
それはボクには棺のようにみえたし、そしてきっとやはり、棺だったのだと思う。
棺はボクの目の前に落下すると、まるでそこに落ちる事を最初から知っていたかのようにぴったりと静止し、場が静まり返る。
次の瞬間。 ボクの頭は完全に焼ききれる――。
「あなたが、ウラですか――?」
棺桶の蓋が吹っ飛んだ。 いや、爆発的な力で内側からこじ開けられたのだ。
大空を舞う鉄板。 ああ、かわいそうに。 何度も何度も空中に舞い上がる残骸。 それを片手で受け取り、『彼女』はマンイーターに全く怖気ず振り返った。
「もう一度、問います」
そう、『彼女』。
棺の中から飛び出してきたのは、蒼い蒼い女の子だった。
「あなたがウラ――」
蒼い髪と、蒼いドレスが熱い風に靡いて、蒼い瞳には火を点して。
荘厳とした。 それでいて涼やかで、力強い。 とにかく、見る者を魅了するような圧倒的な存在感。
「あなたが、私を『人間』にしてくれるのですか――?」
そう、だからボクには彼女が人間であるようには思えなかった。
人というものは、必ずしもどこか不完全なものだ。
だというのに彼女は余りにも美しすぎた。
それはもう、『生き物』ではなく、
だからきっとそう。 それは生きた『人形』だった。
見下ろす瞳は真っ直ぐにボクを見つめている。
REV
作り物の星空の下、現実の地獄の中、瓦礫の山の上で。
ボクは出会ってしまった。 蒼い瞳の、生きた人形に――――。
燃え盛る炎を背に、彼女はマンイーターをにらみつけ、空から落ちてきた棺桶の蓋を手に取った。
振り上げた棺桶の蓋が。 ただの鉄板が。 振り下ろされる瞬間、風を切る甲高い音と共にイーターの足に突き刺さり、轟音と共に巨大なその身体を地に這い蹲らせていた……。