プロローグ.3
喧騒から約一時間。パトカーのサイレンを片耳に聞きながら男はとある建物の中へと入る。どうやら目的地らしい。
ちなみに通り過ぎるパトカーの方向から見るにヤンキー達は無事見つけられたらしい。気にする事では無いが。
「シャーリー。俺だ。開けな」
「玄関先でオレオレ詐欺だなんて流行らないわ」
「そのくだらないギャグよりは流行りそうだがな。鹿倉だ。これでいいか?」
男が名乗ると扉の向こうから不機嫌そうに鍵を開ける音がする。そして中からは金髪碧眼のいかにもキャリア組の雰囲気を放つ女性が現れる。
「色々気に食わないけど時間の無駄だし」
「気付いたか。一つ賢くなったな」
「こんの……っ」
年不相応に怒りを見せるシャーリーの横を通り抜け鹿倉と名乗った男が中へと入る。
中の様子は一時流行った高級マンションの様な状態になっており、一昔前なら一つで軽四車を軽く買えるだろうソファとガラステーブルが置いてある。
その入り口側に腰掛けると彼女は書類とコーヒーを持ってくる。その様子からするに事後処理の様だ。
「依頼内容の治安維持だけど。対象の処理という形で成功にしておくわ」
「助かる。殺す気はあまりなかったのだが……血の気が多い連中だからしょうがない」
コーヒーを啜りながら鹿倉と名乗った男は資料の端に留めてあるヤンキーグループの写真を見る。どれも見た目から察するに未成年達である。
「更生が出来れば一番だったのだけれど。人の元恋人の名前を名乗る人には向いてないもの」
「ケッ。標的の恋人になってそのまま殺す女には言われたく無い台詞だ」
それから暫く二人は無言で事後処理の為の書類を製作し纏め上げる。依頼主へと送る為である。
「今回も報酬は振込みか?」
「ええ。確認した翌日の朝に振り込まれる予定よ。早ければ明後日ね」
「ま、金なんざあっても必要な物は無いんだがな…」
再びコーヒーを啜る。その様子を見てシャーリーは溜め息を吐いた。
「ねぇジェイド。貴方本当にー」
「やめな。その話は無しだ。それとその名で俺を呼ぶんじゃ無い。今の俺は『本郷乱斗』だ」
「私と貴方の仲よ?偽装パスの名前を通す必要なんてないじゃ無いの」
「ダメだ。俺はこの国でやる事があるんだ。だから、それが終わるまで名前を戻すわけにはいかない。
……用が無いなら失礼するぞ」
コーヒーカップを置いた鹿倉もとい本郷は徐ろに立ち上がると、シャーリーが言いだけな眼差しで彼を見つめる。
「次はもっとやり甲斐のある仕事を頼む。ガキの始末なんてもうごめんだ」
「…………ええ。分かったわ。今回も協力ありがとう」
その言葉に返事をせず背を向けた本郷は、その後振り返る事なく部屋を後にする。一方複雑な想いを抱くシャーリーは孤独となった部屋で一人溜め息を吐くのであった。