プロローグ.2
微かに灯る魔灯ー魔動力を糧に灯された街灯ーを頼りに歩く男は、何かの目的がある様子は無く、ただひたすらに時間を潰してる様にも見える。
当然だろう。ここは謎の雲による襲撃以前こそ華やかな風俗街だったが今では人一人見当たらない位の無人街となっている。そんな場所に目的あって来る人間など探す方が苦労する。
ましてや、行政がまともに機能し始めたのはここ数ヶ月。その間治安は一様に悪くなっていた為この様な裏路地には近づかない方が保身になる。
それでも近づく輩は余程の世間知らずか物好きかアウトロー位と言う程のものだった。
「それで?そこのオッサンはどれに入るんだい?」
不意に背後から話しかけられる。足を止めた男が振り返ると数人で群れをなし同じ様な服装を着たいかにもヤンキー集団が居た。
「……。」
「だんまりかい?シケたオッサンだな。今後の為に行っておくぜ?ここは俺らのシマだ。2度と足を踏み入れるんじゃねぇ。分かったらとっとと来た道戻ってねんねしな?」
「……ハァ」
リーダー格の男の言葉を聞いた男は、それでも関係ないと言わんばかりに溜め息を吐き踵を返す。その様子を見たリーダー格の男は激情。こめかみに青筋を立てて怒鳴り始めた。
「おいオッサン……今の忠告聞いてなかったのか?!これ以上進んだらシバくぞ?!」
「……忠告?……成る程。おつむが足りないのは見た目だけでは無いらしいな」
再び足を止めた男は煙草を投げ捨て鼻で笑う。その様子に更に苛立ったリーダー格の男は舌打ち。怒りの頂点に達した事を伝えるが如くある言葉を口に出した。
「こうなったら容赦しねぇ……魔術を使ってやる……」
「ほう……?」
「ちょっ、タケさんそれはマズイって!!!魔取が来たら捕まるって!!」
魔取とは魔動力の運用に伴い新たに設置された警察部署の違法魔術使用取締部のことである。ちなみに殺人傷害が一課。窃盗詐欺が二課。その他犯罪が三課。申請受付等が五課らしい。
他にも大型魔術犯罪用の部署もあるらしいが今は傾注する事でも無い為省く。
「魔取が怖くてワルやれるか!!!おいオッサン、死んでも文句言うなよ?」
激情する言葉とは対照的に周囲の温度が下がり始める。どうやら熱を操る魔術の使い手らしい。
「ふむ……その意気は好意的だが幾つか訂正しないといけない。まず一つ。喧嘩を売る相手を間違えるな。相手の力量を見て選べ……」
対して新しく煙草に火をつけた男は、ゆっくりとリーダー格の男の方へと歩きながら語る。
「二つ。相手の魔術を知らずに手の内を晒すな。一つしか魔術を使えないなら尚更だ」
「なっ……これは……?!」
周囲の温度が急激に下がる。その様子にリーダー格の男ですら狼狽え始める。
「三つ。魔術の内容を考えて群れろ。お前の魔術はどう考えても周りに迷惑だ。ほら、見てみろ」
「なっ……ひっ?!」
言われるがまま振り向く。するとそこには、自分を慕う仲間達が氷漬けになった姿が。
どうやら魔術を使った本人ですら理解出来ない程の力で発動しているらしく、自ら使った魔術で半身を凍らせ始めたリーダー格の男は、寒さに震えながら目の前の男に問いかける。
「オッサン……なにも……の……」
「四つ。俺は確かにお前らより年上だがオッサンじゃねぇ。ギリオニーサンだ」
紫煙を吐きながらさもこれが一番の問題と言わんばかりの睨みを利かせる。どうやら彼位の歳はオッサンとオニーサンの区別に敏感らしい。
「冥土の土産に教えてやるよ。俺が使った魔術は単にお前が使った魔術を暴走させただけだ……。自らの力に溺れたんだよ、お前は」
言い終わると同時にリーダー格の男の全身が凍り付く。それでも止まらない魔術の暴走は次第に周囲を霜付かせながら蔓延していき、巨大な氷のオブジェとしてその場に残るまでにそう時間を要しなかった。
「……熱扱えるなら暴走した時点で温度上げろよな。本当おつむが足りない馬鹿だ。……さっきの忠告然りな」
呆れた表情で背を向けた男は、紫煙を撒きながら裏路地を後にする。
だが、その足取りは先程とは違いどこか目的地へ赴くかのように軽やかなものとなり、まるで一仕事済ませた会社員の如く足早に何処かへと向かうのであった。