新学期に性格が変わった女の子の心境。
夢を見ていた。
どんなに登っても終わりが見えない階段。
誰もいない廊下。
必死に手を挙げても誰も私を見てくれない。
気持ち悪い、変、面倒くさいと浴びさせられる、悪意のシャワー。
夢の中でさえ自分の被害妄想と分かる。
本当はそんなこと無いのに。
三回時計を止めて、気づいたら九時ジャスト。
桜満開の新学期、私は猛ダッシュで学校へ向かっていた。
ああっもう! 私のアホ!!
信号待ちで足踏みをしながら自分をしかる。
用意も何もしていないじゃん!!
鞄の中身はかろうじて放り込んだ筆記用具オンリーだ。
宿題なんて持ってないしスリッパは家の何処にあるのかさえ分からない。
……そもそも持って帰ったのか?
どんどん学校に行きたくなくなって来た、今までの私なら朝起きた時点で諦めていただろう。
でも、私は変わった。変わるんだ。
新二三年おぼしき生徒が学校に向かって歩いていたので、心底ほっとする。
時間には間に合ったっぽい。
生徒の流れに乗って歩いていると、ふと同じクラスだった男子生徒を見つけた。
「おはよう!」
「……んぁぁ」
うぁれ〜? そこそこ仲いいと思ってたんだけどな〜
鈍い反応に心が折れそうになるが、堪える。
私、進化出来てるよ!
その男子生徒を追い抜いて、歩いていると学校の前に人がそれぞれ何となくグループになって溜まっていた。
ん〜? 門開いてない?
ってことは間に合ったよね! うっしゃ!
心の中でガッツポーズを取り、門から少し離れた所に立っている部活の後輩達に話しかける。
「まい、ゆうか、おはよ〜」
「ちよちゃん〜!」
「ちよおはよ」
私に飛びついてくるまいと冷静に返事をしてくれるゆうか。
先輩呼びは二年の時に諦めたよ。
「起きれたんですね」
「よかった〜」
「後輩達の優しい気遣いに涙がでてくるよ!」
私は笑いながら二人と喋る。
「いや〜二人とも、今年から二年生になるのか。あれだね絶対後輩に『一年のときに勉強しとけば……』的な事言うよ」
「すでに思ってます」
「ちよちゃんみたくならないように頑張ります」
「なにそれひどい、まぁ事実だけどね〜。でも今年からニューちよだからね! 今まで押さえてたマシンガントークのリミッター解除! 春休みで吹っ切っちゃいけないもの切れたから」
がははと笑う私を見て、ゆうかは好き放題に突っ込む。
「普通よりの変人だったのに……(笑)」
カッコわらまでご丁寧に発音して顔を背けるゆうか。
「おい、さすがに部活と教室ぐらい分別つくぞ(笑)」
「ちよちゃん、これ見てみて〜」
「ん〜」
こんなくだらない会話をしていると、門が開いた。
生徒達が一斉に流れて行く。
「部活の後輩と一緒に居る先輩ってどうなんだろう?」
私は軽めに言った本心にゆうかがこう言った。
「いいんじゃないですか? ちよらしくて」
私は小学校の時から変わっていたと思う。
給食中の会話に私が入ると一瞬静まったり、話しかけるとさりげなく背を向けられたり。
私の何がオカしいは分からなかったけど、何かがすれ違ったのは分かった。
喋り過ぎなのかも、と思ったら口数を減らした。
目立たないように休み時間は本を読んでた。
給食中もさっさと食べて、机を離した。
嫌がらせなんか受けていないのに、学校を休みがちになった。
もともと運動が好きだったのにしなくなって、家に居るようになった。
中学になって引っ越して、頑張ろうと努力した。
でもクラスが学校が怖かった。
チャイムの音も、誰かの楽しそうな笑い声も……
学年が違うので二人とは別れ、クラス発表の紙を見る。
私……居た。 担任は……おっ、原先生!!
ラッキー!!
そこまで見た私は女子の悲鳴から避け、浮かれ気分で体育館へ。
途中でスロープに居る二年の時の担任原先生と一年の時の担任武藤先生にあったので話しかける。
「原せんせー、武藤せんせー!!」
私を見た二人は目を見開いた。
「早川よく起きれたな!!」
「よう頑張ったな〜」
「はい! 原せんせーが三年四組の担任ですよね、今年もヨロシクお願いします!!」
スロープを掴みぴょんぴょん飛ぶ私に原先生は苦笑して言った。
「出席番号見とけよ」
「あ、」
担任が原先生だったのに舞い上がってそこをすっかり忘れていた。
私はびしっと敬礼をした。
「確認して来ます! あと先に言いますけど、宿題忘れました!!」
「お〜、了解」
「忘れたんか……」
走っていく私の背中に二人の声が被さる。
原先生も武藤先生も忘れ物には寛大だ。
だから担任の事で喜んだのは、二人のどっちかが担任だったら許してもらえる……げふんげふん。
体育館に入って座っていると、みほちゃんが話しかけて来た。
「一緒のクラスだよ!」
「よかったね!」
すまぬ、見てなかった。
まほちゃんラブの私とした事が、何たる失態!
「あのさ前川さん、まほちゃんって呼んでも良い?」
「うん!! じゃあちよちゃんって呼ぶね」
まほちゃんは、私の返事を聞き少し驚いてからはにかむような顔で笑った。
心の中では既に天使まほちゃんですけど!
ずっと主に一年前から呼びたかったんだけど!
何となく名字呼びだったのは、たぶん線を引いてたからだと思う。
よほどの覚えやすい名前じゃないと私は忘れちゃう。
一度ほとんど喋った事のない女子から『ちよちゃん』っていわれて衝撃を受けた事がある。
前川さんの名前も最初は覚えれてなかった。
ずっと前川さんで呼んでて、覚えたときには言いづらくなって。
向こうも名字呼びだったしなぁ〜
まほちゃんは、自分は背が小さくて色が黒くて可愛くないと思ってるみたいだけどちがうよ。
小さくて可愛くて、憧れの花言葉を持つひまわりが好きだと言い、私の事カッコいいと言ってくれて、ほとんど学校に来ない私を心配して、給食までもってきてくれるまほちゃんに結構救われてるんだよ。
部活のメンバーもそうだ、どんなに私が疲れてても部活に顔を出せば「待ってた」っていってくれちゃって、馬鹿話に付き合ってくれる。
先生も忙しいのに大丈夫かって電話をくれたり、学校の行事に無理しなくて良いといってくれる。
心みんな私に気を使って心配してくれてる、正直それがしんどい時もある。
こんなにしてくれてるのに、虐めもないのに、私はなんで学校に行けないんだろう。
なんで朝、目が覚めてるのに布団から出られないんだろう。
なんで学校に行ったらいつもの私じゃいられなくなるんだろう。
なんで帰って来たとき自分の行動を思い出して傷つくんだろう。
なんで、家に居るのにどこかにかえりたいんだろう。
なんでなんでなんで
みんなあたり前にやってることができないなんて。
それは、自分が特別弱いから……
新しい教室で自分の席に座った私は明るく喋っていた。
そんな私は背後から一人の男子にこう言われた。
「おまえ、おもしろいな」
私は振り返った。
「最高の褒め言葉だね」
心の底から笑って。
ある言葉で目の前の闇が弾けた。
『どんなに苦しかっただろう、どんなにつらかっただろう』
ああ、そうか。
自分は苦しくてつらかったんだ。
闇の中に居る事さえ気づかない、それは私にとって当たり前だった。
皆より劣ってる、変わってる、オカしい。
それは言葉にならなくても、分かってしまう、気づいてしまう。
普通な人なんか居ない、そんな事当たり前なのに。
声を上げて泣きながら思った。
私は特別弱かったんじゃない、特別つらかったんだ。
意味もなく逃げてたんじゃない、特別苦しかったんだ。
誰にも迷惑をかけないのなら死にたいと思った、私を大切にしてくれて人たちのために死にたくないと思った。
全ての人の記憶から消えたいと願った、心の奥底で誰かに見てほしいと叫んだ。
変人、不思議ちゃん、変わってる。
それが今までの私の評価。
客観的に見ても、
おどおどして、時々言動がおかしくなって、独り言いってて、学校にほとんど来ないレアキャラ。
周りを気にし過ぎてて、挙動不審。
そんな奴とは私だって関わりたくない。
でも、吹っ切った。
とある女優が言ったこんな言葉がある。
『私は私、受け入れてくれるか。さもなければ放っといて』
まさしくその通りだ。
もしかしたら、また戻るかもしれない。
そう思っても、大丈夫。
もう闇の中に居たんだと知っているから。
海の底からもがいて、もがいて。
まとわりつく闇の中から抜け出してやろう。
まず息を吸って、泳ぎだす。
何泳ぎでも良い、遅くても良い。
海の中を何もせず漂うよりはずっと良い。
さあ泳ぎ始めよう。
まずはそれからだ。