大山と霊感タイムカプセル
これは私が実際に体験した出来事である。誰に打ち明けても一向に信じてもらえないので、ここに書き起こすことにする。信じたければ信じればいいし、信じられないなら信じなければいい。
昔々、私には霊感があった。今はもうない。幼いころの話なので、自分ではよく覚えていない。しかし、今年八十になる私の祖母はしょっちゅうこんな話をしたものだ。
「お前は小さい頃本当に大変だったんだよ。変なものがたくさん見えると言ってね。戦死した兵隊さんだとか、若くして死んだ家の家の爺さんだとか、人間に化ける猫だとかね。小学校二年生くらいの時から、とんと言わなくなったけどね」
どうせ子供の言うことだから、大人の気を引きたくてそんなことを言ったのだろう。祖母の言葉を聞いても、私はそんな風にしか考えなかった。あの時までは。
やけに蒸し暑い夏の日だった。クーラーの効いた部屋でレポートを書き終えぼうっとしていると、大山から電話が来た。
「小2のころに埋めたタイムカプセルを掘り起こそう!」
大山は小学生時代からの私の友人だ。基本的に頭が悪く、定職にも就かずに適当な人生を送っている。ここのところ疎遠になりかけていた。
「タイムカプセルなんていつ埋めた?」
私はそんな事実は全く身に覚えがなかった。
「だから、小2の夏休みだよ。確かお前が、とんでもないものを封印するとか言って、神社のクスノキの下に埋めただろ?」
そんなことがあったような、なかったような。
「どうせ大学生も暇なんだろ。今日の夜八時に神社に来てくれ」
運の悪いことに、この時私は丁度レポートを書き終えてしまっていたため暇だった。なので渋々大山に付き添うことにした。
午後八時十五分。遅刻した大山がシャベルを持って現れた。
「それにしてもなんで今なんだ? どうしてこんな時期に掘り返すんだ?」
私は尋ねた。
「この前、小6の時クラスのみんなで体育館裏に埋めたタイムカプセル掘り起こしたろ?その時に思い出したんだよ」
「知らない。おれは誰にも呼ばれてないよ」
SNSをやっていない人間はこうなるのだ。まったく困った世の中になったものだ。
「まあいいや。とりあえず木の下を掘り返してみよう」
大山はそう言って無計画にクスノキの下に穴を掘り始めた。
掘り始めて十分ほど経ったころ、大山のシャベルが何かを捕えた。カツンという瓶のようなものに触れる音がした。
「間違いない。きっとこれだ!」
私は土の中からそれをひっぱりだした。真っ黒に塗りつぶされたジャムの瓶には、白いペンで自分の名前と『開けるな』という文字が書いてあった。私はそれを無視して蓋に手をかけた。
「あれ、やけに固いな」
蓋はびくともしない。すると、隣で見ていた大山が私の手から瓶を奪い取った。
「さん、に、いち」
カパッ! というなんともマヌケな音がして、固く閉ざされていた瓶のふたが開いた。
「あれ? なんにも入ってないぞ?」
大山は瓶を逆さまにして振ってみせた。
「まさか、そんなはずは……」
私がそう言いかけた時だった。大山が「うわあ!」と大声をあげて、瓶を空高く放り投げた。
「幽霊が、幽霊がいる!」
彼はそう叫んで逃げ出した。びっくりした私もその後を追った。もちろん私の目には幽霊など見えてはいなかった。
それからというもの、大山は霊感の持ち主となった。
あの瓶の中には、一体何が入っていたのだろう。小学二年生の私は、あの瓶に何を封印したのだろう。
察しのいい人ならもうわかるだろう。私は何を封印したのかが。
「もしもし大山? 最近調子はどうだ?」
「後にしてくれ。これから除霊をしに行くんだ」
彼は霊媒師としてそこそこ成功したらしい。
※ここから先はこの話のもとになった昔の下書きです。
私がまだ小学生のとき、皆で校庭の端っこにタイムカプセルを埋めた。
何を埋めたのかは今ではもう覚えていない。
ただ一つ覚えているのは、かなりヤバイものだったということだけ。
どんなふうにヤバかったのかは知らない。
だけど、確かに普通では到底ありえない変わったものを埋めたはずなのだ。
昨日の夜、ふとそれが何だったのかが気になってなかなか寝付けなかった。
いったい自分は何を埋めたのだろう。どうして思い出せないのだろう。
何時間も頭の中でぐるぐる考えていた。そしてこう思い立ったのだ。
明日、こっそり掘り返してみてはどうだろう?
その考えを行動に移すまでにそう時間はかからなかった。
次の日の夜、私は佐伯という友人を連れて小学校へ向かった。
真夜中の学校は不気味なくらいしんと静まり返っていた。
「確かこの辺に埋めたはずなんだ」
「確かなんだろうな」
私は周囲に気を配りながらザクザクとシャベルで地面を掘った。
暫くするとカチンという音が暗闇の中に響いた。
「あった、これだ」
私は土にまみれた大きな箱を取り出した。
「まさかこんなにあっさり見つかるなんてな」
佐伯は目を丸くして言った。
私は箱にかかった土を丁寧に祓うと力を込めて蓋を開けた。
ガボッという鈍い音と共に蓋は空いた。箱の中には33人分の思い出がぎっしり詰め込まれていた。
「さて、おれのはどれだ」
私はゴソゴソと中を漁った。
「早くしろよ……!」
心配性の佐伯が言う。
「わかってる。ほら、コレだ。もう見つけたぞ」
私は小さな赤いクッキーの缶を引っ張り出して言った。自分の名前が書いてあるから間違いない。私の缶である。
しかし缶にはガムテープがぐるぐるに巻きつけられていてなかなか開けることができない。
「あれ? ちくしょう。なんだってこんなに頑丈に巻きつけたりなんかしたんだ……!」
「知るか! お前がやったんだろ」
どうも素手で開けるのは不可能らしく、仕方なく私達は自分の缶だけ取り出して残りを再び元の場所に埋めた。
「仕方ない。家で開けるか」
その後家に帰った私はカッターナイフを使ってガムテープを切り裂き缶の蓋をこじ開けた。
しかし思いがけないことに中身は空っぽであった。
「そんな馬鹿な」
缶をひっくり返してぶらぶらさせてみたが何も落ちては来なかった。
だが、かすかに何かが外に出たような気配がした。
口ではとても説明できないが、目に見えない何かが飛び出したような気がした。
その直後、私は飛び出した何かが煙のようにすうっと体の中に入っていくかのような、奇妙な感覚に襲われた。
そしてその日を境に私は霊感の持ち主となったのだ。