オスネコライオン
どんよりと曇った涼しい夏の朝、その猫は窓際にいた。オレンジ色の長い毛並みの大きな猫。今日も彼は、庭に生えたオレンジの木を眺めていた。自分の毛並みとよく似た色のオレンジの実が、彼は気に入っていた。
しばらく眺めていると、一話の雀が飛んできて、オレンジの実の上にとまった。猫はそれを見逃さなかった。
自分専用の小さな扉からサッと外に飛び出すと、草むらに隠れて獲物を狙った。自分がオスライオンになったような気がした。もちろん、オスライオンがほとんど狩りをしない事実なんて、彼は知らない。もっと言えば、ライオンがどんな動物であるかもよく知らない。
お尻を左右に振って、獲物との距離を測る。後ろ足を置くべき位置に定め、力をいれる。そして目玉を爛々と輝かせながら、猫は力いっぱい地面を蹴り上げた。
面白いほど早く、体が前方へ飛び出した。耳元でヒュッと風を切る音がした。
しかし雀はそんな彼よりもずっと早く、空中へと逃げ去った。猫は少しイラついた。そして、そんな苛立ちを紛らわすかのように、庭に穴を掘って糞をした。
「こら!」
突然背後から甲高い子供の声がした。背筋がぴくりと跳ね上がる。
声の主は今年で3歳になる女の子。名前はよくわからない。もちろん、この子にはとっくに名前がある。母親もちゃんと名前で読んでいる。しかし猫にはよくわからない。
女の子は子犬のようにキャンキャン騒ぎ立てる。猫にはどうもそれが苦手だった。いつも「嫌だ」と言っているのに、今日も力いっぱいしっぽを掴んでくる。
「こら!」
また声がした。今度は大人の女の声。女の子の母親が、自分の子供を連れ戻しに来たのだ。
その隙に、猫は庭から脱出した。
道路にはいくつもの水溜りが出来ていた。水に濡れたコンクリートの匂いが、猫には少し不快だった。最近雨ばかり降っている。そのせいでろくに日向ぼっこもできていない。
猫は路肩に停めてあるトラックの荷台に飛び乗った。荷台の上は藁が敷き詰めてあり、少し暖かかった。体中を念入りに毛ずくろいする。舌の表面についたザラザラで、長い毛並みの汚れを落とす。そんなことを繰り返していると、だんだんと疲れてきて、いつの間にか瞼を閉じてしまった。温かくて気持ちの良い眠りの底へ潜って行く。柔らかい藁の匂いと、トラックの揺れが心地よかった。