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まだ、どこにも

 昨夜見た夢の話をする。


 気が付くと、私は薄暗い地下鉄の駅にいた。ありえないことだが、その事に対して特に疑問はなかった。私は当たり前のように汚い階段を上がり、地上に出た。

 空は少し曇っていた。秋の乾いた冷たい風が髪をなびかせ、私は着ていたパーカーのフードを目深に被った。普段そんな恰好などしないし、目深にフードを被ることなど今までに一度もしたことがない。なんとなく自分が自分でないような気がした。

 錆びた鉄橋の下をくぐり、そのまま歩き続けるとどこまでも続く一本道が目の前に現れた。気が付けば通行人も増えていた。

 直感で、今自分のいる場所がアメリカの田舎町だと分かった。私はアメリカになど行ったこともないが、そこには見事にアメリカの田舎町が再現されていたのだ。ネバダ州とか、アイダホ州の一本道を思い浮かべてみてほしい。私が見た風景は正にそんな感じだった。

 先の見えない、どこまでも続く一本道。そこにちょうど雲の切れ間から真っ赤な西日が差し込み、枯れ草を綺麗なオレンジ色に染めていた。


 しかし私は困った。そこで初めて、自分がどこにも行く当てがない人間であることに気が付いたからだ。

 あたりを見回すと、一人のお婆さんがいた。私は彼女に声をかけた。

「道に迷ったんです」

 こう言って、何か違うなと思った。私が言いたかったのはそんなことじゃない。

 お婆さんは優しい微笑を浮かべていた。

「せっかくこんなところまで来たのに、まだどこにも行けていないんです」

 言い直してみて、「これだ」としっくり来た。「私はどこにも行けていない」もしくは「どこにも行けない」そんな風に感じたので、私はその部分を強調して話した。しゃべっているのは確かに私だったが、まるで誰かの気持ちを代弁しているようにも思えた。私はやけに冒険心が沸き立っているようだった。

 お婆さんは家まで連れて行ってくれるらしかったので、私は彼女の後をついていくことにした。

 道中、彼女は私に言った。

「どこかへ行こうとしなくても幸せにはなれる。その方がずっと安全なんだから」

 その言葉がどうにも気に食わなかったので、私は反論した。ただ、なぜ気に食わないのかはわからなかった。

「確かにどこにも行かずに何もしなければ何も起こらないし、その方が安全でしょうけど、それは嫌です」

 一体自分は何の話をしているのか、これから何を目指そうとしているのかまるで謎だった。どうやら夢の中の私は自分の現状にいまいち満足がいっていないらしかった。

 そんなことを話しているうちに私はお婆さんの家に到着した。特に特徴のない、清潔感のある白い家だ。ひとつ疑問だったのは、玄関からではなく小さな裏口から入ったことだ。彼女は私に対し、何故か静かにするよう命じた。


 狭い部屋に通された私はあたりを見回した。白い壁、古びた窓、観葉植物、そして壁に書かれた文字。何が書かれていたのかはどうも思い出せない。アルファベットで書かれていたことだけは辛うじて思い出せる。

 私はその文字を目にしたとたん、奇妙な既視感に襲われた。ここに来たことがある。いや、もう何度も何度も来ている。一体どういうことだ?

 その瞬間ふと先程自分が言った言葉の意味を理解した。


 ――まだどこにも行けていないんです。


 私はずっとループしている?

 お婆さんの方を見ると、彼女は実に悲しそうな顔をしていた。まるでこの無限に続くループから脱け出せない私を憐れんでいるかのようだった。私は尋ねた。

「私は、何度目ですか?」

 お婆さんは俯き、静かに首を振る。

「私は何度ここへ来たんですか……!」

 私がそう言った時、部屋の中から誰かの声がした。

「はやく、こっちに隠れて」

 お婆さんはそう言うと、慌てた様子で私をクローゼットの中に押し込んでしまった。

 クローゼットの中はほとんど真っ暗で、古びた臭いがした。私は扉にしっかり耳を付け、外の様子を窺った。

「今誰と話していた?」

 男の声がした。ずっしりと重い、威圧感のある声だ。

「いえ、誰とも……」

「また、連れてきたのか。駄目だと言っているだろう」

 男の足音がこちらに近づいてくる。その歩みには何の迷いもなく、まるですべてを知っているかのようだった。恐怖のあまり、心臓が口から出そうになる。

「出ろ」

 呆気なくクローゼットは開けられ、私は外に引き摺り出された。

 その瞬間私は頭が真っ白になり、何も考えられなくなった。


 そして気が付いた時には、すでに夢から覚めていた。


 

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