しんいちろうの袋
むかし、むかし、ある海辺の静かな村に、しんいちろうという若者が住んでおった。このしんいちろう、村一番の怠け者で、あっちへぶらぶら、こっちへぶらぶら、風の吹くまま、気の向くままという暮らしぶりであった。働かなければお金はないというのは、むかしも今も変わらぬ話で、しんいちろうはたいそう貧乏であった。着ているものは、泥だらけ、穴ぼこだらけ。住んでいる家は、埃まみれで、すきま風が吹き抜ける。
それでもしんいちろう、
『いつかは…。きっと…。そのうち…。いずれは…。』とうそぶいて、ぐうたら生活をやめなかった。大ぼら吹きのしんいちろうといえば、村人は誰でもにやりとわらい、 『あのあほんだら』というありさまだ。
夏のある日、陽はとっぷりと暮れ、群青の空が真っ暗やみに変わるころ、しんいちろうは星でも見ようと外に出た。砂浜に出ると、寝ころぶ場所をさがし歩く。あたりのしじまを破るのは、ざぶぅん、ざぶぅんという波音と、砂踏むおのれの足音ばかり。すでに空には満天の星、西に傾く三日月が海に沈むのは、あと一刻たらずだろうか。ここぞと決めた場所に、あぐらをかくと、しんいちろうはあたりを見回した。
と、少し離れた砂の上で、なにやら動くものがある。おっかなびっくり近づくと、たいそう大きな海亀であった。そばには大きな穴ぼこがひとつ。中をのぞけば卵が見える。
(ややや、これはうまそうな卵だぞ。海亀の卵はことのほか珍味と聞く)
こっそり盗もうと、手をのばすと、大海亀はぐっとにらんで言葉をしゃべった。
「このばちあたりめ、何をする」
しんいちろうはびっくりしてひっくり返った。
亀がしゃべるなんて聞いたことがない。それでも今日の晩めしはひじきだけ。目の前にある卵があきらめきれない。
「うまそうだから、もらっていくんだ」と、卵をつかもうとする。
今度は大海亀がびっくりして、どうにか思い止まらそうとする。
「おいおい、やめてくれ。なんでもするからあきらめてくれ」
「いやいや、あきらめきれぬぞ」
しばらく押し問答を続けた後、大海亀はどこから取り出したのか、古ぼけた革の袋を差し出した。
「これをやるからあきらめてくれ」
「なんだ、そんなぼろ袋、いらぬわ」
「この袋、未来寿といって、何でも願いがかなう魔法の袋だ。龍宮城の龍王さまからいただいた、われら海亀の宝物じゃ」
「またまた、くだらぬたわごとを」
「そういわずに聞くがよい。この袋を持って、海に向かって立ち、日にかざして欲しいものをとなえるのじゃ。そうすると、にわかに思ったものが水平線上に現れ、あれよあれよという間に、袋の中に吸い込まれるという寸法じゃ。それも願いは二度かなえられる。もちろん気に入らなければ、『もとに戻れ』ととなえればよい。まぁ、これも一回ということになるのじゃがな。小さく見えるが、そう、おまえさんひとりぐらいなら、どうにかはいるぐらいには伸びるはずじゃぞ。どうだ、この袋、いらぬか」
しんいちろうは考えた。怠け者には違いないが、悪知恵だけは働くほうだ。
「よし、それではそいつで勘弁してやろう」と、大切そうに袋を抱いて、家に戻った。
*
あくる日、朝早く起きたしんいちろうは、さっそく袋を使ってみようと思った。浜辺へ行くと、海はおだやかに凪いでいて、空はどこまでも高く、うららかで気持ちがよい。昨夜の不思議なできごとは、今となっては夢のようで、ふところにある古袋を確かめるようにさわってみた。
(それではちょいと試してみるか)
しんいちろうは海に向かって立つと、
「この袋が欲しい」と、大きな声で願いをこめた。
するとどうだろう。水平線の彼方に革袋が現れて、あっという間にもとの袋に吸い込まれた。
「よし、うまくいった」
しんいちろうはほくそえむと、中から袋を取り出して、今度はその袋に願いをこめた。
「この袋が欲しい」
やはり前と同じように、魔法の袋がもうひとつ増える。こうやってしんいちろうは、次から次へと袋を増やした。使える魔法の回数も、どんどん増える勘定だ。袋の数は五つになった。
(さて、このぐらいでよいであろう。ここらで、本当に欲しいものを出そうじゃないか)
最後に出した袋だけ、明日の分と、ふところへ入れた。残りの四つの袋には、魔法の残りがそれぞれ一回、しめて四回願いがかけられるというものだ。
しんいちろうは、何はともあれ腹がへっていた。最初の願いはしれたはなしだ。
「すこぶるふまい朝飯が欲しい」
おかしら付きの焼き魚に、白いご飯と味噌汁が、一瞬海の上にあらわれ、袋の中に吸い込まれた。しんいちろうは袋から取り出すと、うまいうまいと舌鼓をうち、にこにこしながらたいらげた。腹がいっぱいになれば、次はお金を出すのが手っ取り早い。
「お金がたんまり欲しい」と願いをかけた。
波の輝きにも似た、金色の輝きが彼方に浮かび、やがてそれが目も眩むばかりのたくさんの小判になって、袋の中に吸い込まれた。しんいちろうは笑いが止まらない。村人に見られでもしたら、とうとう気がふれたかと思われたことだろう。
お金がたっぷり手に入れば、今度はお金で買えないものが欲しくなる。独り者のしんいちろうは、お嫁さんが欲しくなった。
「美しくて、気立てがよくて、賢くて、歌がうまくて、かわいらしくて、働き者の、日本一のお嫁さんが欲しい」
今度は手に持つ袋が破れるほどに重かったが、それはそれはこの世のものとはおもえぬほど美しい娘が袋の中からあらわれた。
「わたくしは、おはなと申します。ふつつか者でございますが、どうかよろしゅうお願い申し上げます」
「こちらこそ」
おはなはそばに寄り添うと、やさしい眼差しで微笑んだ。しんいちろうは天にも昇る思いだった。顔は真っ赤にのぼせあがり、頭の中は真っ白け。なんと幸せなことだろう。
「あらあら、おめしものに穴があいておりますよ。おうちに戻り、繕って差し上げましょう」
「ああ、うん」
しんいちろうはしどろもどろに答えたが、そこではたと気がついた。
(家に戻るだって。あんなみすぼらしくきたない家に、おはなを案内するわけにはいかぬ)
しんいちろうは少し青ざめたが、すぐにいいことを思いついた。
(袋を使ってりっぱな家を出してやろう)
「おはな、ちょいと目をつぶってくれぬか」
しんいちろうは、いたずらっぽく微笑むと、おはなを見つめてこういった。そして海に向かって背筋を伸ばすと、大きな声で願いをこめた。
「御殿のような家が欲しい」
水平線がきらきら光り、この世のものとは思えない、立派な御殿があらわれた。けれどもそのあとに大変なことが起こった。この御殿、端のほうからずるずると、袋に入ろうとする。袋を持ったしんいちろう、このときはじめて気がついた。
「しまった、袋にはいりきらん。助けてくれ」
どんなにわめき散らそうと、袋は重くなるばかり。あっという間に背丈ほども膨れている。しんいちろうは懐から、必死の思いで別の袋を取り出すと、祈るような気持ちで願いをこめた。
「もとに戻れ」
するとどうだろう。袋はすっと軽くなり、別の袋に吸い込まれた。その袋もまた別の袋に吸い込まれた。その袋もまた別の袋に……というふうに、どんどん、どんどん吸い込まれ、袋ははじめのひとつになった。気がつくと、おはなも小判も消えている。お腹ももとのすきっ腹だ。
「おはな……」
しんいちろうはがっくり膝をおって、砂浜にへたりこんだ。水平線の彼方には、出るには出たが、戻るには大きすぎたのか、まぼろしの御殿が浮かんでいた。
*
この出来事があってから、しんいちろうは心を入れ替えて、真面目に働くようになった。もともと賢い若者であったから、しだいにお金もたまり、かわいいお嫁さんもめとり、御殿とまではいかないまでも、立派な家を建て、幸せに暮らしたということだ。
ところで海に浮かぶ御殿は、その後も、春うららかな天気のよい日に、予告もなくあらわれることがあった。この御殿は、長い間しんいちろうと呼ばれていたが、いつの日からかしんきろうと呼ばれるようになったということである。




