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花束

薬菜

作者: 九条 隼

 案外待つのも悪くないかもな、なんて小さくつぶやいて顔を上げた。


 青く透き通るような空。青々しい木々。黄緑色に輝く草木。ぽつりぽつりと白く色をおとす花。そこで一人、君は手元に夢中になっている。金色の髪が太陽に照らされて、眩しくて。私は一人、外側から目を細めて君を見ているんだ。


 そこは昔にあの子と二人で寝転がった草はらだ。そこにあの子を座らせて、少し迷って、そのまま筆を置いた。

 ああ、懐かしいな。小さなあの子の手を引っ張って、歩き回った。そしてたどりついたそこに飛び込んで。目についた花に、手を伸ばした。

 不器用な手で冠を作る姿が可愛かったな。懐かしさに小さく笑う。傍らに私の作った冠を置いてみれば、悔しそうな顔で私を睨みつけて。からかって、また、笑う。普段は表情の乏しいあの子が私の前ではくるくると表情を変えていく。笑うのも泣くのも、私の前でだけ。普段は無愛想なのに、二人になると別人だ。まるで従順な犬の様に。何も知らない子どもの様に、私だけを見ていて。

 ああ、愛おしいんだよ。本当に。君が愛しいんだ。ずっと気付かなかった想いを馬鹿の一つ覚えて繰り返す。

 いつか本当に君を囲ってしまいたかった。そのまま、私だけしか知らないままにして。縛り付けて。綺麗な君のまま。

 でも、それじゃあ駄目なんだ。

 私が言えるような立場じゃないのは百も承知だけど、それでもそのままじゃいけなかったんだ。

 私がこうして汚い大人になったように、君もいつかは大人にならなければいけない。世の中を知って、守られるための目隠しを取り払って、守るものを見つけて。きっと君は私と違って素晴らしい大人になるのかもね。小さく笑って、幼い笑顔を思い出す。

 君はすごい人だ。

 こんな陳腐な言葉で言うのは申し訳ないけれど、君は、すごい人だ。

 こんな頑固な私をも変えてしまうなんて……って、これは思いあがりだろうか。


 けれど、私を変えてくれた君だから。その素晴らしさをこんなところに置いておけないんだよ。

 もっともっと広い世界に行った時、君はきっと色々な人を救うことができる。ありふれた言葉ではあるけれど、その君の優しさでさ。私なんかが独占していてはいけない。いつか君が救う、君を大切に思ってくれる人に申し訳ないよ。

 ずっとずっと長い間言えなかったんだ。だって、手放したくなかったんだ。君は可愛くて可愛くて、どうしたって私の視界から離れてくれないんだから。

 だけどもう、いい加減にしなくちゃいけないよね。

 君の為にならないよね。

 それから、私の為にだって。


 ねえ、君は気付いていたかな。

 こんな私だけど、君をちゃんと愛しているんだよ。

 今更何だと思うかもしれないけれどさ、それでも本当にそう思うんだ。

 君はこんな私に愛されるだなんて不運な人だ。本当に。きっと不幸になるよ。だからね、君の居場所が、君の心休まる場所が出来るように私はここで待つんだよ。

 ああ、寂しいな。切ないよ。

 それでもこの苦しみの先に君がいるっていうのなら、それも悪くないや。



 この広い世界は、君の純粋な瞳にどう映るんだろうか。


 汚く見えてしまうかな。恐く見えてしまうかも。

 君は酷く臆病だから。

 それでもどうか、知っていて欲しいんだ。君の目で、分かってほしいよ。


 この世界だって所詮、私たち人間と同じようなものさ。

 綺麗な景色があれば、荒れた景色だってあるよ。胸が苦しく様な景色があれば鳥肌が立つ様な景色もあるよ。そういうものなんだ。虚しいけれど、そういうものなんだよ。

 たとえば君は人の醜いところばかりに触れていたけれど、それでもその人にだって人生はあって、その中には君の知らないものがある。誰にだって大切なものがあって、綺麗なところがある。腐りきっているような人間でも、それだけじゃないんだよ。たとえば、そうだね。君のよく知る人の話をしよう。彼は自分の娘を深く愛していた。やがて食い違い行き違って、それから何も見えなくなってしまった。かたちない物が信じられなくなって、形ある物に縋るようになった。哀しい人だよ。それでも、困っている子供をみると放っておけないような人なんだよ。助けようとして、それから自分の手のひらを見て思いとどまるんだよ。自分のその手が犯してきた行為を、自分で悔いて恥じるんだよ。だからそのまま、中途半端に手を伸ばしたまま動けなくなってしまう人なんだよ。泣きそうな顔で、唇を噛んで、地面を見つめて。本当はきっと、優しくて誠実な人だったのかもね。まあ、本当のところなんて私たちにはきっと理解できないんだろうけれど。

 ねえ、怖がらないで聞いてほしいんだ。

 耳をふさがないで。

 目を閉じないで。

 君は慎重な人だ。人の痛みを見ると手を引っ込めてしまう。それも悪い事とは言わないよ。人を傷つけるななんて豪語する人はたくさんいる。その人たちがそう思う様に、きっと傷つけるのは良い事じゃないかもしれないね。それでも、それだけではいけないんだ。

 それはきっと、甘えだよ。傷つけないように丁重にするだけでは何もできないよ。私は君をたくさん傷つけたけれど、まあそれは別だ。それでもきっと、傷つけまいと頑なになってしまうのでは君は大切なことに気付けない。きっと君は周りの人を知ることができない。君の素晴らしさを周りに教えることができないよ。

 傷つけたっていいんだよ。言い合っても、罵りあってもいいじゃないか。それもひとつのコミュニケーションだよ。きっと君はそうしたら酷く落ち込んで、自己嫌悪に陥ってしまうけれど。でもその先に待っているのは悪い事ばかりじゃないよ。本気で物を言って、傷つけて傷つけられてから分かることもあるんだよ。

 だって私たちはふだん色々な仮面を付けて生きているから。

 その環境や人によって、その仮面を付け外して自分を守って誰かを守っていきているから。誰だってそうさ。誰かを傷つけたくなんかないし、傷付きたくなんかないんだよ。

 だからこそ、そうやって荒いコミュニケーションで本音を知るのも一つの手段さ。


 だから、きっと大丈夫だよ。

 怖くなんかないよ。

 身構えなくたって、大丈夫。

 酷い事を言わないようにと口を噤まなくてもいいんだよ。

 君にもいつか君と同じように素敵な友人が出来て。本音を言いあって悲しんだり喜んだりしてさ。甘えたり甘やかしたりしてさ。その人を、想ったりするんだろうね。

 そんな忙しい毎日の中では私なんて薄れていってしまうかもね。忘れっぽい君だがら、もしかしたらもう私なんて忘れてるかな。なんて、こんなことを言ったら君は怒ってしまうかもね。いや、泣いてしまうかも。


 ごめんね。


 君にはたくさん謝らなければいけないね。

 やさぐれていた私は、君にたくさん八つ当たりをしてしまったよ。君は気付かなかったかもしれないけどね。


 でも、だからこそ、君を想うよ。


 君の人生が豊かなものであるように。


 君の人生が一生懸命だったものであるように。



 上ばかりを見ないでほしい。


 昇り詰めて見えるのは酷く遠い景色ばかりだから。


 たまには下を見たって、足を止めたっていいんだよ。


 疲れたら休めばいいさ。


 忘れそうになったら振り返ればいい。


 それ以上背負えないというのならば誰かに助けを求めればいい。



 私は君の薬にはなれなかった。


 ただの毒になってしまったよね。


 君をただただ甘やかして、自分の好きなように振り回してしまったよね。



 ごめんね。


 それでも君を愛してるんだよ。




 いつか、君が私を、思い出してくれるといいな。



 そして思い出して、……いや、いいか。


 ここに来る必要はないよね。


 

 君に会えて幸せだ。


 君を想えて幸せだよ。



 ありがとうね。


 ごめんね。




 再び、筆を取る。

 あの子と同じ色を筆に乗せて、隅にひっそりと、小さく。誰も気付かないくらいの花を一つ添えて。

 君がその花の様に、誰かの薬になるように。陽のあたる場所で輝くように。



「次は駄目な男につかまらなきゃいいね」


 なんつって。

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