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繋がる世界の、断片。  作者: 中里肴
透と香澄の、断片。
3/4

フカマル。

 夏休みの校舎というのはやはりというべきか閑静なもので、物音といえば時折グラウンドから聞こえる部活動の練習音と----蝉の鳴き声位なものだ。

 これがお盆休みでなければ、あるいは教室も幾人もの生徒達による喧騒で埋め尽くされていたのかもしれない、そんな事を思うでもなく考えるでもなく透は衣装を縫う香澄の姿をボーっと眺めている。


(とおる)


不意に香澄が顔を上げた。1時間以上休みもとらずに縫い続けていたはずなのだが彼女の顔に疲労の色は無い。


「……ん? どうした香澄(かすみ)

「だから、」


 ん、と香澄はじれったそうに机の上に視線を移した。言葉はそれ以上無かったが、彼女とは小学校以来の付き合いだ。何を言わんとしているのかなど彼にとって確認するまでも無い事だ。


「はいよ」


 透は近くの机に置いてあった鋏を差し出した。


「サンキュー」

「おう」


 短く礼を述べて作業に戻る香澄の姿をぼんやりと眺めながら、透は今朝の出来事を整理し始めた。


(過去へタイムスリップだって?)


 馬鹿らしい、有り得ない。普段の透であれば一笑に付したところだろう。

 しかし今回ばかりは違った。それもそうだ。その『馬鹿らしくて有り得ない』タイムスリップの体験者は他でも無い透自身なのだから。


(どこかで頭でも打ったか?)


 もしかしたらタイムスリップではなく単に暑さで頭をやられたのかもしれない、などと苦笑いしていると香澄の怒号が飛んできた。


「サボってないで手を動かす!」


 そういえば看板作りの最中だった。

 思考はそこで中断された。



◇◇◇





「今日はこんな所かしらね」

「だな」


 香澄は腕を組みながら満足気に頷いた。看板作りを終えた透は既に帰り支度を済ませている。



「急いで出ないと」

 

 時計に目を遣ると、17時を回った所だった。しかし、窓の外はまだ明るい。十一月であれば既に日が落ちている時間だ。勿論、時計が故障していなければの話だが。


(本当に8月なのか)


 改めて認識する。そう思うと、途端に背中の汗が気になる。

 先程まで全く気が付かなかったが、香澄の額には薄く汗が滲んでいる。制服も肌に張り付いて──


「っ、どこ見てんのよ、変態」


 平手打ち、ではなく右ストレートが飛んだ。身体を抱くようにして身を捩る香澄の顔が紅潮しているのは暑さのせいか、はたまた別の要因か。


「がぁッ!!」

迷丹亭(めいたんてい)の味噌ラーメン、1杯驕りだからね!」


 ビシッ! と指さし教室をあとにする香澄を、透は何とも情けない表情で見ていた。

 夕日に照らされた床の温かさが腫れた左頬に染みた。





◇◇◇




「まいどー!」

「いやー食った食ったー! やっぱラーメンは味噌に限るわぁ!」

「へいへい、そうですか。しかしだな香澄、その」

「『その言葉遣いはうら若き乙女としてどうかと思うぞ』でしょ?」

「自覚あるのかよ」


 あと自分で乙女とか言うな。と、心の中で呟く。言った所で『だって事実なんだもーん』などと返してくるに違いない。透は溜め息にその思いを込めて吐き出した。


「何息荒くしてんの? 欲情したの?」

「香澄、黙ろうな」

「やーだね、黙らない」


 悪戯っぽく笑みを浮かべると、慣れた動作で透の自転車の荷台に腰かけた。


「まあ、家まで送って行ってくれたら考えてあげましょう」

「へいへい、分かりましたよ」

「いやあ、悪いねー」

「ハァ…しっかり捕まってろよ」

「りょーかい」


諦めたようにサドルに跨る透の心中を知ってか知らずか、カラカラと笑う香澄の、白く、細い腕が透に巻き付けられる。


「どうしたの?」


 振り返ると、香澄の顔が普段よりずっと近い位置にあった。

 女性特有の甘い匂いが透の鼻腔をくすぐる。


「行かないの?」

「えっ、ああ…」


 指摘を受け、慌てて発進した自転車はフラフラと蛇行しながら前へと進む。


「う、わ」


 何とも危なっかしい動きを数メートルも続けたところで背中から野次が飛ぶ。


「下手くそう」


 『お前のせいだ』とは返せるわけもない。そんな自分の情けなさに腹が立って、透はペダルを思い切り踏みこむ。


「ハイヨーハイヨー」

「俺は馬か」


2人の影が伸びる。どうしようもなく身体が暑いのは八月のせいだと誰かに言い訳して、ゆっくりと進む。不思議と急かす声は無かった。


どうしようもなく、八月だった。


  




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