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繋がる世界の、断片。  作者: 中里肴
透と香澄の、断片。
2/4

マワル。


 「なん、で──」


 怪我は大丈夫なのか? いや、そんなはずはない。あの時、確かに透は見たのだ。血の海に沈む彼女の──。


 (一体どうなってるんだ……)


 鮮明に思い出せる程クリアな夢? ならば、鉄臭いあの臭いはどう説明する?


 (それに……)


 目の端に香澄の姿を捉える。若干の幼さを残した横顔は何年も前から見てきたものだ。しかし──


 (この違和感は一体……?)


 「何よ?」


 「……何でもない」


 透の視線を察した香澄が訝しむように見つめ返す。


(どこにも怪我は無い、か)


 香澄の白い肌には擦り傷の一つも見当たらない。記憶の通りであれば重症を負っていてもおかしくは無いはずだ。


「透──?」


 香澄は黙ったままの透の視線の先を追って、何かに気が付いたようにハッと息を呑んだ。


 透の視線は胸に固定されていた。


 「……変態ッ!!」


 身を捩って胸を隠す香澄。何とも乙女な仕草だが、鋭い踵落としを腹に撃ち込みながらでは台無しである。


 (……お手上げだ)


 透は腹と口を同時に抑えると思考を中断した。どうやら、状況を整理するのが先決のようだ。


 「俺達はどうしてここに?」

 「どうして……ですって?」


 その瞬間、透は自らの失言を(さと)った。

 香澄は漫画ばりの青筋をたててズンズン近付いて来ると、更に顔を近付けて声を張り上げた。


 「文化祭の準備に決まってんじゃない。実行委員のア・ン・タが忘れてどうすんのよ!!」

 「ごめんなさいごめんなさい、つい!! ──待った。今、何て?」

 「はあ!? アンタ、実行委員って自覚無いわけ? それともまだ寝惚けて──」

 「そこじゃない、その前。文化祭の準備だって?」


 香澄の表情が一変した。怒りを通り越して、といった風に盛大な溜め息を吐く。


 「はぁ……。もう、しっかりしてよ。『このままのペースじゃ間に合いそうに無いから』って夏休み返上で準備を進めるって言ったのはアンタでしょ?」


 少しいい加減過ぎない? と付け加えて腰に手を当てる香澄。心底呆れた様子で、とても嘘や芝居には見えない。けれども、


 「夏休みってお前、今は十一月──」


 溜め息混じりに壁に掛けられた日捲りカレンダーに視線を移し、絶句した。


 「なんで──」


 確かに毎朝捲っていたはずだ。なのに、どうして、






 どうして、八月になってる──!?






 「透?」


 ハッとして見れば、“夏服姿”の香澄が心配そうに彼を見つめている。

 よく観察すると、幾らか陽に焼けている。健康的な肌が(むし)ろ気味の悪いモノに感じられた。


 「何が……」


 (──どうなってる?)


 「大丈夫? 気分、悪いの?」


 額を抑えたのを勘違いしたらしい。心配そうに彼の顔を覗き込んでいる。


 「すまん、香澄……先に行っててくれ。俺は大丈夫だから……」

 「それは良いけど、本当に大丈夫?」 「ああ、すぐ追い付くから」

 「……分かった。それじゃあ先行ってるね」


 彼女が学校へ向かったのを部屋の窓から確認すると、透は再び思考の海へと潜る。


 (通行人も皆半袖や薄地の服ばかり……という事は、今は本当に夏だと考えるのが適当)


 壁に掛けられたカレンダーの前に立つ。


 (やはり今年の物だ……)


 新しく用意した可能性も0では無いが、誰がこんな手の込んだ悪戯を仕掛けるだろうか?


 (終わったはずの文化祭の準備……過ぎたはずの八月……まさか)


 馬鹿な、有り得ない。しかし──


 弾き出された答えを、ゆっくりと口にした。




 「──過去に戻ってる?」




 返事は無い。ミーンミーンと、ただ蝉の鳴き声が部屋を覆った。


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