ハジマル。
『運命って奴は非情だ──何でもかんでも奪っていきやがる』
何処かで聴いたような、安っぽい台詞。
「香澄──」
突然だった。
何の前触れも無く香澄は──透の前から居なくなった。
「香す──」
衝撃。
上下も左右も判らない。気が付けば宙を舞っていた。
「ガッ──」
背中から地面に叩き付けられる。不思議と痛みは無かった。ただ、制服に血が染み渡っていく感覚だけがあった。
(……そういえば……あの日も……)
──初雪……だったな
薄れゆく意識の中、白んでいく世界で。
舞い降りる雪が彼の記憶を呼び起こす──。
◇◇◇◇
八年前の冬の頃だった。季節外れの転入生はその年の初雪と共にやって来た。
艶やかな長い黒髪で白い肌と顔を隠した彼女は、好奇の目に晒されて真っ赤になって囁く程の小さな声で自己紹介を始めた。
始めは然程の興味も無くその様子を眺めていたのだが、ふと、彼女が顔を上げようとしない事に気が付いた。
(顔を見せたくない程、不細工なのか?)
依然として俯いたままの彼女の顔が気になって、わざと鉛筆を床に転がしてみた。
(さて、どんな顔──)
言葉を失った。呆けてしまった。
そこにはクラスの誰よりも美しく、誰よりも哀しげな瞳をした少女の姿があった──。
◇◇◇◇
「──香澄ッ!!」
「ひゃう!!」
ゴツン、という鈍い音が軽い衝撃と共に脳の覚醒を促す。
「おお、お、起きてたなら言いなさいよ!?」
小柄な割に豊かな胸を腕で守るようにして叫ぶのは、
「香澄──?」
艶のある黒髪をツインテールにして。
可憐な容姿には似つかわしくない高圧的な態度で。
岩元香澄は確かに存在していた。