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 大勢の人でざわめく中、翔はそわそわとケータイを何度も確認した。

 サッカー観戦をしようと佳澄を誘って、今日がその日。待ち合わせの時間を少し過ぎているのだが、佳澄はまだ現れなかった。


「なあ翔、その子ホントに来るのかー?」


 翔の隣にしゃがんでいる友人・相川健太(あいかわけんた)が気だるそうにこちらを見上げる。


「早く中入りたいんだけど」


「じゃあ一人で入ってろよ」


 じろりと睨み付けると、健太はぶーっと頬を膨らませた。

 可愛くない、とてもじゃないが可愛く思えない。

 翔は盛大にため息を吐く。


「ホントもう何でついてくるかな」


「いいじゃんチケットは自腹なんだし。てかお前だけサッカー観るとか、そんな抜け駆けさせるか。俺だって観たいもん」


「抜け駆けって、あのな。おれ一人だったらお前も誘うけど、他にも人誘ってんだよ。知らないやつがいたら気まずいだろ」


「大丈夫だよ、俺人見知りしないし」


 健太がケロッと言い、翔は再度疲れたため息を吐いた。

 お前が良くても桐野さんは良くないんだよ馬鹿。と言いたくなったが、もう諦めた。

 昔から何を言っても聞かないのが健太だ。


 やれやれと思いながら顔を上げた時、佳澄が歩いて来るのに気付いた。彼女は不安そうな足取りで、キョロキョロと辺りを見渡している。

 翔はほっと息を吐き、彼女を呼ぶ。すると佳澄は慌てた様子で、通行人にぶつかりそうになりつつも小走りに近寄ってきた。


「遅くなってごめんなさい、迷っちゃって……」


 翔の目の前に立ち、佳澄は胸を押さえてふうと息を整える。

 今日の彼女は、水色のシャツワンピースにレース網のベストを着て、小さなショルダーバッグを斜めに掛けている。制服姿と比べ、清楚さが増している気がした。

 その姿に見とれている自分にハッとし、翔は持っていたチケットを慌てて彼女に差し出す。


「ううん、大丈夫だよ。はいチケット」


「あ……ありがとう。チケット代は……?」


「いい、いい。おれが誘ったんだし」


「えー、じゃあ俺のも払ってくれれば良かったのに」


 急に立ち上がった健太が不満げに割り込んでくる。

 佳澄が驚いたように目をぱちくりとさせて健太を見、翔は肩を落とした。


「ごめん桐野さん。こいつも一緒に行くってうるさくて」


「ども、相川健太っていいまっす。翔の友だちでっす」


 人懐っこい笑顔で健太が名乗り、佳澄は小首を傾げた。


「どうも……桐野です」


「あ、すごい警戒されてる感じ。そう固くならんで楽しくいこう、楽しく」


 健太はケラケラ笑いながら佳澄の肩を叩いた。


「はあ……」と呟く佳澄はどこか困惑しているようだ。

 健太の手を払いのけてやり、翔は佳澄を促してスタジアムへと歩き出した。


「今日暑いし、飲み物買ってた方がいいよ。試合までまだあるから、中入ったら買いに行こう」


「うん」


 佳澄がこくんと頷き、その後ろで健太は少しむくれていた。


 スタジアムの中も人でごった返していた。フードコートを探していると、急に健太が翔たちとは違う方へ歩いていく。


「俺先に行くから」


「おう、お前アクエリでいい?」


「うん、なかったらコーラでいい」


 ひらりと手を振って、健太はスタンドへと入って行った。

 彼を見送ってから二人でフードコートに向かっていると、佳澄がおずおずと尋ねた。


「あの、私……邪魔じゃない?」


 その問いに翔は驚いた。


「まさか。ああ、もしかして健太せい? あいつ勝手についてきて勝手に拗ねてるだけだから、気にしなくていいよ。むしろほっといて」


「うん……相川くんもサッカー部?」


「そうだよ。あいつとおれ同じポジションなんだ。だからいつもスタメン争いしてんだよね」


「あ、えっと……MF、だっけ」


 自信無さそうに佳澄が首を傾げる。その様子が可愛らしく、翔は思わず声にして笑ってしまった。


「ははは、勉強した?」


「……ちょっとだけ」


「そっか、何か嬉しいな」


 翔はくすりと笑って、フードコートに続いている人の列の最後尾に並ぶ。

 その隣で佳澄が照れたように俯いているのには気付いていなかった。


* * *


 試合が終わり、三人は出口へと向かうぎゅうぎゅう詰めの人の波に乗って歩いていた。

 佳澄が小走りで翔を追い掛けると、彼は心配そうに顔を覗き込んできた。


「桐野さん大丈夫? はぐれないでね」


「う、うん」


 そう頷いたものの、佳澄は人に押されたりぶつかられたりで、歩くのがやっとだった。

 それでもかろうじて翔たちについて行く。


「あーあー、浦和敗けちゃったー」


「完璧に押さえ込まれてたよなぁ、ミスも多かったし。でもあのシュートは惜しかった」


 頭の後ろで手を組み残念そうにぼやく健太の隣で翔が頷く。

 一方佳澄は、どのシュートだろう、と首を捻っていた。

 惜しいシュートは佳澄にはたくさんあったように思えたのだ。

 うーんと唸っていると、突然横から人の群れが押し寄せ、油断していた佳澄に何人もぶつかっていく。


「うわっ」


 靴を踏まれ転びそうになったが踏ん張って耐えた。

 そして翔たちが側にいるか確認しようと顔を上げ、一瞬息が止まる。

 辺りを見渡しても、二人の姿がない。


(早速はぐれちゃった……)


 呆然として思わず歩く速度を緩めると、また人にぶつかられ、更には鬱陶しそうに睨まれた。

 佳澄は通路の端に寄ろうと思い、群れの中を掻い潜って進む。

 その間も翔を探してキョロキョロするが、人混みに紛れてしまっているようで、全く見当たらない。


 広い場所、大勢の人。佳澄はこういった空間が苦手だった。

 人に酔うというより、不安になって息苦しさを覚えるのだ。


 もしこのまま彼らを見つけられなかったらどうしよう。

 急に泣きそうになり、佳澄は慌てて大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着かせた。

 その時、突然誰かに右手を掴まれ、引っ張られた。その勢いでその誰かの身体にトンと肩がぶつかる。


「桐ちゃん大丈夫?」


 心配そうな声に顔を上げると、健太の顔がすぐ近くにあった。


「見つかってよかった。翔ともはぐれちゃったんだよね」


 そう言って彼は明るく笑った。

 今日初めて会ったものの、やはり見知った人は安心するものがある。佳澄はほっと胸を撫で下ろした。

 健太が腕を引っ張って歩き出し、佳澄も足早に彼について行った。


「桐ちゃん、電話すればよかったのに。あいつのケータイの番号知らないの?」


「あ、うん……メアドも知らない」


「ふーん……はあ?」


 ワンテンポ遅れて頓狂な声を上げ、健太が振り返った。


「じゃどうやって今日の約束決めたの?」


「それは……直に会って?」


 学校で翔と話をするのは放課後のほんの少しの時間だけだった。

 それで満足していたせいか、メアドやケータイ番号を交換するなんて思い付きもしなかった。ちょっと目から鱗だ。

 健太が呆れた表情を見せる。


「君らいつの時代の人だよ……つーかめっちゃ奥手だな、あのサッカー馬鹿」


「え?」


「何でもない。あ、電話きた」


 急に着信音が鳴り、佳澄は彼を見上げる。健太は目を合わせて一瞬にこりと笑ってから、ケータイを開いて耳に当てる。


「桐ちゃん見っけたぞー。お前どこに……はあ? 何でそんなとこまで行ってんの」


 彼の口調からして相手は翔なのだろう。佳澄はほっと息を吐いた。

 自力では翔を見つけられなかっただろう。初めは苦手だと思ってしまったが、今は健太には感謝の気持ちでいっぱいだ。

 しかし未だに佳澄の腕は掴まれたままで、はぐれないようにするためと分かってはいても、少し恥ずかしくなってきた。


「翔、今日待ち合わせしたとこで待ってるって……ってどうかした? 具合でも悪い?」


 俯いていると健太に顔を覗き込まれ、佳澄はかぶりを振った。


「ううん、大丈夫」


「そう?」


 キョトンとする健太に佳澄はこくんと頷く。


「そいや桐ちゃんてさ、翔のこと好きなの?」


 唐突な質問に、佳澄の心臓は大きく跳ねた。思わず視線を泳がせ、更には口ごもる。


「……あの……その……」


「あはは、分かりやすいな。まあ嫌いだったら一緒にサッカーなんか観ないよね」


 ケラケラと笑いながら健太は前を向く。


「ま、頑張って。あいつサッカーばっかだし、ちょいと鈍感だけど、いいやつだからさ」


 佳澄は赤くなった顔を隠すように俯くばかりで、返事はしなかった。

 健太から翔に、自分の気持ちが漏れたらどうしよう。そんなことばかり考えてしまっていた。


 気付いたら二人はスタジアムの外に出て、今日待ち合わせた場所へ向かっていた。

 人は多いことには多いが、健太を見失ってしまいそうなほどごった返している訳ではない。

 佳澄は掴まれた腕を見て、それから健太を見上げおずおずと切り出した。


「あの、相川くん」


「へ?」


「……腕を」


「ああ」


 忘れてたと言わんばかりに笑い、健太は手を離した。

 無意識に腕を擦っていると、前方から驚きのスピードで翔が近付いてくるのに気付いた。


「桐野さんごめん」


 二人の下に辿り着いた途端、彼が焦ったようにそう告げ、佳澄は目をしばたいた。


「人多いのに、おれもちょっと気遣えばよかった……」


「……ううん、大丈夫だよ、私の不注意だから……」


 何故か翔が落ち込んだ表情をしていて、佳澄はオロオロしながら両手を振る。


(もしかして心配してくれてたのかな……)


 そう考えてこっそり喜んでいると、傍らで健太が盛大なため息を吐き、二人は同時に彼を見た。


「お前らメアドぐらいは交換してろよ、まったくもう。またはぐれられると困るので、はい」


 そう言って、健太は佳澄と翔の手を取り、そして強引にそれを重ね合わせた。

 一瞬、佳澄には何が起こっているのか分からなかった。


「うん、これならはぐれないでしょ。さあ帰ろ。あ、マック行くんだっけ、さあ行こ」


 健太は満足気に頷き、二人を置いて歩き出した。


(うそうそうそ、なんでこんなことに――!?)


 佳澄は内心パニックを起こしながら、口をあんぐりと開けて健太の背を目で追った。

 そして恐る恐る自身の手を見下ろす。


 翔の手の中に、佳澄の手はあった。


 完全に手を離すタイミングを逃した。想定外のことに何だか卒倒してしまいそうだ。


「……あの馬鹿……」


 不意に翔が小さく呟き、佳澄はびくりと身体を震わせた。

 彼の声に怒気を感じ、思わず手を振り払いそうになった。


 不安に思いながらおずおずと翔の顔を見上げると、彼は怒っているというより、妙に恥ずかしそうにしている。

 目をぱちくりさせて見つめていると、こちらの視線に気付いた翔は慌てて顔を背けてしまった。


 そしてゆっくり歩き出す彼に引っ張られ、佳澄はついて行った。

 さっきよりもしっかりと手を握られているような気がした。


 照れ臭さにしばらく二人は無言で歩いていたが、不意に翔が声をかけた。


「桐野さん、サッカー楽しかった?」


「うん、楽しかった」


 佳澄は素直に頷き、表情を緩めた。

 観戦中、翔がよく解説をしてくれたため、思った以上に内容を理解できていたのだ。

 翔は佳澄を見下ろし、にこりと微笑む。


「そっか、よかった。そいや桐野さん、キーパーばっか見てたよね」


「う、だって……一番ハラハラするし。ボール追うのも精一杯なんだもん」


「だよねー。速いパス回しで訳わかんなくなっちゃったり」


「そうそう」


 その通りだったよ、と佳澄は苦笑した。

 するとこちらを見ていた翔が唐突に佳澄の額に手を伸ばした。

 佳澄は驚いて思わずぎゅっと目を閉じ縮こまった。


「あ、ごめん。驚かせちゃった? 前髪が跳ねてたから」


 佳澄の前髪を数回ぎこちなく撫でてから、翔は手を下ろす。

 無駄に反応してしまった自分を恥ずかしく思いながら佳澄は小さく礼を言った。


 それからまた二人は変に意識してしまい、先を歩いていた健太にからかわれるまで何も喋れなかった。


 しかし不思議と、手は繋がれたままだった。

次で終わる予定です。

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