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長らくお待たせしました…。

しかもあと一話続きます。

私はナギを抱きしめながら安堵の息を吐いた。

断られることはないだろうと思ってはいたが、彼女から直接気持ちを確かめなければ安心できなかったからだ。


他人に執着しないはずだった自分の変わり様に思わず苦笑してしまう。

こんなにもナギのことを想っていたのかと驚きつつ、どこかくすぐったい気持ちになった。

恋だの愛だのくだらないとばかり思っていたが、こういうものなら悪くないとさえ思う。

我ながら現金なものだ。


あの時はこんなことになるとは想像もしていなかった。

私はナギの髪に顔を埋めながら、これまでの経緯を思い出す。








ナギはどこにでもいる普通の女に見えた。

異世界からわざわざ召喚した花嫁の割にはたいしたことはないなと思ったものだ。

だが困惑しつつも冷静に対応していた彼女には感心した。

もう1人の女―――ナオの態度を見ていればそうならざるを得なかったのかもしれないが。


そのナオはというと、彼女は非常に美しかった。

花嫁というより女神と呼んだ方が相応しいというほど完璧な容姿。

しかもしかめっ面のナギとは対照的にニコニコと可愛らしく微笑んでいるのだから、印象が良くなるに決まっている。

まさにこちらが花嫁だろうとその場にいる誰もが思ったはずだ。


しかし冷静に考えれば彼女の方が異常であると気づいてもおかしくない。

一体どこの誰が突然花嫁として召喚されて笑っていられるだろうか。

実際いるのだから驚きだが、あれはただの阿呆だ。

事の重大さがわかっていればナギのような態度になるのが普通である。

むしろ彼女は理性的で、本来はもっと騒いでいてもおかしくはないのに。

残念なことに、皆は異世界から花嫁を召喚できたことに興奮していた。

つまりこの時点で冷静に考えられる者はいなかったということだ。

―――少なくとも私をのぞいて。


王に拝謁し、満場一致でナオが花嫁に選ばれた。

女としての自尊心を傷つけられたと少しぐらい思っていいはずなのに、ナギは平然していた。

それどころか、やっと決まったかとうんざりしていたのが印象的だ。

巷の女に騒がれている男たちがこうも集まっているというのに見向きもしない。

まあこういう女もいるのだろうと思い、私はその場をひっそりと去った。




しばらくの間、私は彼女たちの存在を忘れていた。

私は常に研究に明け暮れているのでそんなことは日常茶飯事だ。

そんな中、古い書物を読み漁っている私に研究仲間が話しかけてきた。


「知ってるか。例の花嫁、好き勝手やってるらしいぞ。周りの連中があまりの横暴ぶりに悲鳴を上げてるって話だ」

「……へぇ」

「なんだよ、それだけか?相変わらずつまんねー男だな」


私は身分を隠して組織に身を置いているので、男はぞんざいな口調だ。

それはこの男に限ったことではなく、本来の私を知る者は極一部なので仕方がない。

知っている者はいつも周りが粗相をしないかと落ち着かないようだが、私はそんなことで腹を立てるほど小さい人間ではないつもりだ。

むしろ上まで上がってこないような情報を得ることが出来るのでなかなか便利な場所である。


「自分好みの男を侍らしてすっかり女王様気分らしいが…本当に彼女が花嫁なのか疑いたくなる」

「……」

「案外もう1人の女が花嫁なのかもしれないな。今思えば賢そうな顔つきだったし」


私はここで書物を読む手を止め、重い重い腰を上げた。

男はおやっという顔をして私を見、ニヤニヤしながらどこへ行くのかと尋ねた。


「散歩です」

「散歩ねぇ…。いってらっしゃーい」


わざとらしい。

この男は私の正体を知っているのではないかと常々思う。

どうでもよさそうな話をしているようで、いつも私の気を引くものばかりだ。

だが今はそんなことを考えている場合ではなく、早急に事の真相を確かめる必要があった。




結論から言うと、やはりあの女はただの阿呆だったようだ。

やたら見目良い男たちに囲まれ、飲めや歌えやと贅沢三昧。

将来の妃へのごますりに貴族たちが出入りし、豪華な献上品を捧げたり薄っぺらい賛辞を並び立てる。

彼らが集う部屋はありとあらゆる欲望が渦巻いていた。

気分が悪くなるので二度と足を踏み入れたくない。


本来諌めるべき弟たちも彼女に好き放題させているというから呆れるしかない。

一体ルーメンは何を考えているのか。

彼は些か浪費家で目に付くところもあるが、己の立場はきちんと弁えていたはずだ。

政にしても見事な手腕を発揮して王を支えていたから、正式にではないが安心して立場を譲っていたというのに。

これでは少し考えを改めなければならなくなった。


幸いというべきか、王を始めとする重鎮たちは冷静に様子を窺っていた。

彼らと相談した結果、注意を促したうえでもうしばらく様子を見ようということになった。

もし改善の余地があるのなら、珍しい存在に魔が差したのだろうと目をつぶる。

しかしこのような事態が続くのであれば―――…




私はルーメンたちのことはさておき、ナオに関しては許すつもりなど毛頭なかった。

先の話し合いの様子からすると、それは私だけではなかったようだが。

元凶である彼女をどうするかという話が一切出ない時点で、彼らの考えは予想できた。

国の中枢を担っている者たちだ。

きっと腹黒いことを考えているに違いない。


あの女が花嫁になるなど冗談ではない。

王族に名を連ねるなどと恥でしかないし、ルーメンが娶れば後に王妃になるという恐ろしい可能性にぞっとする。

ありえない。

毒薬変じて薬となるとは言うが、あれは良薬にはなりえないだろう判断していた。


花嫁という清らかな存在ではなく、魔女という人を惑わす存在を召喚してしまったようだ。

とんだ失敗を犯してしまった。

私はナオを元の世界へ帰すことを決意する。

あんな女は強制送還させるに限ると、嫌々ながら彼女に近づくことにした。




ナオと初めて接触したのは、彼女が貴族の娘たちと庭でお茶会をしていた時だ。

なんでも“女子会”とかで、男たちは護衛も含めて近くに寄ることを拒まれたらしい。

私の顔を知る者―――特にルーメンたちがいないのは私にとってとても都合が良いので、この機会を使わないわけがない。

ナオ付の侍女には私に通じている者がいるので、近づくことは容易かった。

私は偶然を装い、ナオたちのいる庭へ重たい足を運んだ。


果たして私とナオは出会い、彼女の心を手に入れることが出来た。

ナオはこの国において、女として最上級の待遇を受けている。

そのためか時々退屈そうにしている様子が見受けられた。

私はそこをついてたのだ。


皆がナオに対して賞賛の言葉を並べる中、私は辛辣な言葉を吐き続けた。

他の者に見せる笑顔を見せることはせず、冷たい眼差しを送り続けた。


ナオは私という存在に最初は憤慨していたようだが、どこまでも屈しない私に興味を覚えたらしい。

突っかかれば手厳しい反応が返ってくるとわかっているのに、私に絡んでくるようになった。

そのうち贅沢三昧のはずなのに溜まっていた愚痴をこぼすようにもなった。

私は黙ってその話を聞いた後、いつもの態度で彼女に接するのだが、時々優しい言葉を掛け、笑顔を向けるようになった。


ナオの周りには彼女と正直に向き合ってくれる人間がいなかったようだ。

だからなのだろう、ナオは面白いほどに私に傾倒していった。

これも全て計算の内。

阿呆な上に単純な女で助かったと、私はナオとの逢瀬(・・)を密かに重ね続けた。

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