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私は盛大に不貞腐れていた。

いい大人が人前で泣いてしまった気まずさを隠すためでもあるが、一番の理由はもちろん帰れないからである。

しかも腹が立つ王子様へ嫁に行くことは決定事項だ。

理不尽すぎる。

また先程言われた言葉や彼らの視線を思い出し、イライラしてきた。

駄目だ。この苛立ちをどこにぶつけたらいいのかわからない。


「ナギ様。そんなお顔をなさらないで下さい」

「無理」


侍女さんたちは困った顔でお互い顔を見合わせている。

ごめんなさいね、今は到底そんな余裕がない。

怒ったかと思えば、泣き、そしてまた怒っている私。

自分でも忙しないとは思うが、情緒不安定なんだ。許して欲しい。






それから一か月近く、私は自分に与えられていた部屋に籠っていた。

完全に引きこもりである。

暗いと言われようが、うっとおしいと言われようが構わない。

それほど私の心はダメージを受けていた。

そんな私を根気よく世話してくれる侍女さんたちには本当に感謝だ。


時々、王子たちも様子を窺いに来ていたようだが、やんわりとお断りしてくれたらしい。

立場はあちらの方が上だけど、少しは私に対して罪悪感があるのか、特に何も言わず去って行ったらしい。

私は実際見ていないので全部“らしい”と言うしかない。

もしかしたら、私に気を遣ってそう言っているだけなのかもしれないけれど。






そんな私でも、侍女さんたち以外に接する人物がいた。

とある白い人だ。

え?誰だって?

片岡にまんまと引っかかって、彼女を帰してしまった張本人である。






「この度は真に申し訳ない事を致しました。心より深く反省しております」

「……」


かの男は事件?が起こってからおよそ一週間後、私に直接謝罪をしてきた。

本当は会う気はなかったが、一度憎き男の顔を見ておかなければ気が済まないと思ったから会った。

むしろ一発殴ってやりたかったためと言った方がいいかもしれない。


男の名前はテネブラエというらしい。

彼は前髪を目にかかるほど厚く長く伸ばした辛気臭い男であった。

青白い顔に、ひょろっとした体。

背が高いが猫背の為、ますます頼りない印象だ。


失礼な話かもしれないが、きっと女性に言い寄られることもなかったのだろう。

だから片岡に擦り寄られて嬉しかったに違いない。

中身は非常に残念だが、外見はすこぶる可愛い女だ。

頼られて悪い気はしなかっただろう。


だが、そこに全く関係ない私を巻き込んでしまっては困る。

他人のどうでもいい見栄の為に、私は帰れなくなってしまった。

その上、あんな王子の花嫁。

あちらさんだって私が花嫁だなんて冗談じゃないはずだ。

互いに望んでいない結婚なんて不幸でしかない。

どうにか撤回して欲しいものだ。


テネブラエにしてもいいことなど何もない。

せっかく片岡の期待に応えたものの、それにより皆から責められ罪を問われた。

そして女はすでにもうおらず、代わりに私がいるだけだ。

自分や私を犠牲にしてまで、片岡を助けたかったのだろうか。

そんな価値がある女だとは思えないが、実際やってのけたテネブラエにとってはそうなのだろう。

あ、また腹が立ってきた。


「…殴ってもいいですか」

「……」


周りにいた侍女さんやテネブラエを連行してきた兵士さん、お偉いさんはぎょっとしていた。

しかし言われた本人は無言で左頬を差し出す。

思っていたより根性はあるようだ。


私は椅子から立ち上がると、テネブラエの前に仁王立ち。

その時、初めて彼と目が合ったような気がしたが、気にせず勢いかぶって拳を振り下ろした。

彼は少しだけ体勢を崩したがすぐに元の位置へと戻り、深く私に頭を下げた。


初めて人を殴った私は、自分も痛い思いをするのだと知った。

当たり所が悪かったのか、手がじんじんする。

それなのに相手は堪えた様子を見せない。

テネブラエはそれを隠しているのかもしれないが、私は割に合わないような気がしてくる。

スッキリしたようなそうでないような微妙な気持ちになった。






それから、私はテネブラエにねちねちと愚痴をこぼす事にした。

鬱憤が溜まって仕方がないのだ。

侍女さんたち相手ではどうも申し訳がなく、思い切り吐き出せない。

ということで、元凶となった彼には嫌がらせを含めて付き合ってもらう。


テネブラエは時折相槌を打ちながら、黙って聞いてくれた。

文句の一つも言わず。

まあ言ったら即殴るけど。

彼が頷く度に長い前髪も一緒に揺れ、彼の目がちらりと覗く。


垣間見たテネブラエは意外にも綺麗な目をしていた。

髪は濃い茶色をしていたが、目は透き通るような青色だ。

きっとうっとおしい髪を切れば、存外見れる顔をしているのだと思う。

顔色が悪いのが難点ではあるが。


それなのになぜ隠すのかと疑問に思ったが、テネブラエに問うことはしなかった。

彼を気にしている侍女さんたちが思いの外いることから、女避けなのかもしれないと思い至ったからだ。

過去に嫌な経験があるのだろうと勝手に想像し、納得する。


だが、私はある矛盾に辿り着く。

もしそうならば片岡の件はどう説明するのかと。

女避けまでしていた男が果たして彼女に近づくようなことをするのだろうか。

普通に考えたらありえない。


と、ここまで考えて私は苦笑した。

テネブラエのことはあくまで私の想像にすぎないので、こんなことに意味はないのだ。

少し引っかかりを覚えるが、気のせいだと無理やり頭の隅に押し込んだ。






そして今日も今日とてテネブラエに八つ当たりをする。

私の心に平穏が戻るその時まで。






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