1
「ちょっと!片岡が帰ったってどういうこと!?」
私は目の前にいる無駄に美しい男たちを見た。
皆深く項垂れて大きな声を発した私を見ようともしない。
無視か?無視なのか!?
その中である1人がぼそぼそと話す。
「―――ナオは帰ったよ。この一か月楽しかったとだけ言ってね」
私の体はふつふつと湧く怒りで震えるのを止められなかった。
“楽しかった”だと!?
そりゃああんだけ贅沢三昧して綺麗な男侍らしていたら楽しいでしょうよ!
楽しんだだけ楽しんだら、後は知らないって?
あんの自己中女!!
「ふざけんなっ!!」
私の名前は本宮凪。
中小企業に勤める普通のOLだった。
それがある日何が起こったのかさっぱりわからないが、同僚の片岡奈緒と一緒に訳もわからず異世界にやってきてしまったのだ。
辿り着いたその先は聖なる場所であるらしく、白い衣装を纏った人間ばかりだった。
彼ら曰く、花嫁を召喚したんだそうだ。
本来1人だけのはずが2人とはこれいかに?と皆さん困惑気味。
いやいや、こっちの方が困惑だから。
それなのに片岡は嬉しそうに「やだ、花嫁だなんて♡」と言っていた。
こいつの頭がおめでたいのは知っていたが、ここまでひどかったのかと呆れるしかない。
私は即帰してくれるようにと頼んだ。
幸い喜んでいる女が隣にいるので別に構わないだろうと思っての発言だ。
しかし皆さんは首を横に振り「とりあえず王と会って頂く」と言ってきた。
それにまた盛り上がる片岡は目をキラキラ…むしろギラギラ?させた。
もう勘弁して欲しかった。
拝謁した王様は50そこそこの渋いおじ様だった。
まさか花嫁ってこのおじ様がお相手?と一瞬気持ちが揺らいでしまった私だったが、どうやら違うようだ。
お相手は王様の息子、つまり本物の王子様だ。
これぞ王道といった金色の髪に青い瞳で、それはそれは美しい王子様だった。
予想通り、きゃあっと黄色い悲鳴を上げる片岡。
それに反応した王子様は優雅に優しく微笑んだ。
片岡の騒がしい声が鳴りやむことはなかった。
王子様の他にも綺麗どころがあちらこちらにいたからだ。
国の若き宰相、近衛隊長、王子様の弟君(彼も王子様だけど)などなど…。
私の目はちかちかしてそろそろ疲れてきた。
これだけ一斉に美しい男たちを見ると、ありがたみが全くなくてどうでもよくなってくる。
まあ初めからどうでもいいんですけどね。
王子様を始め他の皆さんはどうやら片岡をお気に召したらしい。
彼女は社内でも指折りの可愛さだ。
自分がいかに可愛いか、どうすれば魅力的に見えるかを知っている女の中の女である。
その可愛らしさは異世界にも通用したようだった。
よかったね。無駄にぱちぱち瞬き多くしたり、首を傾げたりした甲斐もあったんじゃない?
ということで満場一致で私が元の世界に帰ることが決定した。
ただし再び空間を繋げるには力を貯める必要があるとのことで、帰るのは残念ながら一か月後になるという。
その間はちょっとした海外旅行だと思うことにしようと私はそれなりに満喫していた。
幸い言葉は通じたのでこれといった不便はなかった。
話し相手は主に私のお世話をしてくれる侍女さんたちだ。
彼女たちの完璧な所作やマナーに感心し、ぜひ教えて欲しいとお願いした。
初めはとんでもないと断られたが、私の営業で鍛えた粘りでなんとか説得に成功したのだ。
他にも珍しい楽器や料理に興味を持ったり、時々侍女さんたちと一緒に刺繍をしたりと楽しい時間を過ごした。
え?片岡はどうしたのかって?
そりゃあ王子様たちに囲まれて、酒池肉林とまではいかないけど結構な状態だったようだ。
実際見たわけではないから知らないけど、侍女さんたちからそう聞いていた。
なんでもやりたい放題とかで、片岡担当の侍女さんたちからは評判が最低らしいけど、私の知ったことではないし。
きっとこれからも続くから、侍女さんたち可哀想だなとは思っていた。
ていうかあんなのが嫁で大丈夫なのかって他人事だけど心配になった。
だって王子様の花嫁ってことは、行く行くは王妃様になる可能性大でしょ?
ありえないね。どう考えても国が傾きそう。
ご愁傷様です、と心中両手を合わせていた。
―――それなのに…
ようやく一か月経ち、侍女さんたちと別れを惜しみつつ例の聖なる場所に赴むけば、なんと片岡が先に帰ってしまったというではないか!!
私は話が違うと白い皆さんに詰め寄った。どういうことだと。
片岡はお得意の女を武器に、とある白い人を使って勝手に帰ったというのだ。
そのとある白い人は罪を問われて今は囚われているという。
だが私にとってそんなことはどうでもよかった。
さらに一か月待たなければいけないのかと意気消沈していると、白い人のひとりが申し訳なさそうに言う。
「それは無理なのです。一度だけと決まっておりまして。その…ナギ様には花嫁となって頂くしか…」
私は言葉もなく呆然自失している王子様たちに足を向けた。
―――で冒頭に戻る。
男のくせにいつまでもうじうじしている王子様たちにイライラする。
私だって落ち込みたいけど、怒りの方が勝ってそれどころじゃない。
「貴方たちは一体何をやっていたの!?どうしてあんな危険人物を1人にしたのよ!!」
顔が般若の様に厳めしいものになっているのは自覚している。
大きな声がうるさいのも十分自覚している。
だがこちとらぶちまけないとやってられない。
「片岡を野放しにするなんてありえない!!四六時中一緒にいたんでしょう!?しっかり掴まえてなさいよ!!これだけ男がいて情けないっ!!」
さすがに私の罵倒に王子様は苛立ちを覚えたようで、私に鋭い視線を投げてくる。
片岡を見つめる甘ったるい眼差しとは全く異なるそれにさらに怒りがこみあげる。
「君に何がわかる。私は愛しい人を永遠に失ったのだぞ?きゃんきゃん喚くのはやめてくれないか」
声も冷たいもので、他の人たちからも冷たい視線をもらう。
私はそんなものに怯みはしない。
だが―――
「っ」
私の目からぽろぽろと涙が溢れた。
これが泣かずにいられようか、もう二度と帰れないと宣言されてしまったのだ。
それなのに王子様たちは独りよがりに自分たちだけが哀しいと言う。
なんて勝手なんだ。
君に何がわかるって?アンタたちの気持ちなんて知りたくもないわ!
私なんて帰る場所を奪われてしまったのだ。
家族や友人…彼らは私にとって愛しい人たちなのに。
「どうして、どうして今日なのよ…」
「ナギ様…」
私の涙に驚いている王子様たちをよそに、恐らく白い人の中で一番偉いと思われる人が私そっと声を掛けてくる。
「今日一日、片岡を引き止めるだけでよかったのよ。そうすれば私は帰れたのに…」
私は耐えられなくなり、両手で顔を覆った。
するといつの間にか呼んだのか、お世話になっていた侍女さんの1人が私の横に来て、宥めるように背中を撫でてくれる。
そして優しく背中を押し、ここから出るように促された。
「ナギ様。ここは冷えます。お部屋に戻って温かいお茶を飲みましょう?」
私は涙で前が見えないながらも、侍女さんに支えられて部屋へと戻って行った。