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先祖の罪は、いつまで償えばいいのでしょうか?

作者: 有梨束
掲載日:2026/05/07

「我が先祖が犯した罪を悔い改めます。精霊様がどうか怒りを鎮めてくださいますように」

これはこの国で選ばれた乙女が、丘の上の石碑に捧げる祈り言葉である。


今から300年前、この国は精霊の力欲しさに武力で手に入れようとして返り討ちに遭い、土地そのものが呪われた。

植物は育たず、雨も降らず、土地は荒れていく一方。

人々は衰弱していった。


そのことを悲しんだ少女は自ら精霊の国に赴き、誠心誠意謝りに行った。

大人たちの過ちを子ども1人が背負おうとする姿に、精霊は感銘を受けた。

今後、祈りを捧げるなら情けをかけると言った。


こうして、国では祈りを捧げることが何よりも重要になった。


おかげで今日に至るまでに、食物は国に必要な分だけ育ち、最低限の雨が降り、荒れている土地はグッと減った。

それでも、精霊の恨みを買った呪われた国として、周辺諸国からは煙たがられている。


その時の少女を模して国では1人の少女を選び、15歳から20歳が終わるまで、丘の上の石碑に毎日祈りを捧げるようにと命じる。


祈りを捧げる乙女が何よりも誉れ高い役だと、そう寝物語で言い聞かせられる。






私、サニヤは、今の代の選ばれし乙女であり、明日で21歳なので今日が最後の祈りだった。


「…我が先祖が犯した罪を悔い改めます。精霊様がどうか怒りを鎮めてくださいますように」

石碑の前で跪いていつもの言葉を口にすると、心臓を握りつぶされたような痛みが走った。


「…うぐっ」

肩で息をしながら、視界が揺らいでいくのをいつものように感じていた。

頭がひどくガンガンして、全身が痛み、息も絶え絶えに蹲るしかない。

今日は血を吐かないだけマシで、嬉しい。

そのまま意識を失って石碑の前で倒れるのも、またいつも通りだった。


祈りの乙女が名誉ある役だなんて、とんでもない。

精霊の怒りは収まってなどいないのだ。

祈りと痛みは、セットだった。

選ばれし乙女たちだけが、痛みを伴ってこの国を守っていた。



「…精霊様、今までありがとうございました。私、今日で乙女卒業なんです」

目が覚めると、はじめて祈りを捧げた時と同じように、枯れた地面の上で横になっていた。

立ち上がるのも面倒で、そのまま大の字になって、青空を見る。


今日は卒業にふさわしく綺麗な空色だった。


「ねえ、精霊様。先祖の罪って、私たちいつまで償えばいいんでしょうね」

風が頬を柔らかく掠めて、返事があることを嬉しく思う。


選ばれた時から、こっちは心からこの石碑に、聞いてくれているだろう精霊の国に、声をかけてきたのだ。

声は聞こえずとも、精霊が近くにいることくらいはわかる。

きっと、歴代の乙女たちもそうだったはずだ。


…まあ、痛みに耐えられずに死んじゃった乙女の方が多いけど。

そんなことはなかったかのように、また次の乙女が選ばれる。

任期まで務める乙女の方が珍しい。


「そもそも、先祖っていうか王族の過ちですよね」

最後だからいいやと投げやりに言う私の肩を、また風が通っていく。


「あの頃の王が兵を向かわせなければよかっただけの話。それなのに、祈りの役目は王族じゃなくて、消し飛ぶような孤児ばっかり。ふざけていると思いません?」


馬鹿げた話だ、腹立たしい以外の何ものでもない。


「恥ずかしい話ですよね。あ、これ不敬なので内緒にしてくださいね。うちの先祖たちが本当にすみません」

今度は鼻先に風が吹いて、くすぐったくて笑ってしまう。


「精霊様はこんなに優しいのに。優しい人を怒らすと怖いって言いますもんね。精霊の国がこの地を呪ったのだって、当たり前の話ですよ。言葉通りになぞってますけど、怒りなんて鎮めなくていいです」

私の独り言は止まらないが、この丘には乙女以外入ってくることもない。


そもそも丘の上の小屋で暮らす乙女が、里まで下りて食糧の供給を受け取る時以外に、人なんか来ない。

みんな、この石碑を恐れているからだ。

人によっては、呪われるから近づいてはならないなどとほざく。


だから、もう呪われているんだって。


祈りによる恩恵すら、もはや当たり前のものとして享受されている。

それをいちいち有り難がる人間は、痛みを知っている乙女くらいだろう。

300年も経つと、人の脳みそは風化するらしい。


「…こんな国、さっさと滅んじゃえばいいのに」

その呟きが強風に飲み込まれた時、鈴のような声が頭に響いた。


『その言葉は、真か?』


「えっ?」

慌てて起き上がって周辺を見たけど、誰もいなかった。

急に起きたせいで肋骨あたりが痛くて、呻きが漏れた。


「痛ぁ…、やらかした」

自分で脇腹をさすりながら、もう一度空を見上げた。


『サニヤよ、聞こえておるのだろう?』

「乙女って、精霊の声が聞こえるようになるんでしたっけ…?」

『なんだ、その締まりのない顔は』

「すみません、だいぶ驚いています」

『お主は、今までで一番さっぱりした祈りの乙女だのう』

「ど、どうも」


やっぱり、聞き間違いではないらしい。

「は?幻聴?」と、失礼なことを口走らなくてよかった。


『この国を滅ぼしたいのか?』

「そう言われるとわかりません。ただ、この国に未練もないので、明日以降は出て行こうと思っていますけど」

『この国の人間は、他国に出ることを禁じられているだろうに』

「それでも出て行きますよ。それで捕まるなら本望です」

『たくましいのう』

「痛みで鍛えられたので」

私がガッツポーズをすると、脇腹にそよ風が吹いた。

でも、通り過ぎることなく、なぜか私の体を旋回し始めた。

少しずつ痛みが和らいでいくので、首を傾げた。


「痛くなくなってく…」

『お前の言うように、先祖の罪はお前の罪ではないからな』

「気が変わったんですか?」

『いいや、そんなことはない。その痛みしか助けん』

「十分です、ありがとうございます。あっ、でも」


言いかけて、やめた。

これは私の我儘だ。

精霊様には関係のないことであり、この国の罪だ。


『なんだ?』

「いいえ、なんでもありません」

『言え。気持ち悪い』

「…次代の乙女たちは助けてあげたいなって。こんな痛み、私で最後でいいのにな」

本音が零れると、途端に私の周りの風が止んだ。


あれ…、まずいことでも言ったかな?


『最初の少女は、謝りに来たのだ』

「え、はい、そう聞いてきます」

なんだか寂しげな声に、不安で揺らぎそうになる。


祈りの原点の少女の話、だよね…?


『自分の父親も戦争に参加した、でも父親が間違っていた。ごめんなさいと言いにきた。まだ8歳の娘だった』

精霊様の涼やかな声が、優しくて、冷たいようだった。


姿が見えないのに、精霊様が冷たい目を細めている気がした。


『その少女とサニヤ、お前だけだ』

「何がですか?」

『言葉通り、謝罪をしてきたのはこの300年お前たちだけだ』

「は?」

今度こそ失礼な態度だったが、意味が分からなくて顔を顰めた。

私の露骨な表情を面白がってか、耳の辺りで風がさやさやと音がした。

こそばゆくて、余計にムッとしてしまう。


「どういうことですか」

『そのままの意味だ。ここにくる乙女に、心から謝罪など受けたことがない』

「え…?」

『上っ面の言葉しか受け取っとらん』

その言葉に、握りつぶされていないはずの心臓がまた痛くなった。


どういうこと?

選ばれし乙女は、なんのために祈りを捧げに来ていたわけ?


「それでも、情けをかけてくれていたのですか?」

『痛みの分だけだ。誠意にはもっと応えるつもりだったが、人間にはほとほと愛想も尽きた』


それが本当なら、そうだろう。

この国は、とっくに滅んでいてもおかしくなかったんだ。


「…祈りの言葉って、みんな同じものを言いますよね?」

『言うだけだ』


その声になんの感情も乗っていなくて、ゾクッとした。

思わず自分の体を抱き締めて、身震いした。


怒りは300年間、続いていたんだ。


『なんで自分がこんな目に遭わなきゃいけないんだと嘆く者、自分は悪くないと叫ぶ者、精霊なんか嫌いだと恨む者、逃げ出して死んだ者、様々だったな』

「逃げると死ぬんですか!?」

『丘から逃げた乙女は、王族により静かに処分されておったぞ』

「なんで…?」

『痛みが伴う祈りなぞ、誰もやりたがらなくなるからだろう』

「はっ、なんだそれ…。ああ、そういうことか」


私も精霊様と同じくらい、冷めた気持ちで乾いた声が出た。


「私も丘を下りたら、殺されるんですね」

『お前は、頭が回るな』

「なんだその運命〜!」

私はもう一度、ドサッと大の字になった。


乙女の祈りなんて、ほとんど意味がなかったんだ。

だって、そんなもの真心込めてやっている人間がいなかったから。

本当に精霊様の恩情だけで存続してきたんだ。


今までの乙女たちが、精霊様の怒りを増幅していないのだって、精霊様が優しいからだ。


その優しさすら、無下にしてきたんだ。


「私以外に、精霊様の存在を認識できた乙女なんていなかったのか…」

『いるわけなかろう。サニヤとあの少女くらいだ』

「いつまで償えばいいのかって聞きましたけど、そもそも償っていなかったんですね」

私は乾いた土を手で触りながら、その感触を確かめていく。

300年前は、ここにも花とか咲いていたのかな。

この荒れた土地は、もう戻らないのかもな。


「精霊様、今までの乙女たちも含め、無礼で申し訳ありませんでした」

『よい。お前のせいではない』

「…同じ乙女としては、情けないですよ」

『それがお前のいいところだな』

フッと笑った声がしたかと思うと、空がゆらゆらと揺らめいた。

見上げている空に、人の形のような輪郭が見えた。


はっきりは見えないけれど、確かに寝転んでいる私に向かって、手が差し出された。

両頬を温かい風に掴まれて、視線を合わせられた。

きっとここにいると、はっきりわかる感覚だった。


『他国に行くと言うのなら、こちらの国に来るかい?サニヤ』

「えっ…」

その言葉はあまりにも想像していなかったもので、ぽかんとしてしまう。


精霊様が可笑しそうにくすくす笑っているのがわかる。

そのあと、真面目なトーンで言われた。


『お前とあの少女だけはかわいい。お前をみすみす殺すのは、惜しい』

「私を、精霊の国に…?」

『ああ、選ばしてやる』

「罪人が精霊の国に踏み入っていいんですか?」

『お前は、ちゃんと謝罪しただろう』

キッパリ言われると、嬉しさが込み上げてくる。

少なくとも、私の謝罪は受け入れられたのだ。


「…300年分の国の謝罪は、できていないですけど」

『やはり、そこがお前のいいところだな』

「ありがとうございます…」

『だが、そんなもの他の人間で補えばよい。この国の人間が払えばいい代償だ』

「相当、怒っていますか…?」

『300年、何を見せられていたのかわからん』


人間からしたら、遥か長い時間。

精霊にとっては、そこまで長くない時間。

その間に消えていった過ち、犠牲、争いの痛みを人間は勝手に忘れ去り、精霊様はずっと見ていたのだ。

反省の色もない国など、見放されて当然なのかもしれない。


300年前の人間の気持ちなんてわからないけど、少なくとも今を生きるこの国の人間の自分ごとだという意識は薄い。


それは私も同じだったのかも。

だって、先祖のせいで、私たちのせいではないんだものと、どこかでは思っていた。


それだって、精霊様には見透かされているはず。


『だが、礼には礼をもって返す。サニヤ、お前にはそれを返そう』

その優しい言葉に、鼻の奥がツンとした。


「私、先祖の馬鹿野郎って思っていたけど、いいんですか?」

『300年も経てば、そう思われても仕方ないだろう』

子どもをあやすように、風が頭を何度も撫でていくので、いよいよ泣きそうになった。


その寛大さに、甘えたいと思う。


「精霊様がお許しくださるのなら、ぜひ行きたいです」

私の返事に満足したのか、精霊様はさっきよりも姿を濃くした。


天女のような美しい人の顔は見えなかったけど、口元が笑っているのは見えた。


『決まりだな』

精霊様は私の脇に風を含ませて、軽々と立ち上がらせた。

そのまま浮くようにして運ばれていく。


『300年待って、ようやくあの時の少女のような人間が現れた。これ以上、待ってやる必要もないだろう』

その声に応じるように、光の輪が現れて、入口のように開いていった。


ああ、情けはここまでなんだと、直感的にわかった。


『サニヤ、何か残しておくことはあるか?』

「いいえ、この国に残すことなどありません。精霊様のお心のままに」

『本当に、お前は頭が回る』

精霊様は意外と笑い上戸なのかもしれない、また笑っている。


『これまでの痛みの分、精霊の国で安らかに過ごすといい』

精霊様に柔らかく包まれて、その光の輪をくぐろうとした時、肩にぽたりと雫が落ちてきた。


「雨だ…」

見上げると、空色のまま雨が降ってきていた。

必要以上に降らない雨が、すべてを流すように降っている。


それは祝福にも、懺悔にも見えた。

輝かしいのに、淡く悲しかった。


「さようなら」

私の呟きは大雨に消えて、私も光の輪の向こうへと消えた。





結局、その雨は豪雨と変わり、この300年でありえないほど水量となった。

土地は何日も水で溢れ、水浸しのまま、植物は根腐れした。

そうしてひと月も経つ頃には、急速に乾いた地面には何も育たなくなった。

荒れた土地のまま、なす術はなかった。


土地が荒れれば、人も荒れる。

他国からは、正真正銘の呪われた土地として忌避された。

国交と物流は閉ざされ、国は衰弱を辿る一方だった。

最後の足掻きとして国内で争いが起こっても、進展なんかあるはずもなく。


10年も経たずに、国は滅んだ。


それを、精霊の国の湖から見ていた。

水面に映し出される生まれた地は、なんとも哀れだった。





『サニヤ、おいで。果物が成ったからお食べ』

精霊様は、いつものように熟した果実を私の口に入れる。


「精霊様、あの土地はずっとあのままなんですか?」

『なんだ、気にしているのか?』

「いいえ、ただ土地に罪はないのになって」

『また300年くらいしたら、お前に精霊樹でも植えて来てもらうか』

「えっ」

『精霊の国の食物を食べているんだ、それくらいは長生きするだろう』

「いえ、そこではなくて。精霊樹なんて植えていいんですか」

『あの何も咲かない土地の真ん中に植えたら、いい具合に我が国の力を示せる。今度こそ、戦争を仕掛けようなどという人間も現れないだろう』

「…だといいんですけど」

果実の美味しさとは裏腹に、なんとも不安な気持ちになる。


『なんだ、言ってみい』

「んー、精霊樹をぶった斬るとかいう愚行に走りそうな…」

『そんなことしたら、精霊の怒りを買う。…だが、否定できないな。全く、面倒な生き物だ、人間とやらは』

「本当に申し訳ありません」

いつものように謝罪の言葉を口にすると、精霊様は困ったように微笑んで私の頭を撫でた。


『サニヤが悪いわけではない、謝らなくていい』


私は今日も、この場所から人間の世界を見守るしかできることがない。

できることなら、平和に、何事もなく、罪が増えませんようにと祈るのだった。






お読みくださりありがとうございます!!  毎日投稿127日目。


(追記)誤字報告ありがとうございました!修正いたしました!(2026.5.8)

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