第8話【初陣】
アレインの「実戦」という言葉に、領民たちの表情がこわばる。
「本当に、俺たちが?」
「そうだ」
アレインはうなずく。
「全員で戦い、守るんだ」
領民たちは不安げな表情を浮かべる。
無理もない。
エリシアが意を決したように、深くうなずく。
「行きましょう。私も同行します」
エリシアの言葉に、領民たちの顔が引き締まる。
領主が前に立つ。
それだけで空気を変える。
「行きましょう」
アレインの言葉に、領民たち――民兵が、クラスタを出発した。
◆ ◆ ◆
クラスタを出て半日ほど。
民兵の行軍速度は遅い。
アレインも、特に急いでいる様子はなかった。
「勇者さま。もう少し急がせますか?」
不安げなエリシアの言葉に、アレインは首を振る。
「このままで結構です」
「みな訓練で疲れているし、急がせれば戦いで力を発揮できないでしょう」
「しかし……」
「エリシアさま」
エリシアの不安を見透かしたように、アレインは少しだけ口調を強める。
「急いだところで、どのみち村の救援は不可能です」
あまりにも残酷な現実。
アレインたちよりも、魔物が村に到達するほうが早い。
「そんな……間に合わないなら、どうして」
「村は無理ですが、まだ救えるものは残っています」
アレインの言葉に、エリシアがハッとする。
その時だった。
「あれを見ろ!」
誰かが叫ぶ。
アレインが目を向けると、こちらに向かって走ってくる人々が見えた。
そして、その背後には小型魔物の群れが見える。
「来たか。総員、戦闘準備!」
アレインの号令で、民兵たちが隊列を組む。
「救援だ! ここまで走れ!」
アレインは剣を抜き、頭上で大きく振る。
それに気付いた避難民たちは、最後の力を振り絞る。
「行くぞ、避難民を守れ!」
「おお!」
アレインが走り出し、民兵の列もそれに続く。
足を取られ、避難民のひとりが倒れ込む。
その背中に襲い掛かる小型魔物を、アレインは横薙ぎに切り裂いた。
「大丈夫ですか。さあ、列の後ろへ」
避難民を助け起こし、エリシアが列の後ろへと誘導する。
それを横目に確認してから、アレインはざっと敵の規模を確認した。
小型魔物が50体と、中型魔物が3体。
小さな村なら、これでもひとたまりもない。
「小型は任せる!」
そう言って、アレインは中型魔物へと駆け出した。
「盾、前へ!」
隊長の号令で、盾が1列に並ぶ。
そこに、小型魔物が殺到した。
しかし、それをしっかりと受け止める。
「突け!」
武器が一斉に突き出される。
一撃では致命傷にならないものの、確かにダメージを与えている。
小型魔物が怯み、突撃の勢いが弱まる。
「突け!」
そのスキを逃さず、再び武器が突き出された。
何体かの小型魔物が断末魔の叫びをあげる。
「今だ、左右前進! 魔物を囲め!」
エリシアの号令で、左右に展開していた部隊が前進する。
小型魔物たちは状況がわからず、ただ慌てふためくばかり。
今までは、一方的に蹂躙する側だった。
その立場が逆転している。
四方八方から突き出される武器に、小型魔物はどんどん数を減らしていく。
包囲が狭まる。
最後の1体の息の根を止めるまで、それほど時間はかからなかった。
「よくやった」
最後の中型魔物を切り伏せたアレインが、民兵たちのもとに戻ってくる。
「これを、俺たちが」
民兵たちは、まだ信じられないといった様子だった。
「そうだ」
アレインが短く答える。
少し離れた場所には、避難してきた村人たちが身を寄せ合っていた。
子供を抱きしめ、涙を流している母親。
頭を垂れ、祈りを捧げる老人。
ぼろぼろのその姿。
「守れたのか……?」
民兵のひとりがつぶやき、自分の手を見る。
震えていた。
それは恐れだけではない。
「そうだ」
アレインが繰り返す。
「お前たちが守った」
民兵たちは顔を見合わせる。
その言葉の意味が、すぐには理解できない。
つい先日まで、戦いとは無縁だった。
それが、魔物を倒した。
避難民を救った。
避難民が、恐る恐る顔を上げる。
そこには魔物の死体が転がっている。
そして、武器を携えた民兵。
「助けてくれたのか……あなたたちが」
民兵たちは答えに詰まる。
「そうだ。彼らがあなたたちを助けた」
代わりにアレインが答えた。
避難民たちが民兵に駆け寄り、口々に礼の言葉を口にする。
民兵たちはただ戸惑うばかりだった。
エリシアはその光景を見ている。
今までは、逃げることしかできなかった。
勇者のいない土地は、すべてを捨てて逃げることしかできない。
その先に待つのは、逃れようのない死。
怯え、涙し、勇者の不在を呪うことしかできなかった。
今は違う。
魔物を退け、生きている。
自分たちの手で。
それを可能にしたのは――。
「勇者さま」
エリシアの言葉に、アレインは振り返る。
「あなたは……」
エリシアは言葉を探した。
「人を……守っているのですね」
エリシアの言葉に、アレインは不思議そうな表情を浮かべる。
「……は?」
「え?」
気まずい沈黙。
アレインは視線を泳がせ、考え込む。
「いえ、当たり前のことをおっしゃるので、何か別の意味があるのかと」
何も思いつかなかったのか、アレインは頭を掻きながらエリシアに一礼する。
そして、民兵たちのほうに歩きだした。
「怪我人はいるか。状況を報告してくれ」
淡々状況を確認するアレインの背中を見て、エリシアは小さく息を吐く。
そして、少しだけ微笑んだ。
勇者は世界を守る。
それは正しい。
しかし、人類はひとつではない。ひとりひとりが生きている。
エリシアは、アレインの背中に勇気を与えられた。
勇気があるから、人は困難に立ち向かえる。
恐れを乗り越え、戦うことができる。
勇者とは、強い者の称号ではない。
それはきっと、人々の勇気を呼び覚ます者。
だから――。
エリシアはアレインの背中を見つめる。
クラスタの勇者の背中を。
クラスタへの帰り道。
民兵のひとりがぽつりとつぶやく。
「俺たち、戦えたんだよな」
「そうだ。戦い方を知れば、人は戦える」
戦闘を歩くアレインが、振り返えらずに言う。
民兵たちは、手に持った武器に視線を落とす。
アレインが振り返る。
「言ったはずだ。お前たちはもう――戦士だ」
「戦士……」
言葉の響きを噛みしめる。
武器を握る手に力がこもる。
その手はもう、震えていなかった。




