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第6話【変化】

 魔王城の軍議室内は静まり返っていた。


 長椅子を囲む幹部たちの視線は、唯一立たされているひとりに注がれている。


 セレスだった。


「以上が、クラスタ攻略戦の報告です」


 刺すような視線を受けながらも、セレスは淡々と報告を終える。


 わずかな沈黙。


 やがて、ひとりの幹部が鼻を鳴らした。


「つまり、しくじったというわけだ」


「まさか、この程度の任務を失敗とは恐れ入る」


 嘲笑が広がる。


 しかし、セレスの表情は動かない。


「撤退は合理的判断によるものです。敵の勇者は戦争を理解している」


 静かに答える。


 幹部たちは顔を見合わせ、爆笑した。


「笑わせるな。単なる戦略兵器に過ぎない勇者が戦争だと?」


「人類が戦争を理解するには、100年はかかるだろうよ」


 セレスは反論しない。


 ただ、戦略図を指し示しながら言葉を続ける。


「敵はグラヴィス殿を討ち、私を退けた。クラスタは、もはや単なる辺境ではない。重要拠点として、戦力を投入するべきです」


 幹部のひとりが椅子にもたれかかる。


「貴様は、自分の失敗を正当化するための理屈をこねているだけだ」


「左様。そうまで重要だと思うのならば、なぜ退いた」


「あの手勢での攻略は確実性を欠く。無駄に戦力を失うよりも、仕切り直す判断は当然かと」


 別の幹部が吹き出す。


「己の無能さをそこまで居直れるのは大したものだ」


 失笑が広がる。


「セレス、貴様はしばらく頭を冷やせ。どのみち、任務失敗の責任は取ってもらう」


 冷たい宣告。


 それが結論だった。


 幹部たちは、すでに別の話題に移っている。


 セレスは一礼し、軍議室を出た。


 長い廊下を歩き、周囲に気配がなくなったところで、ようやく息を吐く。


「……やはり、こうなったか」


 理解していた。


 幹部たちは戦争をしていない。


 単なる政治だ。


 軍事的に考えれば、セレスの判断は正しい。


 しかし、それを証明する場は失われてしまった。


 セレスは宙を仰ぐ。


「魔王さまは、我らに戦争を教えてくださった」


 だからこそ、理解できる。


「あの勇者は、同じものを人類に与えようとしている」


 魔族が変わったように、人類も変わるだろう。


 それが早いか、遅いか。


 いずれにせよ、放置はできない。


「……お前が一番危険だ」


 それをほかの幹部が理解するころには、手遅れになってしまう。


「急がなければ」


 戦局は待ってくれない。


 ここからは時間とも戦わなければならない。


 しかし、セレスは前だけを見ていた。


「……厄介な」


 ◆ ◆ ◆


 魔王軍を退けたことで、クラスタは避難区域からもとの街へと拠点を移していた。


 建物は焼かれ、崩れていたが、取り戻したという実感が、領民たちの雰囲気を明るくした。


 エリシアも瓦礫の中から父親の遺体を探し出し、簡単な墓標を作ることができた。


 そんな時だった。


「難民だ!」


 見張り台から声が飛ぶ。


 アレインとエリシアは、急いで見張り台に上った。


 地平から、長い列がこちらに向かって移動している。


 力なく荷車を押す姿には、老人や女子供の姿も見える。


 クラスタにとっても、まだ見覚えのある光景だった。


「どこかの村がやられたんだ」


 見張り台の下に集まっていた領民のひとりがつぶやいた。


 クラスタの入り口に着いた難民の中からひとりの男が進み出て、深々と頭を下げる。


「村が魔物にやられました。どうか、どうかここに置いてください」


 領民たちがざわめく。


「受け入れてやりたいのはやまやまだけどよ」


「俺たちだってギリギリなんだ」


 不安の声が広がる。


 クラスタの境遇も、難民たちとそう違いがあるわけではない。


 その時だった。


「受け入れます」


 見張り台の上に立つエリシアが、はっきりとした声で告げた。


「そんな!」


「食料だって足りないってのに!」


 領民たちが動揺の声を上げる。


 その様子をエリシアの隣で見ていたアレインが口を開く。


「民の動揺はもっともです。難民を受け入れは現実的に困難です」


「わかっています」


「……治安も悪化するでしょう」


「それでも、受け入れます」


 エリシアはまっすぐにアレインを見据える。


 その目に迷いはない。


「どうしてもですか」


 アレインが問い返すと、エリシアは静かにうなずいた。


「守るべき民を見捨てる領主を、信じて従うことなどできましょうか」


 沈黙が落ちた。


 アレインはしばらく口を開かない。


 ただじっと、エリシアの目を見つめていた。


 そして、小さくうなずく。


「……なるほど」


 アレインは理解した。


 エリシアはただ理想を語っているのではない。


 領主としての覚悟を示しているのだと。


 ならば、アレインも応えなければならない。


「それならば、条件があります。難民たちの中で、動ける男手は戦力として組み込む」


「難民たちを戦わせるのですか?」


「戦わなければ守れない。条件は我々も同じです」


 アレインは続ける。


「確かに、人は弱い。しかし、力を合わせれば戦える。数が多ければ、より大きな力になる」


 エリシアは少し考え、うなずいた。


「わかりました」


 エリシアたちは見張り台から降りる。


 そして、難民たちの前に立った。


「クラスタ領主、エリシアです。難民のみなさん、どうか顔を上げて。クラスタはあなたたちを受け入れます」


 難民たちは信じられないといった様子で顔を見合わせる。


「ただし、無条件でというわけにはいきません。受け入れる代わりに、私たちと共に魔物たちと戦っていただきます」


 難民たちに動揺が広がる。


「なんだって?」


「魔物と戦う?」


「どっちにせよ死ねってことじゃねぇか……」


 難民たちのざわめきを、エリシアは黙って見ていた。


 しばらくしてから、エリシアは静かな口調で続ける。


「クラスタも、魔物に襲われて一度は落ちました。しかし、取り戻した。我々の手で」


 言葉に熱がこもる。


「我々は団結し、戦うことができる。守ることができる。だからこそ、あなたたちにもここを新しい故郷として、一緒に守っていただきたい。あなたたちが共に戦うというならば、クラスタは喜んであなたたちを同胞として迎え入れましょう」


 あたりは静まり返った。


 誰もが、エリシアの言葉に聞き入っていた。


 領民たちも、誰ひとり不満の声を上げない。


 やがて、難民のひとりがエリシアの前に片膝をつく。


「寛大なお言葉に感謝いたします」


 ほかの領民たちも、次々に頭を下げる。


 エリシアの申し出を受け入れるということだ。


「どうか顔を上げて。あなたたちはもうここで共に生きる同胞なのです。さあ、今日は疲れを癒してください」


 エリシアが微笑みながら言う。


 領民たちが歩み出て、難民たちの荷物を運び入れ始めた。


 怪我人や老人たちに肩を貸すものもいる。


 難民たちは口々に礼を言いながら、クラスタの中に入っていった。


 ――こうして、クラスタに新たな人々が集まる。


 それは小さな変化だった。


 しかし、その小さな変化は、やがて周辺を巻き込む大きな変化になる。


 辺境が、静かに変わり始めていた。


 ◆◆◆ 序章【追放編】 終 ◆◆◆

序章【追放編】が終了となりました。

ここまで続けられているのも、みなさんにお読みいただいているおかげです。


次回からは新章【辺境統一編】がスタートします。

しばらくは毎日投稿の予定ですので、応援よろしくお願いいたします。

ご意見・ご感想もお待ちしておりますので、ぜひお寄せください。

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