第4話【知将の脅威】
魔王城の軍議室は静まり返っていた。
報告を終えた魔物が、恐る恐る顔を上げる。
「以上が、グラヴィス殿討死の報告です」
重い沈黙が空気を支配する。
やがて、ひとりの幹部が鼻を鳴らした。
「くだらん」
他の幹部も同調するように肩をすくめる。
「もともと、奴は力任せの男だった」
「しかし、偶然とはいえ、グラヴィスほどの者が人間に討たれるとは」
「まあ、大局に影響はない」
軍議室の空気が緩む。
そんな中、ひとりだけ眉根を寄せる者がいた。
紫色の髪と瞳を持つ、細身の若い女魔族。
「そう単純に片付けて良いものでしょうか」
「でしゃばるな、セレス」
幹部が心底不愉快そうな表情で吐き捨てる。
セレスと呼ばれた若い女魔族は、引き下がらなかった。
「グラヴィス殿は偶然負けたりしません」
口調は静かだったが、セレスの言葉に軍議室の空気が張り詰める。
報告に来ていた魔物は生きた心地がしなかった。
「何が言いたい」
「グラヴィス殿は愚直ではありますが、その武勇はご存じのはず。勇者がいたのです」
「バカな」
幹部は呆れたように手を振る。
「勇者と交戦したならば、下級魔物が生き残るはずがなかろう。現に、グラヴィス以外の損害はゼロに等しい」
「そこが問題です。仮に、我らの知らぬ未知の勇者に遭遇したのだとしたら――」
「いい加減にしろ。大した勲功もなしに、魔王さまに取り入るだけの小娘が偉そうに講釈か」
幹部の声に含まれる苛立ちがセレスを突き刺す。
セレスは指を組み、その苛立ちを真正面から受け止めた。
「それで侵攻が失敗しているではありませんか」
「臆病風に吹かれおって。局地殲滅戦すらこなせない勇者など、何の脅威にもならん」
「左様。確かに勇者の殲滅力は我らにとっても脅威。されど、戦局では我が軍が圧倒的優位を築いておる」
幹部たちの嘲笑を浴びながら、セレスは何も言い返さない。
ただじっと、戦略図を見つめていた。
大して重要でもない、辺境の戦。
しかし、そこで幹部が討たれ、軍は退けられている。
従来の勇者のように軍を殲滅したのではなく、撤退させた。
これが示す意味を、考え込んでいた。
「……未知の勇者は、戦争を知っている?」
セレスのつぶやきに、室内が静まり返る。
しかし、すぐに幹部たちの爆笑が室内を包み込んだ。
「バカも休み休み言え。勇者などという特殊個体に頼りきりの下等種族が、戦略だと?」
「小娘の妄想もここまでくると笑えるな」
容赦のない嘲笑に、セレスはただ耐える。
反論の無意味を知っているからだ。
「そうだ、良いことを思いついた。セレスよ、お前にグラヴィスの後を任せる。丁度、手柄を欲しがっていたではないか」
「おお、それは名案ですな」
辺境を落としたところで、大した手柄にはならない。
失敗しようものなら、これ幸いとばかりに立場を追われる。
リスクばかりが大きい任務だった。
「承知しました。クラスタ制圧の任を引き継ぎます」
しかし、セレスはその任務を受けた。
声や表情に感情はなく、ただ一礼して軍議室を出る。
長い廊下を歩きながら、セレスは宙を仰ぐ。その視線は遠い。
「戦争を知る勇者、か」
セレス自身、半信半疑だった。
もしも本当ならば、放置はできない。
◆ ◆ ◆
数日後。
クラスタに警鐘が鳴り響く。
「敵襲!」
領民たちがあわただしく戦闘準備を始める。
この数日間、アレインの指示で領民たちは農具を改造した武器と、自作の盾を準備していた。
アレインはすぐさま仮組の見張り台を駆け上る。
地平に、小型の魔物が展開しているのが見えた。グラヴィスの襲撃と規模はそう変わらない。
しかし、小型魔物の中に中型が混じっているだけで、指揮官らしき影は見えない。
「指揮官が前に出てこない、か」
アレインは忌々しげにつぶやき、見張り台から滑り降りる。
地上ではエリシアをはじめとして、領民たちが整列していた。
「勇者さま。こちらの準備は整いました」
「敵は小型を中心として、中型魔物が混じっている。小型との戦闘は訓練通り、中型との戦闘は絶対に避けろ」
小型魔物であれば、武装した領民でもそれなりに戦える。
しかし、中型以上となればひとたまりもない。
「3列横隊で進む。避難区域から、なるべく離れた地点で迎撃する」
「了解」
返事にまだ脅えが混じっているが、それでもまだ戦闘は可能だとアレインは判断した。
剣を抜き、敵軍を指し示す。
「前進」
アレインを先頭にして、隊列を組んだ領民たちは進み始めた。
時を同じくして、魔物たちも進軍を開始する。
両軍の距離が縮まるにつれて、空気が張り詰める。
先に仕掛けたのは、魔物たちだった。前衛の小型魔物たちが一斉に走り出す。
「迎撃!」
アレインの檄が飛び、領民たちが盾と武器を構える。
衝突。
小型魔物の突進を盾で受け止め、勢いが弱まったところを突く。
敵がひるんだところを、全力で押し返す。
最初の衝突は、アレインたちが制した。
しかし、やや遅れて中型魔物が前に出てくる。
数は多くないが、領民では束になってもかなわない。
アレインが前に躍り出て、中型の注意を引く。
そして、何合か切り結び、1匹を切り伏せた。
領民たちから歓声が上がる。
中型魔物程度ならば、アレインは能力を使うまでもない。
むしろ、使えなかった。
アレインの能力は効果時間が極端に短い上に、時間切れは行動不能を意味する。
「どこだ。どこにいる」
アレインは中型を捌きながら、必死に指揮官を探していた。
その視線がとらえたものに、血の気が引く。
「側面!」
アレインの警告は、わずかに遅かった。
正面の小型との戦闘に手一杯な領民たちは、側面から迫る小型魔物の接近に気付くのが遅れた。
悲鳴と血しぶきが上がる。
側面を突かれた領民たちの列が乱れた。
「ここまでか……!」
アレインの決断は早かった。
「撤退! 全力で下がれ!」
「振り返るな、走れ!」
エリシアの号令が飛ぶ。
それを受け、領民たちは這う這うの体で逃げ出した。
それは、とても撤退と呼べるものではない。
潰走だった。
アレインはしんがりを守りながら、内心で考えを巡らせる。
『甘かった』
敵の統率力は、アレインの想像をはるかに超えていた。
現場に立たずとも、これほどまでに統率された行動がとれる。
練度がまるで違う。
しかし、
『追ってこない?』
アレインは振り返る。
魔物たちは深追いしてこない。
敗走している背中を攻めない理由はひとつしか考えられない。
『こちらの情報が不足しているからだ。なるほど、ずいぶん慎重だな』
状況は圧倒的に不利。
それでも、アレインはまだ、か細い勝ち筋をしっかりと握りしめていた。
◆ ◆ ◆
セレスはその様子を、遠く離れた高台で観察していた。
「やはり、戦術行動をとっている。戦列を組み、拠点から離れた地点で迎撃。そして撤退。指揮しているのはあの男」
セレスの視線は、ひとりの男に注がれている。
「なるほど、あれが新型か」
「追撃いたしますか?」
そばに控えていた副官の問いに、セレスは首を振る。
「不要です。やはりグラヴィス殿を討ったのは偶然ではない。この短時間で、中型が3体もやられた」
新型の勇者は、戦闘中もずっと指揮官の姿を探していた。
そして、セレスがその場にいないことを知っただろう。
「あの男は、ずっと指揮官を探していた。そして、形勢不利と見ての撤退判断の早さ。確実に戦場を理解している」
ある程度は計ることができた。
だが、まだ確実ではない。
「それほどの理解度ならば、指揮官の不在を確認して罠を張っているかもしれない。仕切り直しです」
「了解いたしました」
副官が伝令を走らせる。
「戦争を知る勇者……」
セレスは腕を組み、整った眉をしかめる。
「厄介な」
――これが、アレインとセレスの初めての戦いだった。




