第14話【装備】
ウェルンとの取引によって、食糧問題は解決した。
バルツとクラスタは継続的な食料を獲得し、冬を超える見通しも立った。
だが、それはあくまでも生き延びるための条件に過ぎない。
戦うための準備は、まだ整っていなかった。
「これで、難民の受け入れも問題ありません」
帳簿と格闘していたカルラが、目頭を揉みながら言う。
潤沢な食料があれば、たいていの問題は回避できる。
住居に関してはまだ万全ではないが、そちらも総出で復興が進められている。
共通の目標に進んでいる間は、問題ない。
「ご苦労様です」
エリシアがカルラをねぎらう。
カルラは実務官として、本当に有能だった。
彼女が実務官として内政を担当してからは、クラスタの復興は驚くほど円滑に進んでいる。
「次は、実際に戦う準備か」
アレインの言葉に、エリシアもうなずく。
「ええ。兵は集まりました。食料もある。ただ――」
「装備がない」
カルラが言葉を引き取った。
現在の兵たちの装備は、板に取っ手を付けただけの盾と、農具を改造した武器だった。
急場はしのげても、本格的な戦いに十分だとは言い難い。
「バルツに鍛冶場があります」
「もともとが鉱山都市ですから、設備自体は十分に」
カルラの言葉は煮え切らない。
アレインはその理由におおかたの察しはついた。
「なら、それを使おう」
それでも、アレインは即決した。
◆ ◆ ◆
その日のうちに、アレインたちは鍛冶師を連れて、バルツの鍛冶場を訪れた。
炉は冷え、長く使われていない様子がうかがえる。
それでも、設備はしっかりしていた。
煤けた壁と武骨な金床が、かつての賑わいを思わせる。
「やれやれ、すっかり冷えちまって」
クラスタの鍛冶師が、炉をいたわるように撫でる。
「使えるか」
「ああ、立派なもんだ。すぐにでも使える」
「問題は材料か……」
アレインは額に手を当てる。
「鉄がほとんど残ってない。使えるもんは農具だのなんだのに充てられちまってるからな」
当然の話だ。
この世界では、鉄は装備に使うものではない。生活用品だ。
「今ある材料だけでも、試作はできるはずです」
エリシアの言葉に、鍛冶師は少しだけ考え込む。
「そうだな、やってみる価値はある」
炉に火が入る。
久しぶりに立ち上がる炎が、鍛冶場を赤く照らし出す。
鉄を打つ音が響く。
カン、カン、と規則正しいその音色は、戦いの始まりを告げる音。
数日後。試作品が完成した。
「……これが、武器」
エリシアが手に持つそれは、長槍だった。
頑丈な鉄芯入りの柄に、鉄製の穂先。
つぎはぎだらけの改造農具とは、比べ物にならない。
「複数人での運用が前提になります」
アレインが説明する。
「剣と違い、振り回して使うものではありません。列を組み、壁を作るためのものです」
さらに、鉄で補強された頑丈な盾。簡素な胸当て。
数は少ないが、確かな【戦うための装備】だった。
民兵のひとりが、それを手にする。
ぎこちなく構え、並んでみせる。
「これで、戦えるのか」
「ああ、今までよりずっと、強くなる」
アレインは即答する。
民兵たちは顔を見合わせ、静かにうなずく。
「問題は、数ですね」
カルラが現実を突きつける。
残っていた材料をかき集めても、今回用意できたのは、ごく一部。
全体を賄うには、圧倒的に足りない。
「バルツにも腕の良い職人が揃ってる。材料さえあれば、すぐにでも揃えられるぜ」
「わかった。それはこちらで何とかしよう」
鍛冶師の言葉に、アレインが答える。
「鉱山はどうなってる?」
「現在、主要な鉱山は魔物の支配圏にあります。バルツとしても、頭の痛い問題です」
カルラの言葉に、エリシアは息を呑む。
クラスタと同じ。
魔物に生活圏を追われる。
「敵の規模は?」
「少数ですが、定期的に入れ替わっているようです」
「なるほど、拠点化しているわけか」
アレインはうなずく。
その場で掃討するだけでは終わらない。
しかし、それは好機でもある。
まだ、鉱山として機能している。
「鉱山を攻略し、奪回する」
アレインははっきりと宣言した。
その言葉に、場の空気に緊張が走る。
クラスタは、敵が退いたことで取り戻した。
今回は、奪い返すために、こちらから攻撃を仕掛ける。
「こちらから、攻める」
エリシアが確かめるようにつぶやく。
脅威を退けるためではなく、資源を奪うために攻撃する。
それは、今までの戦いとは似て非なるものだ。
「これも、守るための戦いです」
アレインが言う。
「守るとは、単に居場所を確保するだけではありません。資源を獲得し、勢力を広げること。現に、魔物はそうしています」
「バルツとしても、いずれは対処しなければならない問題です」
「なら、今やるべきだ」
アレインの言葉に、カルラもうなずく。
エリシアはじっと考え込み、やがてうなずいてみせた。
「やりましょう。避けられない戦いならば、行動は早いほうが良い」
「バルツも最大限協力いたします。戦力はいかがなさいますか?」
「今回は少数で行く。練度の低い人員は危険な上、装備も足りない」
カルラの言葉に、アレインが即座に答える。
「鉱山の攻略となれば、閉所での戦いになる。強力な装備を持った、少数で当たる」
「なるほど。それでは、こちらは周辺の情報収集や、後方支援に回ります」
「わかった。そちらは任せる」
人類初の、領地奪還作戦が動き始めた。
◆ ◆ ◆
数日後。クラスタから、実戦経験を積んだ兵たちが集められた。
それぞれが、試作された装備を身に着けている。
「なるほど、様になっている」
その様子を眺めていたガイラムが言う。
奪還作戦の報を受け、直接出向いていた。
「これが、クラスタの軍か」
「まだ未完成ですが」
アレインが短く答える。
これはまだ、始まりに過ぎない。
この装備を量産し、全員に配備して、初めて【軍】として機能する。
ガイラムはどこか楽しむような様子でうなずいてみせる。
「参戦概要を説明する」
アレインは、カルラが用意した鉱山の見取り図の前に立つ。
「今回の目標は、魔物の占領下にある鉱山の奪還。坑道内部の魔物を掃討する」
「まずは鉱山入り口を制圧し、隊列を組んだまま坑道内を進軍して、魔物を各個撃破する」
「坑道内は狭く、隊列を組んでいるこちらが有利な状況だ」
「狭い場所で、挟み撃ちにされたらどうする?」
兵のひとりが手を上げる。
「俺が背中を守る。後ろは心配するな」
アレインの言葉に、兵たちは納得した様子を見せた。
兵たちは、これまでのアレインの戦いぶりを見ている。
その言葉には、何よりも説得力があった。
兵たちの様子を見たアレインはうなずき、ゆっくりと下がった。
あとを引き継いだエリシアが口を開く。
「この戦いは、私たちにとって大きな意味を持ちます」
「これまで、私たちは魔物によって多くのものを奪われた。住む場所を、家族を、隣人を、そして――」
「生きる、誇りを」
誰もがエリシアの言葉に聞き入っていた。
「この戦いはそれを取り戻す第1歩となりましょう」
「もう、奪わせはしない。この戦いでそれを証明するのです」
エリシアはその場にいる兵たちの顔を見る。
兵たちもエリシアの顔をまっすぐに見返した。
エリシアはうなずき、こぶしを突き上げる。
「我々の手で!」
「おぉ!!」
兵たちもこぶしを突き上げる。
バルツ鉱山奪還作戦。
人類の反撃が、始まる。




