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第12話【穀倉の領主】

 バルツでの交渉を終えて数日。


 クラスタに、バルツからの使者が訪れた。


 物資を乗せた荷馬車を率いているのは、カルラだった。



「お約束の物資をお届けに上がりました。こちらが帳簿です」


「ありがとうございます」


 エリシアは帳簿を受け取り、中身を確認に向かう。


「予定よりも多いようですが」


「領主いわく、先行投資だそうです」


「まあ」


 エリシアは感嘆の声をもらす。



「思い切ったことをなさいますね」


「そうでなければ、領主は務まりませんので」


 アレインの言葉に、カルラは淡々と返す。


「ウェルンへの出立のご予定は?」


「物資を受け取ったらすぐにでも」


「なるほど。それでしたら、こちらから先に使者を向かわせましょう」


 兵を連れての移動は時間がかかる。


 カルラは手早く、物資を運んできたひとりを使者として手配した。



「ウェルンへは、私も同行いたします」


「カルラさんが?」


「ええ」


 カルラは軽くうなずく。


「エリシアさまをお手伝いせよと、領主から出向の任を受けております」

「見たところ、実務官が不足しておいでのようですので」


 そう言って、カルラは胸に手を当ててエリシアに礼をする。


「不肖ながら、私めにお任せください」


「それは、心強い。是非ともお願いします」


 エリシアは笑顔を浮かべてカルラの手を取った。



「アレイン殿」


「はい」


「あなたはどこまで、考えておいででしたか?」


 カルラの言葉に、アレインは苦笑を浮かべる。


「買いかぶりすぎです。自分はただ、戦う方法を考えているだけです」


「結果として、エリシアさまは世界の変革の中心となった」


「まだわかりません」


 「それに」と、アレインは続ける。


「もしも彼女が世界を変えるのならば、それはほかならぬ、本人の素養でしょう」


「なるほど」


 カルラはアレインの視線の先を見る。


 民に囲まれ、指示を出しているエリシアの姿を。



「カルラ殿もそう思ったからこそ、協力していただけるのでは?」


 アレインから見ても、カルラは有能な実務官だ。


 人を見る目は確かだろう。


「まだわかりません」


 カルラは短く答えた。


 ◆ ◆ ◆


 クラスタを出て3日ほど。


 アレインたち3人は、民兵を10人だけ連れて、ウェルンに向かっていた。


 戦闘派遣ではない。実物を見せるためだけの、最低限の人数だ。



 ウェルン領に入ってから、景色は一変した。


 どこまでも広がる黄金色の地平。


 ゆっくりと回る巨大な風車。


 温かな風が流れるたびに、穂が波打つ。



 クラスタやバルツにも畑はあるが、規模がまるで違う。


 村がいくつも収まりそうな土地を管理するのは難しい。


 ウェルンが穀倉地帯と呼ばれる所以が、一目で理解できた。



「ウェルン領主のリディアさまは、近代農業を発展させた傑物でいらっしゃいます」


 カルラが周囲を見回しながら言った。


「現在では、ヴァルダの食糧事情もウェルンに大きく依存しています」


「実際に目の当たりにすると、圧巻ですね」


 アレインも感心したように見入る。



 ウェルンの象徴ともいえる、並んだ風車。


 それは豊かさの象徴だった。


「見えてきました」


 カルラの言葉に、アレインたちはカルラが示した先を見る。


 畑の中心に、家々が立ち並ぶ街がある。


 規模としては、クラスタよりも大きい。


 そして、家々の中心に、ひときわ大きな石造りの屋敷がある。


 ウェルン領主館だ。



 街の中には花が植えられ、人々の雰囲気も柔らかい。


 魔物との戦いも、ここには遠い出来事なのだろう。


 領主館の前に着くと、門扉が開かれる。


 そして、領主館からひとりの女性がアレインたちを出迎えた。



 柔らかな小麦色の髪。


 落ち着いた雰囲気のドレス。


 歳はエリシアやカルラよりも年上だろう。


 柔和な笑みを浮かべるその姿は、母性すら感じさせる。


 アレインたちは馬から降りた。



「ようこそおいでいただきました。領主のリディアです」


 リディアが優雅な所作で礼をする。


「クラスタ領主エリシアです」


「バルツ領主名代カルラと申します」


「クラスタ所有勇者アレインと申します」


 アレインたちも礼を返す。


「お話は伺っていますわ」


「お時間を取っていただき、まことにありがとうございます」


「いえいえ。さあ、どうぞ中へ。お付きの皆さまも、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」


 そう言って、にこやかにアレインたちを迎え入れた。


 ◆ ◆ ◆


 アレインたち3人は、応接室に通された。


 調度品の類はなく、機能的で快適な部屋。



 テーブルの上には、高級品になって久しい茶と焼き菓子が並べられている。


「さて」


 アレインたちか人心地ついたころを見計らい、


 リディアがカップを置く。


「クラスタの状況は聞いています」


 声は相変わらず柔らかい。


 しかし、その目に宿る雰囲気が場の空気を緊張させる。


「魔物の襲撃、難民の流入。いずれも大きな問題ですね」


「はい」


 エリシアもうなずいた。


「現在、我がクラスタは魔物と交戦状態にあります」

「今後も戦いが続けば、難民はさらに増えるでしょう」


「そこで、こちらに」


「はい」


 エリシアはまっすぐにリディアを見る。


 リディアもエリシアを見返していた。



「現在、我がバルツがクラスタに食糧支援を行っています。しかし、継続性がありません」


「まあ、バルツが?」


 リディアが驚いたような表情を浮かべる。


「意外、と言ったら失礼ですけれど」


 カルラは何も言わない。


 その通りだからだ。



「クラスタへの、継続的な食料提供をお願いします」



 沈黙。



 リディアが長いまつげを伏せ、息を吐く。


「……事情は理解しました」


「それでは」


「しかし、その提案はお受けできません」


 リディアはきっぱりと言った。


 エリシアもカルラも驚かない。


 予想通りだったからだ。



「民の命を預かる身として、安請け合いはできません」


 魔物との争いは先が見えない。


 この先も安定した生産が続くとは限らない。


 だからこそ、リディアはウェルンを守る必要がある。


 非情なようだが、正論だった。


「リディアさま」


 エリシアが口を開く。


「私は、お願いに伺ったわけではありません」


 エリシアの言葉に、リディアは微笑みながら小首をかしげる。


 エリシアの首筋に冷たいものが流れた。


 ガイラムとは異質な、


 それでいて確かな威圧感に気圧されそうになる。


「対等な……取引をするために伺いました」


 きっぱりと宣言する。


 リディアは指を組む。


 柔和な笑みを浮かべたまま、


「伺いましょう」


 そう、続きを促した。

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