第11話【領主の戦い】
戦いの翌日。
村は一応の落ち着きを取り戻している。
カルラに呼び出されたアレインたちは、村の広場に集まった。
「お見えになりました」
カルラの視線を追うと、馬の一団が村に入ってくるのが見える。
先頭の馬に乗っているのは、年輩の男だった。
手入れの行き届いた衣服。
整えられた口ひげ。
その眼光は鋭く、見る者を威圧する。
「ご足労いただき、感謝いたします。ガイラムさま」
カルラが男の向かって深々と礼をする。
ガイラムと呼ばれた男は、手ぶりでカルラを下がらせる。
「バルツ領主、ガイラムと申す。勇者殿、此度の救援、まずは礼を言わせてもらう」
その視線はまっすぐにアレインに向けられている。
その仕草の意味を、アレインはすぐに理解した。
場の空気がわずかに張り詰める。
エリシアは表情ひとつ変えなかった。
「自分はクラスタ領主さまの命に従ったまでのことです。礼ならばまずは領主さまに」
アレインは淡々と答える。
ガイラムはわずかに片眉を上げた。
「ほう? これは失礼した。クラスタの領主もお見えになっているのか」
「ご挨拶が遅れました。クラスタ領主、エリシアです」
エリシアが進み出て、形式ばった礼をする。
「ガイラム殿、お久しゅうございます」
「これはこれは、エリシア殿が現領主であったか。しばらく見ないうちに、ずいぶんと美しくなられた」
白々しく世辞を口にするガイラムに、エリシアも笑みで答える。
「して、後ろの者たちは?」
ガイラムはエリシアの後ろに立つ民兵たちに視線を向ける。
「我が領の戦士たちです」
「戦士?」
「はい。此度はバルツからの要請を受け、救援のために派遣しました」
「おっしゃる意味が、わかりかねるが」
ガイラムの困惑はもっともだった。
「クラスタは民が武装し、魔物と戦っています」
カルラが短く補足する。
「勇者殿がいるのにか?」
「魔物との戦いは、勇者だけでは足りません。そのことはよくご存じのはずです」
エリシアの言葉に、ガイラムは言葉を失う。
エリシアが言うとおり、勇者だけではすべての戦場を賄えない。
それは、辺境に住む領主なら骨身にしみていた。
「にわかには信じられんな」
「しかし、事実です。彼らは実際に魔物を討伐しました」
カルラの言葉で、ガイラムも一応は納得した様子を見せた。
「まあ、本題に移ろう」
「此度の救援、我が領としてもとても感謝している」
少しの間を置いて続ける。
「勇者殿には、今後もご協力いただけるのかな?」
また、アレインに語り掛けた。
試している。
この場の支配者が誰なのかを。
アレインは答えない。
エリシアが静かに口を開いた。
「クラスタとしては」
強調するように、一拍置く。
ガイラムは値踏みするような視線をエリシアに向けた。
「今後も協力するつもりです」
「それは、ありがたいですな」
「ただし」
「協力というからには、こちらもお願いがあります」
エリシアは、臆することなくガイラムを見据える。
「お聞かせ願おう」
「現在、クラスタには多くの難民を受け入れています」
「復興の最中であり、我が領だけで賄うのは困難です」
「物資を都合しろとおっしゃるか」
「はい」
ガイラムは口ひげを撫でる。
「こちらも、それほど余裕があるわけではない。どこも台所事情は変わらんのでな」
嘘ではない。
魔物との戦いが長引き、どこも苦しいのは同じだろう。
しかし、エリシアは譲らない。
「兵を維持するにも物資は必要です。これは、そちらにとっても利があるかと」
都合よく使われるつもりはない。
エリシアはきっぱりとそう宣言していた。
その様子を見て、ガイラムは不敵な笑みを浮かべる。
「なかなか、どうして」
「僭越ながら申し上げます」
それまで黙って控えていたカルラが、口を挟んだ。
ガイラムは黙って続きを促す。
「クラスタの兵は、実際に魔物に対抗する力を持っています」
「それを失うことは、我が領にとっても損失が大きいと浅見ながら具申いたします」
頭を下げながら語るカルラを、エリシアは驚いたような表情で見た。
カルラは、黙ってガイラムの言葉を待っている。
ガイラムは口ひげを撫でながら思案する。
「お前にそこまで言わせるか」
「はっ」
ガイラムは、カルラを、
そして、エリシアを見た。
少しだけ笑みのようなものを浮かべる。
「良いだろう。当座の物資は都合させていただく」
「助かります」
「お互いさまということにしておこう。こちらも兵を借り受けるのだからな」
「はい」
「カルラ、あとを任せる。それでは、これにて失礼つかまつる」
そう言って、ガイラムは引き上げて行った。
緊張していた空気が、少しだけ緩む。
エリシアは、胸に手を当てて長い息を吐いた。
「ご立派でした」
アレインの短い賛辞に、エリシアは驚いた様子を見せ、にっこりと笑った。
「これでも、領主ですから」
ヴァルダは長らく均衡を保っていたが、クラスタの襲撃でそれが崩れつつある。
領主同士は敵ではない。
しかし、まるっきり味方というわけでもない。
力を失った領主が、隣接する領主に取り込まれるのは珍しくない。
エリシアはその危機を乗り越えてみせた。
「エリシアさま」
カルラが進み出る。
「補給物資はすぐに手配いたします。それで、しばらくは問題ないでしょう」
「ありがとうございます」
「しかし、正直に申し上げて、こちらも備えが潤沢というわけではありません」
「クラスタの抱える難民問題については、一時凌ぎにしかならないでしょう」
「それは、そうですね」
エリシアの表情が曇る。
バルツはクラスタの北方に位置する領土だ。
収穫量は、本来であればクラスタのほうが多い。
バルツの備蓄でクラスタを賄うのが不可能であることは、疑いようもない。
「そこで、ご提案がございます」
「南のウェルンに協力を求めてはいかがでしょうか」
クラスタの南方に位置するウェルン領。
肥沃な土地を広く持ち、穀倉地帯として知られている。
「なるほど、ウェルンであれば物資も豊富でしょう」
「しかし」
と、エリシアは額に手を当てる。
カルラもうなずく。
「ええ。ふたつ返事というわけにはいかないでしょう」
「今回のようにはいきませんね」
「実際に魔物の脅威にさらされている我が領と違い」
「ウェルンはまだ魔物の脅威から遠い」
「それでも、やらなければ」
エリシアは意を決したようにうなずく。
アレインに戦いがあるように、
エリシアにも戦いがある。
血は流れない。
しかし、存亡をかけた戦いであることに違いはない。




