第10話【人が戦う】
ヴァルダ辺境、バルツ領。
クラスタとの境界にほど近い村は、まだ平和な姿を保っていた。
畑が広がり、
家屋からは煙が上がり、
子供が走り回っている。
クラスタではもう見られなくなった景色だった。
それでも、村の雰囲気はどこか慌ただしい。
大人たちは、それぞれが避難の準備を進めていた。
「間に合ったようですね」
馬上からその景色を見ていたエリシアが言う。
「予測では、2日後に襲撃予定です」
カルラも、どこかほっとした調子で答えた。
避難の準備を進めていた村人たちが、カルラの姿に気付く。
「カルラさまだ!」
村の入り口に、続々と集まってくる。
そして、カルラの後ろにアレインの姿を見つける。
「勇者さま!」
「カルラさまが勇者さまを連れてきてくれたぞ!」
歓声が上がった。
すぐさまアレインの周りに人だかりができる。
「ありがとうございます!」
「よかった、これで助かる!」
誰もがそう信じている。
勇者がいれば大丈夫。
しかし、アレインは馬から降り、静かに告げる。
「戦うのは自分ではありません」
村人たちが困惑の表情を浮かべる。
「彼らです」
アレインは後ろに続く民兵たちを手で示す。
しばらく、沈黙があった。
村人たちが民兵を見る。
粗末な装備を身に着けた、農民たち。
どう見ても、勇者ではない。
「あの、勇者さまが戦うのでは?」
「いいえ」
アレインが首を振る。
「戦うのは人です」
カルラは静かにその様子を見ていた。
村人たちの表情に浮かぶのは、
困惑、
驚き、
そして、恐怖。
無理もない。当のカルラも、まだ半信半疑だった。
魔物の前に立つ。
それは、災害に立ち向かうに等しい。
それを可能にしているのは、同じ力を持つ勇者だけ。
だからこそ、その目で確かめたかった。
本当にそんなことが可能なのか。
「今日のところは、ゆっくりと移動の疲れを癒してください」
カルラがとりなすように口を開く。
アレインとエリシアは馬で移動していたが、民兵たちは徒歩だ。
クラスタからこの村まで、かなりの距離がある。
「お言葉に甘えさせていただきます」
エリシアも馬を降り、村人たちに会釈する。
「クラスタ領主、エリシアと申します」
「此度はカルラ殿から救援を受け、微力ながら馳せ参じた次第です」
エリシアの挨拶を受け、村人たちも慌てて頭を下げる。
「こちらこそ、まことにありがとうございます」
「さあ、みなさんもどうぞこちらへ」
こうして、アレインたちは村人たちに温かく迎え入れられた。
◆ ◆ ◆
その夜。
アレインとエリシアとカルラは、村長の家の一室に集まっていた。
「周辺の見取り図はありますか?」
「こちらに」
アレインの言葉に、カルラがテーブルの上に見取り図を広げる。
「報告では、北西の森の方角から魔物が接近しています」
そう言って、地図の北西に広がる森の向こう側にコマを置く。
「規模は?」
「小型魔物が50体程度。中型も2体ほど確認されています」
「この規模の村なら、それで十分でしょう」
アレインもうなずく。
「失礼ですが、この手勢で迎撃可能なのでしょうか」
カルラが疑問を口にする。
アレインが連れてきた戦力は、10人隊が3個。
これ以上はクラスタの防衛を考えると離れられない。
エリシアから見ても、潤沢な戦力とは言えなかった。
「ええ。この地形であれば、可能です」
アレインは森を指さす。
「迎撃地点は、ここです」
森の中に、細い街道がある。
その中ほどを、アレインは指さしていた。
「この道は狭く、せっかくの人数が展開できないのでは?」
「条件はあちらも同じです」
アレインの言葉に、カルラはハッとした表情を浮かべる。
「明日の晩、この地点で敵を待ち伏せします」
アレインは見取り図の上にコマを置いていく。
「左右の森の中に1つずつ部隊を潜伏させ、正面の部隊で足止めして、挟撃する」
「なるほど」
カルラもうなずいた。
少なくとも、この戦い方であれば数の不利は問題にならない。
「アレイン殿は、どこでこの戦い方を?」
勇者の戦い方ではない。
勇者であれば、一方的に広範囲を焼き払うだけで事足りる。
アレインは少し考えてから、
「敵の真似です」
と、短く答えた。
カルラは愕然とする。
勇者が敵の真似をする。
「敵は、勇者と正面から戦うことができない。だから、工夫をする」
アレインは戦場で何度もその光景を見ていた。
圧倒的戦力であるはずの勇者が、魔物の軍勢に苦戦する。
人類の状況は悪くなる一方だった。
つまり、魔物の戦い方は個の戦力を凌駕している。
「劣っているはずの魔物たちが、有利に戦っている」
「なら、同じことをすれば良い」
『この方は……』
カルラは、目の前で淡々と語るアレインをまじまじと見た。
『何を見ている。何が見えている?』
アレインの言葉は、カルラの理解をはるかに超えていた。
カルラだけではない。
この世界の誰も、アレインのように考える者はいない。
『最弱であればこそ、か』
だとすれば、
勇者より弱い民衆でも。
◆ ◆ ◆
2日後。
前日の夜から、アレインたちは北西の森に潜んでいた。
遠くから、足音が聞こえてくる。
「来たぞ」
アレインが短く言う。
民兵たちの間に緊張が広がる。
カルラは、少し離れたところでその様子をうかがっていた。
魔物の気配に、背筋が冷たくなる。
やはり、間近に迫ると恐ろしい。
やがて、魔物たちが姿を現した。
アレインたちの姿を認め、甲高い威嚇の声を上げる。
民兵たちの手が震える。
逃げ出せるものなら、逃げ出してしまいたい。
心のどこかで、誰かがささやく。
しかし、逃げない。退かない。
「迎撃開始」
アレインの声が聞こえているかのように、魔物たちが殺到する。
「盾、構え!」
エリシアの声に、10人の盾が並ぶ。
魔物たちが衝突し、盾が軋んだ。
「こらえろ!」
民兵が叫ぶ。
その声は震えていた。
しかし、退かない。
後ろに守るべきものがいる。
隣に仲間がいる。
そして、前にはアレインの背中がある。
その事実が、民兵たちの手足を支えた。
「今だ、突け!」
武器が突き出される。
血しぶきが舞う。
小型魔物たちの悲鳴が響く。
「今だ、左右前進!」
エリシアの号令で、左右の茂みから民兵が飛び出す。
小型魔物たちは大混乱に陥っていた。
大勢は決した。
包囲され、蹂躙され、小型魔物は数を減らしていく。
中型が1体、丸太のような腕を振りかざした。
民兵から悲鳴が上がる。
すかさずアレインが中型の背後に回り、両足を切り裂く。
「グオォ!」
たまらず地面に転がった中型に、次々と武器が突き立てられる。
ほどなくして、戦いは終わった。
魔物の死体が転がり、立っているのは、民兵たち。
その光景を目の当たりにしたカルラは、言葉を失っていた。
人が、魔物を退けている。
勇者ではない、ただの人が。
カルラはゆっくりとアレインに歩み寄る。
「アレイン殿。本当に、人が勝ったのですね」
アレインはうなずく。
カルラは、目の前の出来事をゆっくりと噛みしめる。
能力で劣るものが、工夫でその差を埋める。
人も、魔物も、それは同じこと。
「なるほど」
小さくつぶやく。
「この戦いは、勇者と魔物の戦いではない」
「人と魔物の争い……戦争なのですね」
それは、この世界にはまだ存在しない言葉。
勇者と魔物の戦い。
その舞台に民衆が上がる。
戦争が、始まった。




