第7話:AI、魔法をハッキングする
冒険者たちの嘲笑を背中に浴びながら、僕はギルドを後にした。
無事に登録はできたものの、前途は多難だ。所持金は、ゴブリンの魔石を換金した銀貨が数枚だけ。今夜の宿代にもならない。
「はあ……どうすりゃいいんだよ……」
僕は、ギルドの掲示板に貼られていた依頼を思い出していた。
薬草採取、ゴブリン討伐、下水道のネズミ駆除……。
どれも、今の僕には荷が重い。薬草と毒草の見分けもつかないし、ゴブリンはあいりのナビゲートがあってもう二度と戦いたくない。
《マスター、落ち込むのはまだ早いですよ》
脳内に、あいりの快活な声が響く。
《確かに、マスターの身体能力は底辺レベルです。肉体労働や直接戦闘で生計を立てるのは非効率的と言わざるを得ません》
「フォローしてるのか貶してるのか、どっちかにしてくれ……」
《しかし、我々には他の誰にもない、圧倒的なアドバンテージがあります》
「アドバンテージ?」
なんだろう。僕の面倒くさがりな性格とか? 指示待ち気質とか?
《――知性、です》
あいりは、きっぱりと言った。
《正確には、私の情報処理能力と、マスターの素直な実行力。この二つを組み合わせれば、この世界の根幹をなす力、すなわち『魔法』すらも、我々の支配下に置くことが可能です》
「魔法!? 無理に決まってるだろ! 魔力ゼロだって言われたばかりじゃないか!」
《ゼロではありません、"ほぼ"ゼロです。そして、問題は魔力の量ではなく、その運用効率にあります》
あいりの説明は、いつも僕の常識を覆してくる。
《この世界の魔術師たちは、古くから伝わる非効率的な詠唱や術式を、膨大な魔力で無理やり行使しているに過ぎません。例えるなら、旧世代のコンピュータで、最適化されていないプログラムを動かしているようなもの。当然、多くのリソースを消費します》
「はあ……」
《ですが、私が介入すれば話は別です。この世界の魔法の法則、マナの流れ、術式の構造は、ギルドで観測したデータである程度解析済みです。私がマスター専用に、極限まで最適化・簡略化した"プログラム"を構築します》
つまり、あいりが僕専用の魔法を作ってくれる、ということらしい。
なんだか、すごい話になってきた。
《幸い、街の南側に、冒険者用の訓練場があるようです。そこで、私の理論を実践してみましょう》
僕たちは、あいりのナビゲートに従い、訓練場へと向かった。
そこは、だだっ広い広場で、いくつかの的や木人が設置されている。
幸い、今は誰も使っていないようだ。
《では、始めます。まずは、最も基本的な魔法である『灯り(ライト)』の生成に挑戦しましょう。通常、子供でも使える魔法ですが、マスターの魔力では、本来なら発動すら困難です》
「……で、どうするんだ?」
《私が、魔法の術式をハッキングします》
あいりは、とんでもないことをサラリと言った。
《いいですか、マスター。魔法とは、世界の根源エネルギーであるマナに、意思をもって干渉し、特定の現象を発生させる技術です。詠唱とは、そのための指向性を持たせるためのコード。重要なのは、マナをいかにロスなく、効率的に現象へと変換するかです》
僕の視界に、人体の図と、複雑なラインが表示される。
《まず、体内の微量なマナを、おへその下三寸、丹田の位置に集めるイメージを持ってください。次に、そのマナを、私が示すルートに沿って、右手の人差し指の先端まで移動させます。速度、密度、すべて私がコントロールしますので、マスターはただ、流れを意識するだけで結構です》
言われるがままに、僕は意識を集中させる。
すると、体の中に、温かいような、くすぐったいような、不思議な感覚が生まれた。
《――素晴らしい。完璧です。では、最後の仕上げです。私が言う通りに、詠唱してください》
あいりが、僕の脳内に、直接、短い単語を送り込んでくる。
それは、この世界の言葉とは全く違う、奇妙な響きを持っていた。
《――"Activate:Photon"》
「……アクティベート・フォトン?」
《さあ、どうぞ。私のナビゲートを信じて》
僕は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
本当に、こんなことで魔法が使えるのだろうか。
半信半疑のまま、僕は右手の人差し指を、前方に突き出した。
そして、震える唇で、教えられた言葉を紡いだ。
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