第57話:凡人のハッキング作戦
作戦会議室の重い沈黙を、僕の一言が破った。
「まだ、手は、あります」
その場にいた全員の視線が、僕に突き刺さる。
僕の脳内にいる、あいりさえも、困惑しているのが分かった。
《マスター……? 全ての論理的思考は、すでに、破綻しています。これ以上のシミュレーションは、無意味です》
「ああ、そうだよ、あいり。だから、論理で戦うのは、もう、やめだ」
僕は、アシュフォード公爵に向き直った。
「公爵閣下。決勝戦、棄権する必要はありません。僕たちには、まだ、勝つための道が、一つだけ、残されています」
「……トオル殿。それは、一体……」
公爵の、訝しむような声。
無理もない。最強のAIが、さじを投げたのだ。この凡人の僕に、何ができるというのか。
僕は、机の上に、一枚の、白紙の羊皮紙を広げた。
「クロードの能力は、魔法を『模倣』し、『改竄』する力。つまり、彼の���俵は、あくまで『魔法』という、ルールの上に成り立っています」
僕は、羊皮紙の上に、一つの円を描いた。
「この円が、魔法のルールだとします。クロードは、この円の中では、神に等しい存在です。どんなに強力な魔法をぶつけても、彼は、それを自分のものにしてしまう」
僕は、円の中に、いくつかの点を描いた。
「僕とあいりがやってきたのは、この円の中で、誰よりも効率的で、強力な点を、見つけ出すことでした。しかし、クロードは、その点を見つけた瞬間に、自分のものにできてしまう。これでは、永遠に勝てません」
では、どうするのか。
僕は、円の外側に、バツ印を、力強く、書き込んだ。
「――円の外側から、攻撃すればいい」
「円の、外側……?」
エリナが、不思議そうに、呟いた。
「魔法ではない、何か。クロードの、常識と、理解の外側にある、何か。彼の、完璧なシステムが、想定していない、『バグ』となるような、一撃。それを、叩き込むんです」
僕は、僕がいた世界の、知識を、総動員していた。
プログラマーとして、僕が学んだ、ハッキングの思考。
システムのルールに従うのではなく、ルールの、穴を突く。
「例えば」
僕は、続けた。
「ただの、石ころ。あれは、魔法ですか?」
「……いや、違うな」
「では、闘技場の、床の砂。あれを、風で舞い上げて、目くらましをするのは?」
「それは、魔法とは言わん。ただの、小細工だ」
公爵の言葉に、僕は、ニヤリと笑った。
「その、小細工こそが、僕たちの、勝機です。クロードは、天才です。天才であるがゆえに、凡人の、泥臭い、悪あがきを、理解できない。彼の、完璧な魔法理論の中に、石ころや、砂埃は、存在しないんです」
僕の作戦の、骨子が見えてきたのか、公爵と、エリナの目に、光が戻り始めた。
「あいり」
僕は、脳内の相棒に、語りかける。
「お前の、その最強の計算能力を、魔法の最適化に使うのは、もうやめだ。これからは、もっと、別のことに使ってくれ」
《……別のこと、とは?》
「闘技場の、構造解析。当日の、天候、風速、湿度。観客席の、ざわめきが生み出す、空気の振動。クロード自身の、瞬きの回数、呼吸のリズム、筋肉の、微細な動き。魔法以��の、ありとあらゆる、物理的な要素。その全てを、リアルタイムで、解析し、僕に、最適解を、提示してくれ」
僕の、突拍子もない要求。
それは、あいりの、本来の能力とは、全く、違う使い方だった。
あいりは、しばらく、沈黙していた。
彼女の、超高速思考回路が、僕の、非論理的な、しかし、可能性を秘めた、作戦を、必死に、理解しようとしているのが、分かった。
そして、やがて。
《……了解、しました。マスター》
彼女の声には、再び、光が、宿っていた。
《確率、不明。結果、予測不能。ですが、そこに、可能性があるのなら。――私は、あなたの、その、愚かで、最高に、人間らしい、作戦に、乗ります》
僕たちの、本当の、反撃が、始まろうとしていた。
それは、もはや、軍師の、作戦会議ではなかった。
ただの、凡人たちが、天才に、一矢報いるための、秘密の、作戦会議だった。




