第52話:軍師の特別訓練
王立魔法大会まで、あと一ヶ月。
アシュフォード公爵家の訓練場は、かつてないほどの、熱気に包まれていた。
「――術式を、再構築します。マナの収束率を、17%向上。詠唱は、さらに、0.2秒、短縮。狙いは、あの岩の中心から、左に5センチずれた、亀裂の入っている部分です」
僕の口を通して、あいりの、超高速演算に基づいた、完璧な指示が飛ぶ。
「――Wind Cutter: Overdrive!」
アルベールが、僕が教えた、新たな詠唱を叫ぶ。
すると、彼の指先から放たれた風の刃は、以前とは、比べ物にならないほどの、速度と、鋭さで、訓練用の巨大な岩に、叩きつけられた。
スパァァァン!
耳をつんざくような、甲高い音と共に、巨大な岩が、まるで、豆腐のように、真っ二つに、切断された。
その断面は、鏡のように、滑らかだった。
「……こ、これが……私の、魔法……?」
アルベールは、自分の手を見つめ、信じられないといった様子で、呆然と呟いた。
彼のプライドは、完全に、打ち砕かれていた。しかし、その代わりに、彼の心には、魔術師としての、新たな探求心と、僕への、絶対的な信頼が、芽生えていた。
「素晴らしい。完璧です、アルベール殿」
僕がそう言うと、彼は、ハッとして、僕に、深々と頭を下げた。
「トオル軍師殿……。私は、今まで、何と、浅はかだったことか……。このご恩は、必ずや、大会での優勝という形で、お返しいたします」
彼の態度は、以前の、刺々しいものが、嘘のようだった。
訓練は、エリナに対しても、同様に行われた。
「エリナ、次の対戦相手は、おそらく、ゼノス派の騎士団長、バルガスだろう。彼の得意技は、大剣による、力任せの、一撃必殺の斬撃だ」
僕の視界には、あいりが、公爵の情報網から集めた、バルガス騎士団長の、過去の試合データが、再生されている。
《彼の剣筋、踏み込みの角度、呼吸のリズム。全て、パターン化されています。その、0.3秒の、予備動作の隙を突けば、カウンターは、十分に可能です》
「君が、狙うべきは、彼の、右膝。僕が、合図を送ったら、迷わず、飛び込め」
「はい、トオル様!」
エリナは、僕の指示通り、木人を、バルガス騎士団長に見立て、何度も、何度も、カウンターの練習を繰り返す。
その動きは、日に日に、洗練され、無駄がなくなっていく。
僕は、二人の、目覚ましい成長を、目の当たりにしながら、一人、複雑な心境を、抱えていた。
すごいのは、僕じゃない。あいりだ。
僕は、ただ、彼女の言葉を、伝えているだけの、操り人形に過ぎない。
この、罪悪感と、疎外感は、いつまで、続くのだろうか。
その夜、僕は、自室で、あいりと、大会の、最終的な戦略を、練っていた。
《マスター、ゼノス宰相側の、魔法部門の出場者が、判明しました》
あいりの声が、僕の思考を、中断させる。
僕の視界に、一人の、若い男の、肖像画が表示された。
《彼の名前は、クロード。表向きは、宮廷魔術師ですが、その正体は、ゼノス宰相の、秘密の弟子。そして、おそらくは……》
あいりは、そこで、一度、言葉を切った。
《――黒い月商会で、我々を罠にかけた、もう一人の『軍師』です》
その言葉に、僕は、息を呑んだ。
あの、僕とあいりを、完全に、出し抜いた、宿敵。
そいつが、大会に、選手として、出てくるというのか。
《彼が、どのような魔法を使ってくるか、データは、一切ありません。我々の、最適化された魔法も、彼には、通用しない可能性があります》
あいりの声には、明確な、警戒の色が、含まれていた。
「……面白いじゃないか」
僕の口から、思わず、そんな言葉が、漏れた。
「受けて立とうじゃないか。軍師、対、軍師。どっちの、頭脳が、上か。白黒、はっきり、つけてやろうぜ」
それは、僕自身の、心の底からの、言葉だった。
AIの力だけじゃない。僕の、意志の力で、奴に、勝つ。
僕の、初めての、挑戦が、始まろうとしていた。




