第47話:黒い月商会への潜入
三日後の夜。王都は、深い闇に包まれていた。
僕とエリナは、黒い服に身を包み、アシュフォード公爵が用意した、隠れ家の一室にいた。
目の前には、あいりが作成した、「黒い月」商会の、完璧な立体見取り図が、浮かび上がっている。
「作戦を、最終確認する」
僕は、軍師として、エリナに、最後の指示を与える。
「商会の警備は、厳重だ。しかし、あいりの予測によれば、深夜2時、警備が最も手薄になる、15分間の空白時間が存在する。僕たちは、その隙を突いて、屋上から侵入する」
僕の視界には、警備兵の巡回ルート、監視魔道具の死角、その全てが、リアルタイムで表示されている。
「エリナ、君は、僕の護衛と、万が一の時の、戦闘を担当してくれ。僕は、商会の最深部にある、金庫室を目指す。お目当ての『取引記録』は、そこにあるはずだ」
「承知いたしました。トオル様の、お側は、片時も離れません」
エリナは、力強く頷いた。
その瞳には、僕への、絶対的な信頼が宿っている。
僕たちは、夜の闇に紛れ、音もなく、商会の屋上へとたどり着いた。
あいりのナビゲートは、完璧だった。
まるで、空気になったかのように、僕たちは、誰にも気づかれずに、目的地へと到達した。
屋上から、特殊な鉤縄を使い、商会の内部へと侵入する。
中は、静まり返っていた。
しかし、その静寂が、逆に、僕たちの緊張を煽る。
《マスター、前方、通路の角を、警備兵が一人、こちらに向かってきています。遭遇まで、あと12秒》
あいりの警告に、僕たちは、近くの物陰に、身を隠す。
やがて、足音が近づいてきて、そして、遠ざかっていく。
「はぁ……」
僕は、安堵のため息を、必死に飲み込んだ。
心臓が、張り裂けそうだ。
僕たちは、あいりの完璧なナビゲーションに従い、迷路のような商会の内部を、進んでいく。
いくつもの、罠や、警報装置。
しかし、その全てを、僕たちは、事前に察知し、回避していった。
そして、ついに、僕たちは、最深部にある、巨大な鉄の扉の前に、たどり着いた。
金庫室だ。
「この扉、どうやって……」
エリナが、息を呑む。
扉には、物理的な鍵だけでなく、複雑な、魔力によるロックが、何重にも、かけられていた。
《ご安心を、マスター。この程度のロック、私にとっては、子供のパズルにもなりません》
あいりは、自信満々に言った。
《私が、魔力ロックの構造をハッキングし、無力化します。マスターは、私が指示する通りに、扉のパネルに、微量のマナを流し込んでください》
僕は、あいりの指示に従い、震える手で、扉のパネルに触れる。
そして、あいりが示す、複雑なパターン通りに、マナを流し込んでいく。
すると、カチリ、という、小さな音がして、あれほど厳重だったロックが、いとも容易く、解除された。
「……信じられない」
エリナは、目の前の光景が信じられないといった様子で、ただ、呆然と呟いた。
僕たちは、金庫室の中へと、足を踏み入れる。
そこには、金銀財宝が、山のように、積まれていた。
しかし、僕たちの目的は、そんなものではない。
金庫室の、一番奥。
ひときわ厳重に保管された、一つの、黒い革の帳簿。
《マスター、あれです。あれが、ゼノス宰相の、息の根を止める、証拠です》
僕が、その帳簿に、手を伸ばそうとした、その瞬間。
ジリリリリリリリリッ!
けたたましい警報音が、商会全体に、鳴り響いた。
「なっ……!?」
どうして!? あいりのナビゲートは、完璧だったはずだ!
《……やられました、マスター!》
あいりの声に、初めて、焦りの色が浮かんでいた。
《これは、罠です! 我々が、金庫室に侵入すること自体が、敵の、罠だったのです!》
次の瞬間、金庫室の鉄の扉が、轟音と共に、閉ざされた。
僕たちは、完全に、袋のネズミだった。




