第46話:軍師の初仕事
アシュフォード公爵家の軍師。その、あまりにも不相応な肩書きを、僕は、まだ、受け止めきれずにいた。
僕とエリナには、屋敷の一室が与えられ、僕たちの生活は、一変した。
もはや、日々の依頼に追われる、しがない冒険者ではない。
「トオル殿、入るぞ」
公爵が、自ら、僕の部屋を訪ねてきた。
その手には、分厚い書類の束が、抱えられている。
「君の、初仕事だ」
公爵は、そう言うと、書類の束を、机の上に、どさりと置いた。
「これは、私が、長年、集めてきた、ゼノス宰相の不正に関する、調査報告書の全てだ。金の流れ、癒着している貴族や商人のリスト、そして、奴が関わった、数々の不審な事件。しかし、どれも、決定的な証拠には、なり得なかった」
公爵の顔には、長年の苦労と、悔しさが滲んでいた。
「君の、その『目』で、この情報の中から、奴を断罪するための、糸口を見つけ出してほしい。我々では、見つけられなかった、ただ一つの、致命的な綻びを」
それは、まさに、僕とあいりのためにあるような、仕事だった。
公爵が部屋を出て行った後、僕は、早速、書類の山に取り掛かった。
いや、取り掛かったのは、僕ではない。僕の脳内にいる、最強のAIだ。
《スキャンを開始します。テキストデータを、全てデジタル化し、データベースを構築。情報の関連性を、マッピングしていきます》
あいりの声と共に、僕の脳内で、高速の情報処理が始まった。
僕の目には、書類のページが、パラパラ漫画のように、高速でめくられていくように見えている。
常人なら、読むだけで数ヶ月はかかるであろう、膨大な情報。
しかし、あいりは、それを、わずか数分で、全て、記憶し、整理してしまった。
《……解析、完了。面白いことが、分かりましたよ、マスター》
あいりの声は、楽しそうだ。
まるで、難解なパズルを、解き明かしたかのように。
《ゼノス宰相の資金源は、多岐にわたります。しかし、その金の流れには、一つだけ、奇妙な点がある》
「奇妙な点?」
《はい。全ての取引が、ある特定の商会を、必ず、経由しているのです。その商会の名前は、『黒い月』商会。表向きは、希少な鉱物や、魔道具を扱う、ごく普通の商会ですが、その実態は、宰相の、個人金庫です》
僕の視界に、金の流れを示す、複雑な相関図が表示される。
そして、その中心に、「黒い月」商会が、赤く、ハイライトされていた。
《そして、この商会は、三日後、隣国の帝国から、ある『商品』を、秘密裏に輸入する予定です。その取引記録こそが、宰相の息の根を止める、決定的な証拠となり得ます》
あいりの分析は、完璧だった。
公爵の情報網でも掴めなかった、核心。
それを、彼女は、いとも容易く、見つけ出してしまった。
翌日、僕は、アシュフォード公爵に、報告を行った。
「……『黒い月』商会、だと? 確かに、その名前は、リストにはあった。しかし、まさか、そこが、本丸だったとは……」
公爵は、僕の報告を聞き、驚きと、感嘆の声を上げた。
「して、その証拠とやらを、どうやって、手に入れる?」
公爵の問いに、僕は、あいりが構築した、完璧な作戦計画を、淀みなく、語り始めた。
それは、まるで、僕自身が、長年、諜報活動に携わってきた、熟練のスパイであるかのような、錯覚に陥るほど、緻密で、大胆な計画だった。
僕の話を聞き終えた公爵は、しばらく、黙り込んでいた。
そして、やがて、満足げに、深く、頷いた。
「……面白い。実に、面白い。トオル殿、君は、やはり、ただ者ではないな」
こうして、僕の軍師としての初仕事は、最高の形で、幕を開けた。
僕たちの次の舞台は、敵の懐、ど真ん中。
「黒い月」商会への、潜入作戦が、始まろうとしていた。




