第45話:公爵の謁見と軍師の誕生
アシュフォード公爵家の馬車は、僕たちを乗せ、王都の貴族街にある、壮麗な屋敷へと向かった。
昨日までの、死と隣り合わせの冒険が、まるで嘘だったかのような、静かで、優雅な世界。
しかし、僕の心は、少しも休まらなかった。
《マスター、アシュフォード公爵は、王国の穏健派の筆頭。ゼノス宰相の最大の政敵です。彼との謁見は、我々の今後の運命を大きく左右します。発言は、慎重に》
あいりの警告に、僕は、ゴクリと喉を鳴らす。
屋敷の奥、豪華な調度品が並ぶ、謁見の間。
そこに、アシュフォード公爵は、座っていた。
歳は、50代ほどだろうか。白髪混じりの髪を、きっちりと整え、その鋭い瞳は、まるで、全てを見透かしているかのように、僕を、まっすぐに射抜いていた。
彼の隣には、心配そうな顔で、リリアーナ嬢が控えている。
「トオル殿、エリナ嬢。よくぞ、来てくれた」
公爵の、低く、しかし、よく通る声が、部屋に響く。
「単刀直入に聞こう。昨日の、廃教会の崩落事件。あれは、君たちの仕業だな?」
その言葉に、エリナが、息を呑んだ。
僕は、動揺を悟られまいと、必死に、平静を装う。
「……何故、そう思われますか?」
僕の問いに、公爵は、ふっと、口の端を吊り上げた。
「私の情報網を、甘く見ないでいただきたい。あの日、あの時間、あの場所に、君たち以外の、不審な動きはなかった。そして何より、私の娘、リリアーナが、君たちを、心から信頼している。彼女が信じる者を、私も信じよう」
公爵は、そこで一度、言葉を切ると、その鋭い瞳で、再び、僕を見据えた。
「私は、君が、何者で、どんな力を持っているのか、それを問うつもりはない。私が聞きたいのは、ただ一つ。なぜ、あのような、大それたことをしたのか、その理由だ」
試されている。
僕の、覚悟を。
《マスター、ここは、正直に、しかし、計算して話すべきです》
あいりのナビゲートに従い、僕は、口を開いた。
「……ゼノス宰相が、あの遺跡に眠る『災厄』を、解き放とうとしていることを、突き止めたからです。もし、あれが解放されれば、この王都は、火の海と化していたでしょう。僕は、それを、未然に防ぎたかった。ただ、それだけです」
僕の言葉に、公爵は、驚いたように、目を見開いた。
そして、やがて、その表情は、深い感心へと変わっていった。
「……そうか。君は、そこまで、知っていたのか」
公爵は、大きく、ため息をついた。
「私も、長年、ゼノスの不正を調査してきた。奴が、古代の遺物に手を出していることも、掴んでいた。しかし、これほど、計画が進行していたとは……。君のおかげで、最悪の事態は、免れた。礼を言う」
公爵は、僕に、深々と頭を下げた。
その隣で、リリアーナ嬢も、安堵の表情を浮かべている。
そして、公爵は、顔を上げると、僕に、一つの提案を持ちかけた。
「トオル殿。君の、その卓越した情報収集能力と、的確な判断力。それを、私のために、貸してはくれまいか」
「……と、申しますと?」
「君を、アシュフォード公爵家付きの、正式な『軍師』として、迎え入れたい。ゼノスを、この国から排除するための、私の、右腕として」
軍師。
その言葉の重みに、僕は、息を呑んだ。
《マスター、この提案、受けるべきです。公爵の庇護下に入れば、宰相からの追手から、身を守ることができます。そして、彼の持つ情報網と、権力を使えば、我々の目的を、より、有利に進めることが可能です》
あいりの分析は、いつも通り、合理的だ。
断る理由は、ない。
「……謹んで、お受けいたします。この身、アシュフォード公爵のために」
僕がそう言うと、公爵は、満足げに、頷いた。
こうして、僕は、ただの冒険者から、一気に、公爵家お抱えの軍師へと、成り上がった。
僕の意思とは、全く関係なく。
僕とあいりの物語は、もはや、僕たちだけのものではなくなった。
王国の運命を賭けた、巨大なチェス盤の上で、僕たちは、ゼノス宰相という、最強の敵と、対峙することになる。
凡人の僕と、最強のAI。その、本当の力が、今、試されようとしていた。




