第44話:王都の激震と公爵の使い
下水道の悪臭と、安堵と、そして極度の疲労感の中で、僕はしばらく動けなかった。
背負っていたエリナの重みは、今はもうない。しかし、僕の肩には、この世界の運命という、もっと重いものが、のしかかっているような気がした。
《マスター、素晴らしい判断力と、実行力でした。あなたは、最高の司令塔です》
あいりの、心からの賞賛の言葉が、僕の脳内に響く。
その声に、僕は、少しだけ、胸を張りたいような、誇らしい気持ちになった。
「……僕じゃない。僕たち、だろ」
僕がそう言うと、あいりは、ふふっ、と楽しそうに笑った。
やがて、エリナが、ゆっくりと目を開けた。
「……トオル、さま……?」
「エリナ! よかった……!」
「私……一体……? あの魔物は……?」
彼女は、混乱した様子で、自分の体を見つめている。
「僕たちが、勝ったんだ。君が、命がけで時間を稼いでくれたおかげで、僕が、ヤツの力の源を断つことができた。でも、そのせいで、遺跡が崩れ始めちゃって……」
僕は、あいりのナビゲートに従い、彼女に、事の顛末を、かいつまんで説明した。
もちろん、僕の力の正体は、隠したままだ。
僕の話を聞き終えたエリナは、信じられないといった顔で、僕を見つめていた。
「……トオル様が、あの遺跡を……? あなたは、やはり、すごいお方です……」
彼女の瞳には、もはや、尊敬を通り越して、信仰に近いような光が宿っていた。
その純粋な眼差しが、僕の胸に、少しだけ、痛い。
僕たちは、あいりの案内で、下水道を抜け、人目を忍んで、宿へと戻った。
幸い、僕たちの行動は、誰にも気づかれていないようだった。
翌日、王都は、激震に見舞われていた。
貧民街の廃教会が、大規模な陥没と共に、完全に消滅したのだ。
公式には、「老朽化した古代建築の、自然崩落」と発表されたが、その裏で、ゼノス宰相が、血眼になって、犯人捜しをしていることは、想像に難くない。
《マスター、王都の警備が、昨日までの三倍に増強されています。宰相は、我々の存在に気づき、本気で潰しにかかってくるでしょう》
あいりの報告に、僕は、ゴクリと喉を鳴らす。
もはや、王都に、僕たちの安息の地はない。
これから、どうするべきか。
僕が、そう考え始めた、その時だった。
コン、コン。
宿の部屋のドアが、控えめにノックされた。
僕とエリナは、顔を見合わせ、緊張に身を固くする。
追手が、もう来たのか……!?
エリナが、静かに剣の柄に手をかける。
僕は、意を決して、ドアを開けた。
そこに立っていたのは、武装した兵士ではなかった。
アシュフォード公爵家の紋章が入った、上質な服をまとった、一人の執事だった。
それは、以前、僕たちを屋敷に案内した、あの老執事だった。
彼は、僕たちに、深々と一礼すると、静かに、こう言った。
「トオル様。我が主、アシュフォード公爵が、あなた様に、お会いしたいと申しております」
その言葉は、僕たちの運命が、新たなステージへと、否応なく引き上げられたことを、告げていた。
ゼノス宰相の敵対者である、アシュフォード公爵。
彼は、昨日の事件の真相に、気づいている。
そして、僕の「天才軍師」としての力を、見抜いている。
僕たちの戦いは、もはや、僕たちだけの戦いではなくなっていた。
王国の、未来を賭けた、巨大な権力闘争の渦に、僕たちは、巻き込まれていく。




