第43話:崩れゆく遺跡からの脱出
「マスター、急いでください! この遺跡は、あと5分で完全に崩壊します!」
あいりの、かつてないほど切羽詰まった声が、僕の脳内に響き渡る。
天井からは、巨大な岩が、雨のように降り注ぎ、床には、亀裂が走っていく。
「くそっ!」
僕は、意識を失っているエリナを、必死に背負い上げた。
軽かった。こんなに華奢な体で、僕を、この世界を守ろうとしてくれていたんだ。
「絶対に、死なせない……!」
僕は、自分に言い聞かせるように、呟いた。
《マスター、生存確率が最も高い脱出ルートを算出しました! 私のナビゲートを信じて、全力で走ってください!》
僕の視界に、崩れゆく遺跡のマップと、光り輝く一本の道筋が表示される。
それは、僕たちが入ってきたルートとは、全く別の、未知の通路だった。
「行くぞ、あいり!」
僕は、エリナを背負い、走り出した。
背後では、轟音と共に、祭壇のあった広間が、完全に崩落していく。
「――3秒後、右に曲がります! 壁が崩れてきますので、姿勢を低く!」
あいりの指示通りに、僕は身を屈めながら、角を曲がる。
その直後、僕たちがさっきまでいた通路が、瓦礫で完全に埋め尽くされた。
「はぁっ、はぁっ……!」
息が、上がる。肺が、痛い。
エリナを背負った体は、鉛のように重い。
もう、一歩も、動きたくない。
《マスター、弱音を吐いている場合ではありません! あなたの心拍数、血圧、全て私が管理しています。まだ、限界ではありません!》
あいりの叱咤激励が、僕の折れそうな心を、無理やり奮い立たせる。
そうだ。僕が、諦めてどうする。
僕たちは、迷路のような通路を、ただ、ひたすらに駆け抜けた。
あいりのナビゲーションは、神がかり的だった。
崩れ落ちる床を飛び越え、迫りくる瓦礫の波をすり抜け、僕たちは、奇跡的に、出口へと向かっていく。
そして、ついに、前方から、外の光が、見えてきた。
「出口だ!」
僕が、最後の力を振り絞って、その光に向かって駆け込もうとした、その時。
《――マスター、待ってください!》
あいりの、鋭い声が、僕を制止した。
《出口の先に、複数の人間の反応を感知。装備から判断して、ゼノス宰相の私兵です!》
見ると、僕たちが入ってきた、あの廃教会の入り口に、武装した兵士たちが集結しているのが見えた。
彼らは、僕たちが、遺跡の中で死んだと思っているのか、あるいは、生き残りが出てくるのを、待ち構えているのか。
「どうするんだ、あいり!?」
《ご安心を。彼らが塞いでいるのは、正規の入り口だけ。私が発見したのは、古代文明が、緊急時用に作った、隠し通路です》
あいりは、僕の視界に、別のルートを表示した。
それは、壁の、一見、何でもないような場所に、繋がっていた。
僕たちは、息を殺し、その隠し通路へと滑り込む。
そして、僕たちが、完全に通路を抜けた、その瞬間。
ドドドドドドドド……!
地響きと共に、廃教会そのものが、完全に、崩落した。
もうもうと立ち上る土煙が、全てを飲み込んでいく。
ゼノス宰相の兵士たちも、慌ててその場から退避しているのが見えた。
僕たちは、王都の下水道の一角に、転がり出ていた。
悪臭が鼻をつくが、今は、そんなことを気にしている場合じゃない。
僕は、エリナを、そっと地面に横たえる。
そして、僕自身も、その場に、へたり込んだ。
助かった。
僕たちは、生き残ったんだ。
僕は、意識を失ったまま、穏やかな寝息を立てるエリナの顔を見つめた。
その頬についた、泥を、そっと拭ってやる。
僕たちの戦いは、終わった。
しかし、それは、ゼノス宰相との、全面戦争の始まりを、意味していた。




