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第35話:社交界の罠と軍師の機転

リリアーナ嬢の護衛として、僕たちは王都の社交界に深く関わるようになっていた。

きらびやかなシャンデリアが輝く舞踏会の会場。優雅な音楽が流れ、着飾った貴族たちが、笑顔の仮面を被って談笑している。

しかし、その裏では、嫉妬と陰謀が渦巻いていた。


「トオル様、あちらのテーブルの男たち、リリアーナ様を不躾な目で見ています」

僕の隣で、護衛として控えているエリナが、小声で囁く。

彼女は、美しいドレスに身を包んでいるが、その手は、いつでも剣を抜けるように、腰のレイピアに添えられていた。


《マスター、エリナの言う通りです。彼らはゼノス宰相派の者たち。リリアーナ嬢を陥れるための、新たな罠を仕掛けてくる可能性が高いです》


あいりの警告が、僕の脳内に響く。

僕の視界には、会場の見取り図と、要注意人物のリストが、リアルタイムで表示されていた。

まるで、スパイ映画の主人公にでもなった気分だ。


案の定、一人の若い貴族が、リリアーナ嬢に近づいてきた。

彼は、甘い言葉で彼女をダンスに誘う。


「リリアーナ様、今宵のあなたは、まるで夜空に輝く月のようです。一曲、お相手いただけませんか?」

リリアーナ嬢は、困ったような顔で僕を見た。

彼女は、この男が、ゼノス宰相の息のかかった人物であることを知っている。


《マスター、この誘いを断れば、彼らはそれを口実に、アシュフォード公爵家の無礼を吹聴するでしょう。しかし、受ければ、ダンスの最中に、何らかの形で彼女に恥をかかせるつもりです。例えば、わざとドレスの裾を踏みつけ、転倒させる、など》


あいりの予測は、いつもながら的確だ。

どちらに転んでも、面倒なことになる。


「どうすればいい、あいり?」

《ご安心を。この状況を逆手に取り、逆に彼らの面目を潰すための策があります》


あいりの声は、自信に満ちている。

僕は、彼女の策を信じることにした。


「リリアーナ様、彼の申し出、お受けなさい。何も、心配はいりません」

僕の言葉に、リリアーナ嬢は、驚いたような顔をしたが、すぐに、僕を信頼して、こくりと頷いた。


リリアーナ嬢と若い貴族が、ダンスフロアの中央へと進み出る。

音楽が始まり、二人は、ゆっくりと踊り始めた。

僕は、エリナと共に、その様子を注意深く見守る。


《マスター、来ます。3秒後、男はリリアーナ嬢の右足のドレスの裾を踏みつけます》


あいりのカウントダウンが、僕の脳内で始まる。

3、2、1……。


「――今です!」


僕は、近くにいた給仕のトレーを、そっと足で蹴り上げた。

トレーは、絶妙な角度で宙を舞い、その上に乗っていたグラスが、ダンスフロアへと滑り落ちる。

そして、そのグラスは、まるで計算されたかのように、若い貴族の足元へと転がっていった。


「うわっ!?」


若い貴族は、グラスに足を取られ、無様に転倒した。

リリアーナ嬢は、僕の事前の指示通り、完璧なタイミングでステップを踏み、その転倒を優雅に回避する。


会場は、一瞬、静まり返った。

そして、次の瞬間、あちこちから、クスクスという笑い声が漏れ始めた。

若い貴族は、顔を真っ赤にして、その場にうずくまっている。


「あら、大変。足元が、お留守だったようですわね」

リリアーナ嬢は、扇子で口元を隠しながら、完璧な淑女の笑みで、そう言った。

その瞳には、僕への感謝と、いたずらっぽい光が宿っていた。


こうして、僕たちは、あいりの機転によって、またしても、ゼノス宰相派の陰謀を打ち砕いた。

しかし、これは、ほんの序章に過ぎない。

彼らの嫌がらせは、ますます、陰湿で、巧妙なものになっていくだろう。


そして、僕の「天才軍師」としての評判は、王都の社交界でも、良くも悪くも、広まっていくことになるのだった。

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