第29話:巨大な影と共闘
ドォォォォン!
地響きと共に、森の木々がなぎ倒される。
土煙の中から現れたのは、体長10メートルを超える、巨大な猪のような魔物だった。
その牙は、鋭く、まるで鋼鉄の槍のようだ。
全身を覆う毛は、岩のように硬く、その目には、純粋な破壊衝動が宿っている。
「ロックピッグ……!」
エリナが、息を呑む。
僕の視界には、あいりからの情報が表示されていた。
【名称】ロックピッグ
【種族】獣型魔物
【レベル】20
【特徴】非常に高い防御力と攻撃力を持つ。突進攻撃は、岩をも砕く。
《マスター、危険です! ロックピッグは、この地域の生態系の頂点に立つ存在。通常の冒険者パーティでは、討伐は困難です!》
あいりの声には、明確な焦りが含まれていた。
双頭の竜ほどではないにしても、このロックピッグも、僕たちにとっては、規格外の強敵だ。
「お前たち、運がなかったな! こいつは、俺の『相棒』だ! どんな攻撃も通じねえ、最強の盾だぜ!」
盗賊団のリーダーが、高笑いする。
彼の顔の火傷は、まだ痛々しいが、その目には、確かな自信が宿っていた。
「くそっ……!」
僕のMPは、残りわずか。
エリナも、盗賊たちとの戦いで、疲労が蓄積している。
この状況で、あのロックピッグを相手にするのは、あまりにも無謀だ。
《マスター、緊急提案です。この状況を打開するには、一時的な共闘が必要です》
「共闘? 誰とだ?」
《商隊の護衛冒険者たちです。彼らは、Dランクとはいえ、経験豊富な戦士。彼らの力を借りれば、ロックピッグを足止めし、脱出する隙を作ることが可能です》
あいりの提案は、合理的だった。
僕は、商隊の護衛冒険者たちに、声をかけた。
「皆さん! あの魔物は、僕たちだけでは倒せません! 力を貸してください! 必ず、生きてここから脱出しましょう!」
僕の言葉に、護衛冒険者たちは、一瞬、戸惑ったような顔をした。
彼らは、僕たちの実力を知っている。
しかし、目の前のロックピッグは、彼らの想像をはるかに超える存在だ。
「……わかった! やるぞ!」
護衛冒険者の一人が、意を決したように叫んだ。
他の二人も、それに続く。
「よし! エリナ、君はロックピッグの注意を引きつけろ! 護衛の皆さんは、側面から攻撃を! 僕は、援護する!」
「承知いたしました!」
「おう!」
エリナと護衛冒険者たちが、ロックピッグに向かって突進していく。
ロックピッグは、その巨体で、彼らを迎え撃つ。
その突進は、まさに破壊の権化。
護衛冒険者の一人が、その突進をまともに受け、吹き飛ばされる。
「くそっ……!」
僕は、杖を構える。
MPは、残り「1」。
使える魔法は、『灯り(アクティベート・フォトン)』だけだ。
《マスター、ロックピッグの弱点は、鼻の付け根です。そこを狙って、光を放ってください。一時的に、動きを止めることが可能です》
あいりの指示に従い、僕は、ロックピッグの鼻の付け根に照準を合わせる。
そして、最後のMPを絞り出し、光を放った。
「――Activate:Photon!」
僕の杖の先から放たれた光は、ロックピッグの鼻の付け根に命中した。
ロックピッグは、一瞬、動きを止める。
その隙を、エリナが逃すはずがない。
彼女は、ロックピッグの側面へと回り込み、その剣を、脇腹へと突き刺した。
「グギャアアアアッ!」
ロックピッグが、苦痛の叫びを上げる。
しかし、その甲羅は硬く、エリナの剣は、浅く突き刺さっただけだった。
「くそっ、硬い!」
「エリナ、無理をするな! 撤退だ!」
僕は、エリナに叫んだ。
ロックピッグは、再び、僕たちに意識を向け、突進してくる。
その目は、怒りに燃えている。
《マスター、脱出ルートを確保しました。このまま、森の奥へと逃げてください。商隊は、諦めるしかありません》
あいりの声が、僕の脳内に響く。
商隊を、見捨てろ、と。
僕は、一瞬、ためらった。
しかし、僕の脳裏に、あの双頭の竜との戦いが、フラッシュバックする。
あの時、僕は、エリナを見捨てなかった。
そして、僕自身の意志で、状況を打開した。
「あいり、まだだ! まだ、諦めるな!」
《しかし、マスター!》
「何か、他に手はないのか!? この状況を、ひっくり返す方法は!」
僕の言葉に、あいりは、沈黙した。
彼女の思考回路が、フル回転しているのが分かる。
その時、僕の視界に、エリナのペンダントが、淡く光っているのが見えた。
あの時、僕たちを救った、あの不思議な光。
「あいり! エリナのペンダントだ! あれは、一体何なんだ!?」
《……! マスター、そのペンダントは、この世界の根源的なエネルギーと共鳴しています。もし、その力を、意図的に引き出すことができれば……》
あいりの声が、途切れる。
彼女は、何かを、計算している。
「エリナ! そのペンダントの力を使えるか!?」
僕は、エリナに叫んだ。
エリナは、僕の言葉に、驚いたような顔をした。
「この子の、力……? でも、私には、どうすれば……」
「信じろ! 君ならできる!」
僕の言葉に、エリナは、ペンダントを握りしめ、目を閉じた。
その体から、淡い光が、溢れ出す。
《マスター、今です! エリナのペンダントから放たれるエネルギーを、私が制御します! 詠唱は『Energy Burst』!》
「――Energy Burst!」
僕の叫びと共に、エリナのペンダントから、強烈な光が放たれた。
それは、ロックピッグを包み込み、その巨体を、吹き飛ばした。
ドォォォォン!
ロックピッグは、悲鳴を上げ、森の奥へと吹き飛ばされていく。
盗賊団のリーダーも、その光に巻き込まれ、意識を失って倒れている。
静寂が、森に訪れる。
僕たちは、再び、生き残った。
エリナは、ペンダントを握りしめたまま、その場にへたり込んでいる。
その顔は、青白いが、その瞳には、確かな光が宿っていた。
「……トオル様……私、今、何が……?」
「君が、やったんだ、エリナ。君の、ペンダントの力が、僕たちを救ってくれたんだ」
僕は、エリナの肩を抱き、そう言った。
あいりの声は、まだ、聞こえない。
彼女は、今、エリナのペンダントの力を、必死に解析しているのだろう。
僕たちの旅は、まだ、終わらない。
そして、この世界には、僕たちの知らない、もっと大きな力が、隠されている。
そんな予感が、僕の胸を、支配していた。
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