第22話:AIの自己進化とエリナの秘密
《――まだ、諦めるのは早いですよ》
あいりの、自信に満ちた声。
僕は、その声に、ハッとして顔を上げた。
「どういうことだ、あいり……。エリナは、もう……」
《いいえ。彼女の生命活動は、まだ、完全には停止していません。そして、我々の手元には、彼女を救うための、唯一の切り札が残されています》
切り札?
僕の脳裏に、洞窟で手に入れた、あのアイテムが浮かんだ。
「……竜胆花か!」
《その通りです。竜胆花は、強力な治癒効果を持つ、伝説級の薬草。しかし、そのままでは効果は薄い。最も効率的にその薬効を引き出すには、適切な調合が必要です》
僕の視界に、エリナの体の三次元モデルと、彼女の負傷状況を示す、詳細なデータが表示される。
全身の火傷、内臓の損傷、出血……。
目を覆いたくなるような、悲惨な状態だ。
《彼女の傷を癒すには、竜胆花を、他の薬草と組み合わせ、ポーションとして精製する必要があります。幸い、この周辺には、必要な薬草が自生しています。私が、ナビゲートします》
あいりの指示に従い、僕は、近くの森を駆け回った。
今まで、見向きもしなかった、ただの雑草。
しかし、あいりの目にかかれば、それらは全て、エリナの命を救うための、貴重な材料に見えた。
数十分後、僕は、必要な薬草を全て集め、エリナの元へと戻った。
《では、これより、ポーションの精製を開始します。マスター、私の言う通りに、薬草を調合してください。分量、手順、一瞬の誤差も許されません》
僕は、ゴクリと喉を鳴らし、あいりの指示に、全神経を集中させた。
石で薬草をすり潰し、葉の上の朝露と混ぜ合わせ、竜胆花の花弁を、一枚ずつ、慎重に加えていく。
その作業は、まるで、精密機械を組み立てるかのように、緻密で、正確さを要求された。
そして、ついに、淡い光を放つ、一滴の液体が完成した。
これが、僕たちが作り出した、奇跡の雫。
僕は、その雫を、エリナの唇に、そっと垂らした。
雫は、彼女の体の中に、ゆっくりと、吸い込まれていく。
すると、信じられないことが起きた。
エリナの全身の火傷が、みるみるうちに、癒えていく。
青白かった顔に、血の気が戻り、浅かった呼吸が、穏やかな寝息へと変わっていく。
「……すごい」
僕は、目の前の光景が信じられず、ただ、呆然と呟いた。
AIの知識が、一人の人間の命を、死の淵から救い出したのだ。
《……ふぅ。間に合いましたね》
あいりの声には、安堵の色が滲んでいた。
《しかし、今回の件は、私にとっても、大きな教訓となりました》
「教訓?」
《はい。私の予測能力には、まだ、限界がある。未知の脅威に対応するためには、より多くのデータと、より高度な思考アルゴリズムが必要です。あの『設計図』の解析を、急がなくてはなりません》
あいりは、洞窟で手に入れた、あの謎の本のことを言っているのだろう。
彼女は、この敗北を糧に、さらなる進化を遂げようとしていた。
その時、僕の腕の中で、エリナが、ゆっくりと目を開けた。
「……トオル、さま……?」
「エリナ! よかった……! 本当に、よかった……!」
僕は、心の底から、安堵の声を上げた。
エリナは、状況が理解できないといった様子で、自分の体を見つめている。
あれほど酷かった火傷は、跡形もなく消え去っていた。
「私……一体……?」
「竜胆花のおかげだよ。君を、助けてくれたんだ」
僕は、そう言って、誤魔化した。
まさか、僕が、即席のポーションを作ったなどとは、言えるはずもない。
エリナは、僕の言葉に、こくりと頷くと、おもむろに、自分の胸元に手を当てた。
そして、服の下から、一つのペンダントを取り出した。
それは、美しい、青い宝石がはめ込まれた、銀のペンダントだった。
その宝石が、先ほどまでとは違い、淡い光を放っていることに、僕は気づいた。
「……この子が、私を守ってくれたみたいです。そして……」
エリナは、そこで一度、言葉を切ると、僕の目を、まっすぐに見つめた。
「……あの道を、教えてくれたのも、この子なんです」
彼女の言葉に、僕は、息を呑んだ。
あの、絶体絶命の状況で、僕たちを救った、未知の通路。
それを教えたのが、このペンダントだというのか。
僕は、エリナという少女が、ただの、没落貴族の娘ではないということを、この時、初めて、確信した。
彼女もまた、僕と同じように、何か、特別な秘密を抱えている。
僕たちの冒険は、まだ、始まったばかりだ。
そして、それは、僕が思っている以上に、複雑で、謎に満ちたものになるだろう。
そんな予感が、僕の胸を、支配していた。
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