第20話:愚か者の、最後の一手
双頭の竜が、竜胆花を食い終え、満足げに喉を鳴らした。
そして、その四つの瞳が、再び、僕たちに向けられる。
その目には、虫けらをいたぶるような、残酷な光が宿っていた。
まずい。次が来る。
今度こそ、終わりだ。
僕の体は、恐怖で石のように固まっている。
足を踏み出したはいいものの、具体的に何をするかなんて、全く考えていなかった。
ただ、エリナを見捨てたくない、その一心だけで、僕はここに立っている。
《マスター、今からでも遅くはありません。逃げてください。それが、唯一の……》
「黙れって、言っただろ……!」
僕は、あいりの言葉を遮る。
もう、お前の指示は聞かない。
僕が、僕の意志で、決めるんだ。
竜の、片方の頭が、ゆっくりと持ち上がる。
ブレスの予備動作だ。
もう、時間がない。
何か、何かできることはないのか。
この、絶望的な状況を、覆すための一手は。
僕の脳裏に、今まであいりに教わった、様々な知識が、走馬灯のように駆け巡る。
敵の弱点、効率的な戦闘方法、最適化された魔法……。
でも、どれも、目の前の「規格外」には通用しない。
(……魔法?)
そうだ、僕には、まだ魔法が残っている。
MPは、残りわずか「2」。
『火の玉』を撃つには、MPが足りない。
使えるとしたら、あれだけだ。
――『灯り(アクティベート・フォトン)』。
消費MP「1」。
ただ、光を生み出すだけの、初歩的な魔法。
何の役にも立たない、非力な魔法。
でも、本当にそうか?
《無意味です。そのような初級魔法、あの竜に通用するはずが……》
あいりの冷静な分析が、僕の思考を否定しようとする。
でも、僕は、その声を、無視した。
これしかない。
これに、賭けるしかない。
僕は、震える手で、木の杖を構えた。
そして、最後のMPを、無理やり絞り出す。
体中の血液が、逆流するような感覚。
目の前が、チカチカと点滅する。
竜の口から、灼熱の光が、漏れ始めた。
もう、間に合わないかもしれない。
でも、やるんだ。
僕は、杖の先端を、竜の顔面に、まっすぐ向けた。
狙うは、四つの眼球、その全て。
そして、僕は、叫んだ。
詠唱なんて、どうでもいい。
ただ、僕の意志を、この魔法に込める。
「光れええええええええっ!」
僕の杖の先から、光が放たれた。
それは、いつものような、優しい光ではない。
ありったけの意志を込めて、指向性を持たせた、暴力的なまでの、光の奔流。
世界が、白に染まった。
ギシャアアアアアアアアアアアアッ!?
双頭の竜が、今までとは比べ物にならないほどの、絶叫を上げた。
強烈な閃光に、その視力を、完全に焼かれたのだ。
竜は、苦痛にのたうち回り、その巨体で、洞窟の壁や天井を、手当たり次第に破壊し始めた。
轟音と、衝撃。
天井から、岩盤が崩れ落ちてくる。
洞窟が、崩壊を始めた。
僕は、その隙を突いて、倒れているエリナの元へと駆け寄った。
「エリナ! しっかりしろ!」
「……トオル、さま……?」
エリナは、か細い声で、僕の名前を呼んだ。
その瞳は、虚ろで、焦点が合っていない。
「ごめんなさい……私、もう……」
「弱音を吐くな! 絶対に、助けるから!」
僕は、彼女の体を、必死に抱きかかえる。
軽かった。
こんなに華奢な体で、僕を、守ってくれていたんだ。
状況は、何も好転していない。
むしろ、悪化している。
でも、僕は、確かに、この絶望的な状況に、一筋の光をこじ開けた。
AIの最適解ではなく、僕自身の、愚かで、非合理的な、最後の一手で。
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