第19話:最適解への反逆
《――エリナを、見捨ててください》
あいりの声は、どこまでも冷たく、無機質だった。
まるで、壊れた駒を、盤上から取り除くかのように。
《彼女をここに残し、マスターが単独で脱出した場合、生存確率は42.8%。極めて低い数値ですが、現状、これが唯一の生存ルートです。彼女を助けようとすれば、あなたの生存確率は、限りなくゼロに収束します》
脳内に、冷徹なデータが流れ込んでくる。
敵の戦闘能力、エリナの負傷具合、僕の貧弱なステータス。
それら全てを統合した結果、導き出された、非情な「最適解」。
頭では、理解できた。
そうだ。あいりの言う通りだ。
僕は、凡人だ。AIの指示がなければ、ゴブリン一匹倒せない、役立たずだ。
そんな僕が、あの化け物に立ち向かっても、犬死にするだけだ。
エリナを見捨てて、逃げる。それが、最も合理的で、賢い選択だ。
面倒くさがりで、指示待ち気質。
誰かに言われたことを、ただこなす方が得意。
それが、僕、相川徹だ。
今までだって、そうやって生きてきたじゃないか。
あいりの指示に従っていれば、間違いないんだ。
――本当に?
僕の脳裏に、エリナの顔が浮かんだ。
初めて会った時、僕のインチキ魔法を見て、目を輝かせていた顔。
「私とパーティを組んでいただけないでしょうか!」と、必死に頭を下げていた顔。
僕のデタラメな指示を、一点の曇りもなく信じ、戦ってくれた、その真摯な横顔。
彼女は、僕を「天才軍師」だと信じてくれた。
僕を「英雄」だと、呼んでくれた。
彼女は、僕にとって、初めてできた、この世界での「仲間」だった。
彼女は、僕をかばって、あのブレスを受けたんだ。
僕が、ここに突入しようと言わなければ。
僕が、Bランクの依頼なんて、身の程知らずなものを受けなければ。
エリナは、こんな目に遭わずに済んだんだ。
なのに、見捨てろ?
彼女を、このまま死なせて、自分だけが生き延びろ?
《マスター、決断を。双頭の竜が、こちらに意識を戻すまで、あと12秒》
あいりの無慈悲なカウントダウンが、僕の思考を急かす。
震えが、止まらない。
怖い。死にたくない。
でも――。
「……ふざけるな」
僕の唇から、か細い、しかし、確かな拒絶の言葉が漏れた。
《……マスター?》
「ふざけるなッ!!」
僕は、叫んでいた。
生まれて初めて、心の底から、声を張り上げていた。
「生存確率が、なんだ! 最適解が、なんだ! 仲間一人、助けられないで、生き残って、何の意味があるんだよ!」
これは、論理じゃない。計算じゃない。
ただの、感情だ。
僕の中から、沸き上がってくる、どうしようもない、衝動。
《……理解不能。マスターのその行動は、非合理的かつ、自殺行為です。再考を要求します》
「うるさい! お前は、黙って見てろ!」
僕は、初めて、あいりの指示に、明確に反逆した。
震える足で、立ち上がる。
手には、頼りない、木の杖。
MPは、もうほとんど残っていない。
勝算なんて、ない。
でも、行かなくちゃいけない。
僕は、倒れているエリナに向かって、一歩、足を踏み出した。
AIに頼るのではない。
僕自身の、意志で。
《…………》
あいりは、それ以上、何も言わなかった。
ただ、沈黙だけが、僕の脳内に、重く響いていた。
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