第16話:天才軍師の噂
翌朝、僕とエリナが冒険者ギルドに足を踏み入れると、昨日までとは明らかに空気が違っていた。
僕たちに向けられるのは、もはや嘲笑や侮蔑の視線ではない。
畏怖、驚愕、そして、ほんの少しの嫉妬が入り混じった、複雑な眼差しだった。
「おい、見ろよ……奴らだ」
「Eランクの依頼で、ロックキャンサーを仕留めたっていう、あの新人コンビか……」
「片方は、魔力ゼロの役立たずだって笑ってたのによ。とんでもない隠し玉だぜ」
冒険者たちのヒソヒソ話が、僕の耳にも届く。
どうやら、僕たちの功績は、すでにギルド中に知れ渡っているらしい。
僕たちが受付カウンターへ向かうと、昨日と同じ、栗色の髪のお姉さんが、目を丸くして駆け寄ってきた。
「トオル様、エリナ様! ご無事だったのですね! それに、ロックキャンサー討伐、お見事です! 正直、報告を聞いた時は、耳を疑いました!」
彼女は、興奮した様子でまくし立てる。
その奥から、恰幅のいい、髭面の男が現れた。ギルドマスターだ。
「お前たちが、トオルとエリナか」
ギルドマスターは、値踏みするように、僕たちを上から下まで眺めた。
その鋭い視線に、僕は思わず身を縮こませる。
「単刀直入に聞く。どうやって、ロックキャンサーを倒した? お前たちのような新人が、まともに戦って勝てる相手ではないはずだ」
その問いに、答えたのはエリナだった。
彼女は、僕の前に一歩出ると、胸を張って言った。
「すべて、トオル様の作戦通りです」
「作戦、だと?」
「はい。トオル様は、洞窟の罠の位置、敵の配置、そのすべてを完璧に見抜いておられました。そして、ロックキャンサーとの戦闘では、私に的確な指示を与え、その動きを完全に封じ込めてみせたのです。まるで、チェスの駒を動かすように」
エリナは、熱っぽく語る。
その瞳は、僕への絶対的な信頼と尊敬に満ち溢れていた。
周りで聞き耳を立てていた冒険者たちも、ゴクリと喉を鳴らす。
「……ほう。魔術師ではなく、軍師というわけか」
ギルドマスターは、腕を組み、感心したように唸った。
「なるほどな。魔力ゼロのお前が、水晶にほとんど反応しなかったのも、それが理由か。その力は、魔力ではなく、知力。常人には測れんはずだ」
完全に、勘違いが加速している。
僕は、弁解しようと口を開きかけたが、
《マスター、沈黙は金です。下手に喋れば、ボロが出ます》
あいりに、そう釘を刺されてしまった。
僕は、仕方なく、また、あの胡散臭い、曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。
その日以来、僕は、アークスの街で、こう呼ばれるようになった。
――『天才軍師』、と。
僕の意思とは全く関係なく、僕の評判は、一人歩きを始めていた。
エリナは、そんな僕を、心から誇らしげに見つめている。
その純粋な眼差しが、僕の胸に、ズシリと重くのしかかった。
僕は、いつまで、彼女を騙し続けるのだろうか。
僕とあいりの力は、本当に、万能なのだろうか。
そんな一抹の不安を抱えながらも、僕たちの冒-険者としての生活は、順風満帆なスタートを切った。
しかし、この時の僕は、まだ知らなかった。
AIの予測すら超える、本当の危機が、すぐそこまで迫っているということを。
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