第12話:ボスモンスターと司令塔
《――マスター、伏せて!》
あいりの悲鳴に近い警告に、僕の体は考えるより先に動いていた。
「エリナ、伏せろ!」
僕は、隣にいたエリナの体を、力任せに突き飛ばし、自分も床に転がり込んだ。
その直後。
ゴオオオオオッ!
僕たちがさっきまで立っていた場所を、巨大な影が猛スピードで通過していった。
それは、岩の塊だった。
いや、違う。岩に擬態した、巨大なカニのようなモンスターだ。
大きさは、軽自動車ほどもある。ハサミだけでも、人間を簡単に真っ二つにできそうだ。
「な、なんだ、あいつは……!?」
エリナが、呆然と呟く。
僕の視界には、あいりからの情報が表示されていた。
【名称】ロックキャンサー
【種族】甲殻魔物
【レベル】15
【特徴】岩石のような硬い甲羅を持つ。擬態が得意。縄張り意識が非常に強い。
《宝箱を守る、番人です。完全に意表を突かれました。私の未来予測でも、この存在は検知できませんでした……!》
あいりの声に、初めて焦りの色が浮かんでいる。
どうやら、このモンスターは、あいりの予測すら超える存在らしい。
ロックキャンサーは、僕たちを敵と認識したのか、威嚇するように巨大なハサミを打ち鳴らし、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「トオル様、お下がりください! ここは私が!」
エリナが、剣を構えて僕の前に立ちはだかる。
その背中は、頼もしいが、どこか震えているように見えた。
《マスター、状況は最悪です。相手はレベル15。エリナのレベルは12。ステータス上は、我々が不利です》
「どうすりゃいいんだよ!?」
《……いえ、まだ勝機はあります》
あいりの声が、いつもの冷静さを取り戻す。
《ロックキャンサーの甲羅は、鋼鉄以上の硬度を誇ります。エリナの剣では、まともに攻撃しても傷一つ付けられないでしょう。しかし、どんな生物にも、必ず弱点は存在する》
あいりは、そう言うと、僕の視界にロックキャンサーの三次元モデルを表示した。
そして、そのモデルの、関節部分と、目の周りが、赤くハイライトされる。
《弱点は、二つ。関節の隙間と、眼球です。しかし、どちらも的確に狙うのは至難の業。そこで――》
あいりの声が、僕の脳内に響き渡る。
それは、この絶望的な状況を覆すための、唯一の作戦だった。
「エリナ!」
僕は、彼女の背中に向かって叫んだ。
「今から僕が言う通りに動いてくれ! 君ならできる!」
「え……?」
エリナは、戸惑ったように振り返る。
無理もない。僕は、ただの役立たずの魔術師(仮)だ。
そんな僕が、百戦錬磨の剣士である彼女に、指示を出すなど、おこがましいにも程がある。
しかし、僕の目には、勝利への確信が宿っていた。
いや、宿しているように、見えたはずだ。
もちろん、その確信の根拠は、すべてあいりだが。
「信じてくれ!」
僕の真剣な声に、エリナは一瞬、目を見開いたが、やがて、こくりと頷いた。
「……わかりました。トオル様の指示を信じます」
「よし、行くぞ!」
僕は、司令塔になった。
僕の口を通して、あいりの完璧なナビゲーションが、エリナに伝えられる。
「――まず、右に三歩ステップ! ヤツのハサミを誘え!」
エリナは、僕の指示通りに動く。
ロックキャンサーの巨大なハサミが、空を切って振り下ろされた。
「そのまま懐に潜り込め! 狙うは、右の第二関節!」
エリナの剣が、閃光のように煌めく。
硬い甲羅を掠め、関節の隙間に、浅くだが、確かに突き刺さった。
「ギャアアアッ!」
ロックキャンサーが、苦痛の叫びを上げる。
「深追いはするな! すぐに後ろへ跳べ!」
エリナは、最小限の動きで、ロックキャンサーの反撃を回避する。
その動きは、まるで、精密機械のように洗練されていた。
僕の指示と、エリナの剣技。
その二つが、完璧にシンクロしていく。
僕たちは、二人で一体の、最強の冒険者になっていた。
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