第1話:異世界転移と役立たずな僕
チカチカと点滅する蛍光灯の光が、やけに目に染みた。
「相川君、ここの仕様書、明日までにお願いできるかな?」
「……はい、大丈夫です」
大丈夫なわけがない。もう三徹目だ。朦朧とする意識の中、指だけが慣性でキーボードを叩いている。僕、相川徹、28歳。ごく普通のプログラマー。趣味でAIアシスタントを作ったりもするが、あくまで趣味レベル。特別な才能なんてない。
(あ、このコード、保存してないな……)
それが、僕の最後の記憶だった。
◆ ◇ ◆
次に目を開けた時、僕の視界に広がっていたのは、見慣れたオフィスではなく、どこまでも広がる青い空と、鬱蒼と茂る森だった。
「……は?」
柔らかな草の感触。土の匂い。頬を撫でる優しい風。五感すべてが、ここが現実だと告げている。
状況が全く理解できない。誘拐? それにしては、拘束もされていないし、周りに誰もいない。
混乱する頭で必死に記憶をたどる。確か、デスクで……。
そうだ、僕は過労で意識を……死んだ?
「まさか、な」
だとしたら、ここは天国か地獄か。あるいは――。
最近流行りの、異世界転移というやつか。
だとしたら、お約束のアレがあるはずだ。
「……ステータス」
【名前】アイカワ トオル
【種族】ヒューマン
【職業】なし
【レベル】1
【HP】10/10
【MP】5/5
【筋力】8
【体力】7
【敏捷】9
【魔力】5
【スキル】なし
半信半疑で呟いてみる。すると、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。
うわ、本当に出た。
僕はウィンドウに表示された文字列を、食い入るように見つめた。
そして、天を仰いだ。
「……ひどくね?」
なんだこの、パッとしないステータスは。
この世界の平均値がどれくらいかは知らないが、明らかに低い。特に魔力に至っては壊滅的だ。MPも5しかない。火の玉一つ出せなさそうだ。
そして何より、スキルが「なし」。
チート能力は? ユニークスキルは? 神様からのギフトは?
何もない。素っ裸で異世界に放り出されただけだった。
「結局、こっちの世界でも僕は凡人以下ってことか……」
日本の会社員時代と何も変わらない。いや、むしろ悪化している。
特別な才能はなく、指示されたことをこなすだけの毎日。面倒くさがりで、主体性がない。それが僕、相川徹だ。
そんな僕が、剣と魔法の世界で生き残れるわけがない。
絶望感が全身を支配する。
もうどうにでもなれ。僕は草の上に大の字に寝転がった。
ああ、元の世界に帰りたい。締め切りに追われる方が、モンスターに食われるより百万倍マシだ。
そんな風に現実逃避をしていた、その時。
ガサッ
近くの茂みから、何かが擦れる音がした。
僕は凍り付いた。
テレビゲームで聞いたことのある、あの音。モンスターが、プレイヤーに気づかずに移動している時の……。
心臓が、嫌な音を立てて脈打ち始める。
ここが平和な日本の公園ではないことを、僕は今、ようやく実感した。
◆ ◇ ◆