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赤ずきんちゃんかもしれない

何番煎じかわかりませんが、味がする骨ガムかなと思って…。

視点が途中で交代しますが、基本的に2人だけで話しているのでさほど混乱しないで読んでいただけるといいなと思います。

「婆さんの家に行ってきておくれよ」

そう言われたのは、昼過ぎのことだった。


「体調を崩してるらしいから、これを持ってお見舞いに行ってくれ」


母が持たせたのは、パンとワイン、そして薬草の詰まった籠だった。俺は赤いフードを被せられ、「道を外れるんじゃないよ」と言われたが、どうにも気が乗らない。


祖母の家は山を一つ越えたか越えてないんだか微妙なところにある。山の麓道をぐるっと回っていってもまぁ、行けないこともないが、かなりの遠回りになる。だから、さっさと済ませるなら山登りは必須である。そのせいで大体祖母への連絡役は俺が頼まれる。庭仕事と畑仕事と薪割りと…体を鍛えるのも嫌いじゃないし、成人になったばかりではあるが筋肉はだいぶついていると自負している。猪と戦って勝ったこともある。


ただ、最も気が乗らない理由は、俺の強さでなんとかならない問題が起こるかもしれない点にある。


この山には “狼”がいるという。いや、どこの山にも大抵いるのだが。これはただの狼ではない。男を狙う、恐ろしい老婆の姿をしているという話だ。



道中、俺はなぜか何度も迷った。何回も通ったことのある道なのに。狐に化かされているのか?狼ではなく。


「……そもそも、ほんとにいるのか?」


“狼”は、男を誘惑し、精を搾り尽くして骨にするらしい。とはいえ、男たちは帰ってくる。五体満足で。骨になってないじゃないか、と、こどもの頃から思っていた。ただ、帰ってきた男たちは一様に生気を失い、精根尽き果てた顔で虚ろに笑うだけだ。何があったかデリカシーもなく被害者に聞いてみたことはあったが、遠い目をして微笑んで、首を振るばかりだったのを覚えている。


「でも、狼って言ってもただの人間だろ……?」


俺は独りごちた。

そう、たかが老婆だ。

村の爺さんたちならともかく、俺が負けるはずがない。


そう思って、森を進んだ──その時。



「……おや、かわいらしい赤ずきんちゃんじゃのお」


女の声がした。


「お前は、どこへ行くのかねぇ?」


木の陰から、何者かが俺を見ている。

年老いた老婆──老婆?老婆とは。俺は一瞬定義を考えた。


目の前に現れたのは、鋭い爪を持ち、緋色の瞳を輝かせた、美しい女だった。歳の頃はあまり俺と変わらないのではないか。

彼女は、微笑みながらのったりのったりこちらに歩いてくる。


俺は狼の牙に狙われた羊になった。


「さぁ、可愛い赤ずきんちゃん。山を越えるんだろう?このまま進むなら、気をつけることじゃ。それとも……」


獲物を見つけた狼は、舌なめずりをする。

女の赤い唇が、まるで果実のように甘美に光った。


「……わたしの餌食になるかい?」


俺は何も言えずに狼を見つめた。



☆☆☆



初仕事だった。狼としての。


…おかしい。


狼おばあから聞いた通りにメイクもしたし、セリフも言った。つけ爪もした。それなのに、目の前の男は何も言わないで硬直している。

狼おばあによると、ここまで言ったら男は泡を吹くはずだ、だからそれにつけ込んで、倒れた男から精を吸え、やり方は狼ごとに違うから自分で考えろ、って…。言ってて。おばあの嘘つき!

倒れない。泡も吹かない。どうしよう。どこかで間違えたかもしれない。頭が真っ白になった。


「おや、かわいらし…… いや、これはさっき言ったからちがう、お前は、どこに、……これも言った、……あの、あの、違うんです」


目の前の男の顔を見る余裕もなかった。


ちょっと待ってください、と言いながらわたしは腰につけた巾着からメモ帳を取り出す。昨日の夜もたくさん練習したのに。涙が出てきそうになるのを堪えてメモを読む。


「この道を、行くなら、せ、精をよこすことじゃ!」


言えた。言い切った…!


男の顔を見た。おかしい。まだ泡も吹いていないし倒れていない。…だけど、顔色が赤いし震えている。わたしの決め台詞が効いたに違いない。おばあ、嘘つきって言ってごめん。効果あったみたい。

でも、この人、大丈夫かな…?まだ真っ赤だし震えたままだし。近くにわたしの小屋があるから、そこに連れて行って休ませた方がいいのでは。


わたしはだんだん心配になってきた。



☆☆☆



「この道を、行くなら、せ、精をよこすことじゃ!」


狼は メモを読みながら そう言った。

…いや、メモを読みながら?

そんなことあるか?



俺は、緊張と衝撃で膝が震えていた。追い込まれた羊になっていたはずだ。

それもそのはず、恐ろしい狼と遭遇──のはずが、目の前の狼は涙目で必死にセリフを言っている。


老婆じゃなかったのは百歩譲るとしても、狼とかこういう存在って、もっとこう、男を手玉にとる妖艶な存在なんじゃなかったのか?色仕掛けで男を籠絡し喰らい尽くす、恐怖の存在じゃないのか?なんでこんなに初仕事感がすごいんだよ。


狼は自分の言葉を言い切ったことに満足そうな顔をして、ようやく俺を見た。しかし、固まっている俺を見て、狼の笑顔はだんだん萎んでいった。その瞬間、俺の理性がガタガタと崩れ落ちる音がした。


狼が心配そうにこちらを見つめている。

狼が、目を潤ませながら俺の顔を覗き込んでいる。

狼が、狼が、狼が──


かわいい。


おかしいだろ。

俺は今、精をよこせと言われているんだぞ。

命を吸い尽くされるかもしれないんだぞ。

それなのに、なんだこれは。

俺の方が、食べられるどころか、今すぐ狼を押し倒して喰らい尽くしたい衝動に駆られている。

これはもしかして、試されているのか?

狼の真の狡猾さとは、男に「食べたい」と思わせることなのか?

実は俺の方が仕掛けられているのか??


…違う。


この狼は恐らく、ただ本当に初心者なだけだ。

俺は、心配そうに狼狽えていた目の前の狼がそっと爪を下ろし、巾着袋の中を探りながら明らかに焦っているのを見た。邪魔だったようで右手のつけ爪をバリリと外して。多分、さっきと別のメモ帳を探している。


「えっと…、あれ、おばあが言ってた次の台詞の……メモどこ…精をよこせって言ったら、次は……あの……おどして……あ、ちょっとだけ!待っててくだ…待つのじゃ」


狼は、巾着の中のメモを パラパラと必死にめくっている。


「えーっと、違う違う、これは朝ごはんのメニュー……あれっ」


…。


……もう俺がこの狼を食べてしまってもいいんじゃないだろうか?




狼はしばらくメモ帳を探し、諦めたのか、それとも思いついたのかは分からないが、意を決したように顔を上げた。


「…とりあえず、こっちの小屋に行こうか!」


……いやいやいやいや、ちょっと待て。

俺は今まさに「喰われる側」なのに、喰われる側の男がこんなに勝った気分になっていていいのか?小屋に行ったら俺は間違いなく食われるんだろ。

なんでこんなに楽しみになってきてるんだ。もしかして、俺は狼だったのでは?


狼は、キラキラした目で俺を見つめている。


「わたしの小屋の方が、座れるし、休めるし……」


それは完全に、道端でいきなり「精をよこせ」と言い放ったことを反省している目だった。おばあに教わった方法とは違う展開になってしまって、どうしたらいいかわからなくなっているんじゃないか。


この狼、詰めが甘い。全然怖くない。


むしろ……

すごく可愛い。


………。


よし、やっぱり俺がこの狼を狩ろう。


「……じゃあ、狼さん?」


俺は、ゆっくりと自分から 狼の手を取り、俺の腕にかけさせた。狼は、びくっと肩を震わせる。俺の中の何かが、ゾクッと蠢いた。


「小屋に行こうか」


狼は、一瞬明らかに動揺した顔をして、


「う、うん……」


と、言い、俺の腕にしがみつくような形で小屋へ先導し始めた。


──勝った。この狼、俺のものにする。



☆☆☆


「あの、こっちです…じゃなくて、この小屋じゃ」


わたしは小屋のドアを開いて男の人をお通しする。

男性がこの部屋に入るなんて初めてだ。


なんだか部屋が小さく見える。違う。部屋が小さいんじゃない。この人が大きいんだ。蜜りんご4つ分くらいわたしより大きい。男の人ってこんな感じなの。


どうぞ、なのじゃ、と言うと、その人は遠慮なく進み遠慮なく寝台に腰掛けてこちらを見ている。

なんか、勝負を仕掛けられているような目。

何をどう戦ったらいいの…。


だってまさか、ここに連れてくることになるとは。思ってなくて。ほんとに、道端でちょちょっと、おばあがやってるみたいに、へそに魔法陣を描いて適量、精気をいただけたらなーなんて、思ったりしただけだったから。


でも本当は知ってる。効率的に精をもらうにはほんとは、脱いだりして、なんかしないといけないんでしょ。狼の秘伝みたいな本で読んだ。読んでドキドキした。実践はしてないけど…。でもできる。わたしはできる!狼おばあももういい年なんだから、わたしが後を継がないと。別に後継を頼まれてもないけど。よし、やるぞ。


わたしは寝台の前に丸椅子を持っていき、ゴトっと置いて男の前に座った。

目の前に壁がある。壁じゃないけど。これは人体。

改めて体格の差が浮き彫りになる。

なるけど、ここで怯えるわけにはいかない。


「お前の精を、もらいま… もらうのじゃ」


わたしは言い、男の胸元にえいやっと手を伸ばした。

ここからスムーズにボタンを外して、それでもって、エレガントに誘惑をして…ボタン…ボタンなの?これ。8の字が横になってるみたいな。見たことない形をしている。んしょ、んしょ、と外そうとするが、なかなか外れない。


夢中になっていたわたしは、いつのまにか男の太腿の上に座っていることにすら気づいていなかった。



☆☆☆



俺の太腿の上に 狼が乗っている。

もう一度言うが、狼が俺の太腿の上に乗っている。


……これは、どういう状況??



狼は一心不乱に俺のボタンを外そうとしていた。

まるで、職人が作業に没頭しているように。

いや、没頭しすぎだろ。普通ここで相手の顔をチラ見するとか、妖艶な笑みを浮かべるとかあるだろ?

狼が俺の顔を見る気配は全くない。皆無だ。

ボタンに全集中している。


「んしょ、んしょ」


……いやいや、可愛いか?可愛いの権化か?そういうタイプの怪異か?

俺は食われる側のはずだろ。食われる側が相手を押し倒したい衝動に駆られるってどういうこと?


狼は完全に無防備だった。身体の重心が前に傾いていて、俺の太腿にしっかり座っている。動いたら簡単に抱きしめられる距離感。


首元からは獲物の香りがする。

…いや、俺が獲物のはずなんだけど。

もう 完全に逆転している。


「……狼さん?」


俺が低い声で囁くと、狼がぴくっと肩を揺らした。


「……? な、なんじゃ」


おそるおそる顔を上げる狼。俺はゆっくりと狼の腰に手を回した。狼の身体が硬直する。俺の手が触れた瞬間、息を飲む音が聞こえた。


「ボタン、難しいのか?」


俺が低く囁くと、狼は カァァァァァァァァァッと真っ赤になった。完全に狩られる側の顔だった。


「ち、ちがっ……これは……その…」


狼は明らかに動揺している。ついでに、椅子じゃなくて俺の太腿に座っていたことにも今更気づいた様子で、うそ、なんで、なんでここに、などと小さい声で言っている。


……ダメだ。

もう耐えられない。

俺は狼をぐっと抱き寄せた。


「……じゃあ、教えてあげようか?」


狼がビクッと震えた。

俺はゆっくりと狼の耳元に口を寄せた。


「精の、正しい奪い方を」


狼の身体が、俺の腕の中で小さく震えた。

俺は ゆっくりと狼の喉元に唇を寄せる。


そして、噛んだ。



☆☆☆



な、噛、痛、この人かみまみ…かみました!

噛みましたぁああー狼おばあ!どうしよう。

噛まれた時のことは教えてもらってない。もしかして精ってこうやって奪うのが正当なの?


「もしかして!あ、あなたは狼さんですか?」


男がわたしの首をねぶりながら笑ったのがわかる。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないな」


耳の近くで低い声で言われて、背中に甘い痺れが走った。


「ひやぁぁぁぁぁぁ」


声が出た。これじゃだめだ。これは負けてしまう。何の戦いをしているかはわからない。わからないけど、わたしが劣勢なことはわかる。起死回生の策はないか。おばあ。助けておばあ…。ところが、頭の中のおばあは愉快に狼ダンスをするばかり。違う!踊るんじゃない!頭がぐるぐるする。


「ちょっと待ってくだ… 待つのじゃ!わたしがやる。わたしが精を…ちょとまって」


ごそごそ。かぶりのワンピースとパニエで良かった。とりあえずワンピースをスポーンと脱いでインナー姿になった。わたしはメモの言葉を思い出したので、男の両肩に腕を置き、機嫌よく言った。──多分このセリフはさっきも言った。言ったけど、このタイミングで使うのが正しかったんだ。そうに違いない。


「わたしの餌食になるかい!」



☆☆☆



狼は ワンピースをスポーンと脱いで、機嫌よく言った。


「わたしの餌食になるかい!」


めちゃくちゃ笑顔で。


……なに??




あまりにも天真爛漫な笑顔に思考が一瞬フリーズした。

普通、こういう場面では妖艶に微笑むとか、いたずらっぽく唇を舐めるとかあるじゃん?違う。現実は小説より奇なり、俺は今それを身をもって体感している。目の前の狼は屈託のない笑顔で狩りの宣言をしているのだ。


……いやいや、可愛いか?可愛いの劇薬か?俺にだけ著効するタイプの毒薬が開発されてしまった?


狼って、こういう生き物なの?それなら男が骨抜きにされてきた歴史も頷ける。なんか俺、今すぐ婚姻届けを出しに行きたい衝動に駆られてるんだけど?


俺はゆっくりと狼の腕を取り、引き寄せた。


「……餌食になるかどうかは、お前の腕次第だな?」


低い声で囁くと、狼は顔を真っ赤にして固まった。可愛い。狼は明らかに混乱していた。混乱していたし、もじもじしていた。


「えっと……あの、それでですね」


狼は自身の無知を恥じるように一旦強く目を閉じたあと、背に腹はかえられぬという様相で尋ねてきた。


「どうやったら精を奪えますか??」


……


おかしい。完全に立場が逆転している。

俺が教えなきゃいけない流れになっている。


なんで?


「……お前、本当に狼か?」


俺が狼の顎を持ち上げて問いかけると、狼は目を泳がせながら言った。


「そ、それは…その、わたしは、あの、…まだ修行中でして…ヒェ…拙者本日初仕事の身であり…」


……


可愛い(確信)。

もうダメだ。この狼、可愛すぎる。俺は陥落した。



☆☆☆



彼はわたしの手を取って、壁か枕みたいな胸にそっと押し当てた。硬い。


「……じゃあ、まず試してみるか?」


わたしの指先が、男の胸元を探る。筋肉。と、骨。あと、体温。

男の心臓がドクンと跳ねるのが、指先を通じてわたしに伝わった気がした。

わたしはいつの間にか手がふるふると震えていることに気づいた。…勿論、武者震いだ。


「……餌食にするつもりなら、俺を完全に捕まえなきゃな?」


男はわたしの腰を更に引き寄せた。


「ほら、捕まえてみろよ」


余裕の言葉を受けてわたしはきゅっと目を瞑る。捕まえる。わたしにできるだろうか。でもやってみないと、精をいただかないと。そして、狼おばあに楽をさせて…。まぁ、頼まれてはないんだけど、家計の足しとかわたしの食費とか、貢献できたらいいし。よし。


わたしはカッと目を見開いて言った。


「頑張りますから!あの、まず脱いでください!脱いだらちゃんと本気出しますから…」


だってこの人の服よくわからないんだもん。


ボタンの形も見たことないしズボンも腰に色々巻いてある。苦笑しながら脱ぎ始めた彼の、腕が動くたびにシルエットが変わる筋肉とかをちょっとチラチラ見ながら、わたしも全部脱いで、毛布にくるまった。その状態で、ウエストの巻物…スカーフ…まきもの?を外しているその人の顔をまじまじと眺めてみて、唐突に気づいたことがある。


「あの、かっこいいですね…」



☆☆☆



狼の目が まじまじと俺の顔を見ている。


それも、なんか ガチな眼差し で。


そして次の瞬間――


「あの、かっこいいですね…」


……


……


……


今 なんて 言った?



俺は今、狩られようとしているんだよな?

あまりにも不意打ちすぎて、俺は思わず固まってしまった。


獲物が 「かっこいいですね…」 って言われて赤くなってる場合じゃなくない?え、何、この狼、俺の心臓を握り潰すつもり?そういうタイプの“狩り”?それならもう俺は完全に負けている。何故ならさっきから陥落し続けているから。しかし、これは名誉ある敗北だ。


狼は服を脱ぐ途中で石像と化した俺の様子を見て首をかしげた。


「えっと…? あの、嫌でしたか?わたしまた何か間違えたかな」


違う違う違う違う違う違う!

そんなんじゃねぇ!

あのな。言葉のチョイスがズルすぎるんだよ!!

何??「かっこいいですね…」って、そんな純粋な顔で言われたら、俺もう逃げられねぇじゃん。


まるで運命を悟ったみたいに、俺の手が勝手に狼の頬を包んでいた。


「……今の、なし」


俺が言うと、狼の眉が、 悲しげにきゅっと寄る。


「え、どうしてですか…?」


「他では絶対に言うな。そんな可愛いこと言われたら、男は狼になるから」


狼はぽかんと口を開けた。


……いいか、覚悟しろよ。


俺は ゆっくりと狼を毛布ごと抱き寄せ、低く囁いた。


「──“狩る”ことは、俺にもできるんだよ」



☆☆☆



結論から言うと、当初の目的は完全に果たされた。

わたしが狩りに成功したかどうかは別として。


つまり、精をもらうことはできた。思ってたよりも。たくさん。いろんなところに。こんなに?こんなにもらってよかったんですか、と聞いたら、まだまだあるぞ、と言われた。そんなに無尽蔵だなんて聞いてない。狼おばあがこんな、そんな、あの、色々してるところとか見たことないし、よく考えたら見たくもなかった。


男の名前はアッシュというらしい。

精をもらいながら、わたしが名前を呼んで欲しいと言ったら、わたしの名前をたくさん呼んだ。ダイアって。わたしにも男の名前を呼んで欲しいといってきたので、最終的にはアッシュ、ダイア、という言葉だけが部屋に充満した。


事が済んで後、しばらく腕枕(と言うらしい。知らなかったが)で休んでいたのだが、アッシュは「一旦俺のばあちゃんの見舞いに行ってくるけど、また帰ってくるから」と、わたしの頬にキスをして出て行った。帰ってくる、とは…?と思ったが、実際すぐ帰ってきた。


☆☆☆


さっきは腕枕で、もう狼にならなくていい、つけ爪もメイクも似合ってない、今日が初めてで本当に良かった、もうくれぐれもやめてくれ、なんなら狼おばあには俺が話をつける、とまで言ってくれていた。

まぁ別に狼おばあもわたしを狼の後継に指名したわけでもないし、他にする仕事もないから狼おばあと同じ仕事すっかな、と軽い気持ちでやっただけなのだ。だからつけ爪とメイクは永久に放棄する、もう狩りはしないと約束したばかり。


帰ってきたアッシュに赤い頭巾を被せられて、わたしは混乱していた。


「これはどういう…。赤い頭巾をかぶってわたしは狼の仕事をしたらいいの?さっきやめてって言ってなかった?この頭巾に耳とか縫いつけた方がいい?」


狼っぽくする感じで。わたしとしては至極真面目に尋ねたつもりだった。


「ちがう」


アッシュは呆れたように笑いながら、わたしの頬をむにっと掴んだ。


「もう、“狼” はやらなくていいって言っただろ」


それは つまり、こういうことだった。

“狼” という役割は、もう終わり。“獲物を狩る” なんて、もうしなくていい。


代わりに、 “俺の赤ずきんちゃん” になれ。

それが、アッシュがわたしに与えた、新しい役割だった。


「耳なんか縫いつけなくていい。お前は、ただ”俺のダイア”であればいいんだから」


アッシュは指を絡めながら、わたしの頭巾のリボンをそっと結ぶ。

まるで リボンの代わりに、“所有の証” を刻み込むように。


「…なぁ、お前は赤ずきんちゃんになるわけだけど…。俺のことをどう思ってる?」


アッシュの手がわたしの髪を梳くように撫でた。


これは、狼が獲物を狩る話ではない。狼が”獲物”に狩られる話だったのかもしれない。ぼんやりとそんなことを考えたわたしは今の気持ちを伝えてみることにした。


「やっぱり、顔がかっこいいな、…って思います」


わたしは素直に言った。素直が取り柄、と学校の評価表にも書かれた事がある。


「かっこいいし、やさしいし、狩ってもらってよかったなぁって…」


えへへ、と顔がだらしなく笑ってしまう。逃げる気なんてさらさらなかった。


「…っ、」


アッシュの喉がかすかに鳴ったのがわかった。




逃げる赤ずきんちゃんはここにはいない。

狼は、もう牙を剥かない。

ただ、赤ずきんちゃんを甘やかす狼になっただけ。


その夜も、赤ずきんちゃんは狼にたっぷりと愛された。

そして、狼はもう二度と、赤ずきんちゃんを手放さないと誓ったのだった。


おしまい。

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