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わたしが目を冷ました時には、もう外は完全に暗くなっていた。わたしは寝て起きても未だ頭痛が収まらずにいた。こういう時いつもどうしていたかなと考えた結果、外の空気に触れるのが一番だなと考えた。
「散歩でも行こうかな。気分転換になるかもだし……」
わたしはぼさぼさの髪のまま外に出た。1年間、星太と会うときは、似合っていると言ってくれたポニーテールで、星太が好きと言ってくれたロングスカートのコーディネートをしていた。星太と会わない日でも、星太の彼女にふさわしくありたいと思い、おしゃれにだけは極力気を使っていた。そのおかげか、わたしは周りの女子の中でも、かなりおしゃれな方だったと思う。そしてそれがささやかな自慢でもあった。それに星太からも自慢の彼女だと思ってもらいたかったから。しかし、今はそんなこと気にすることすら出来なかった。
「そういえば……こうやって気分転換に散歩に行くのって星太がオススメしてくれてから始めたんだっけ…。よく二人で散歩したな……。」
こうしているとわたしの生活にどれだけ星太が影響していたかを実感する。わたしの中で星太は自分の一部のような存在だったのだ。
散歩を始めてしばらくしてわたしの頭痛はだいぶ良くなってきた。心なしか頭の整理も追いついてきたように思えた。
「わたし、付き合ってた頃も星太がこうやって散歩に連れ出してくれてたおかげで、どれだけ落ち込んだときも頑張れてたんだな……。」
わたしは星太との思い出を振り返りながらしばらく歩き続けた。特にどこに行くかも考えずに家を出たはずだったのに、無意識に"いつもの公園"の入口の前に立っていた。
"いつもの公園"
それは、わたしと星太が散歩に行くときに、必ず訪れていた場所だ。わたしが落ち込んでいる時なんかに、よくわたしを連れ出してくれた。大人二人ブランコに乗って、色んな話をした。腹が立ったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、友達との話。時には、次のデートの行き先なんか話したりした。
「いま、どこで何してるんだろう……。」
そう呟きながら、ブランコに座ると、お腹の音がなった。
「そういえば、昨日の夜からなんにも食べてないや…。お腹空いてきたなぁ…。」
星太のことで精一杯になっていてご飯を食べることも忘れていたことを、やっと思い出した。
「ご飯食べて、体力回復させなきゃだよね……!」
自分を奮い立たせてブランコから立ち上がった。公園を出るとコンビニに向かった。コンビニに行くには大通りに出なければいけないので、自分の今の格好が少し恥ずかしくなった。
コンビニにもうすぐで到着するという時に、道路を挟んだ向かいに見覚えのあるお店が目に入ってきた。それは星太と2人で何度か訪れた居酒屋さんだ。わたしはふと、この居酒屋さんに行った時のことを思い出していた。
「……そういえば、星太の知り合いがいたような、いなかったような……。もしかしたら星太のこと知ってたりしないかな……!」
星太の言っていたことをはっきりとは思い出せないが、わたしの足はもうそのお店のドアの前にまで来ていた。その時のわたしはいまの自分の格好のことはすっかり忘れていた。
わたしは躊躇なくお店のドアを押した。店内に入ってどうしようかとドアの前で立ちつくしているとすぐに、店員さんの声が声をかけていた。
「いらっしゃいませ!!何名様ですか?」
「あ、えっと……。」
わたしは深く考えずに店のなかに入ってしまったので戸惑ってしまった。店員も少し不思議そうにしながらわたしを見ている。
わたしがなんと言おうか頭をフル回転させていると、別の店員さんが裏から出てきた。
「どうかした…って、君って星太と前来てた彼女ちゃんじゃない!?月ちゃんだよね…?」
その店員はわたしを見るなり目を大きく広げて驚いている様子だった。わたしはまだその店員が誰なのかうまく思い出せない。
「おれおれ!!星太の友達の!!覚えてない??」
わたしはそう言われてようやく彼のことを思い出した。
「翔くん…だよね!!思い出した!」
彼のことなどすっかり忘れていたわたしだったが、星太と繋がりのある人と出会えて、思わず語気が強くなってしまった。
「忘れてたんじゃん!てか、今日はどうしたの?その様子じゃ食べに来たわけじゃなさそうだけど…」
翔くんにそう聞かれて、わたしは少し戸惑った。
わたしが、話しにくそうにしているのを察してくれたのか翔くんはわたし近づいてきた。
「おれ、もうちょっとで上がるから!そこの空いてる席で待ってて!その様子じゃ星太となんかあったんでしょ。」
そう言うと翔くんは、走って店の奥に戻っていった。
わたしは、翔くんが再び戻ってくるまで店の様子を眺めていた。星太と、この店に来たときに座っていた席を見つめながら翔くんにどう話そうかと考えた。しかし、昨日のことを思い返すと、また視界が滲んできた。
少しすると、翔くんが私服姿で戻ってきた。俯いているわたしの様子を見て翔くんは、
「え!?もしかしてだけど、泣いてる!?とりあえず、出よう!!」
翔くんはわたしの腕を掴んで、急いで店を出た。わたしは外の空気を吸うのがやけに久しぶりのような感覚になった。翔くんはわたしの腕を離して、わたしの顔を覗き込んだ。
「急に腕掴んでごめんね。……あいつ、月ちゃんのこと泣かせやがって。」
翔くんはそんなことをブツブツ一人でつぶやきながら歩き始めた。
「とりあえず、家まで送るよ?歩きながら話そう。てか話せる?」
わたしは、しばらく閉じていた口を開いた。
「わたし、別れたんだよね、星太と。ていうか、一方的に別れを告げられたって感じかな。」
そういって、翔くんの反応を伺った。
怒っているのか、同乗しているのか、表情から翔くんの感情をわたしは読み取ることが出来なかった。