ある戦闘の一節
19xx年 中央アジア某所
ロケット弾が白煙の尾を引いて、装甲車に着弾。
成型炸薬が爆発し、モンロー/ノイマン効果で装甲を穿ち走行不能たらしめた。車内の人間はおろか、至近の随伴兵諸共に即死を免れようはずがなかった。
巨人の拳で殴られたかのように車体がひしゃげ、もうもうと煙が立ちこめる。
周囲に火薬の香りと強烈な熱波が吹き荒れた。
灼熱の煉獄の中。
乱雑に伸びた髪を振り乱して少年たちは銃を放つ。
歳の頃はまだ十にも達すまい。
ここまで連れてきた大人たちは皆死んだ。
銃弾に頭蓋を破られ、耳目や鼻からドス黒い血を流す。
即席の塹壕ともいえない死体の池の中で甲高い声が響く。
亡骸から手榴弾をもぎり、安全ピンを口で抜く。
撃発レバーに指をかけ、タイミングを見計らう。
敵兵の気配を探り、指を離す。1、2と心のなかで数え、遠投の要領で放る。滞空で2秒、地面に落ちて転がり1秒が経過。投げ込まれたものを視認する前に敵兵は知る。己が身をもって。
きっかり5秒で爆破し、敵兵を吹き飛ばす。
「タカ!」
「ラスト! もうない!」
短く言葉を交わし、タカと呼ばれた少年が弾倉を渡す。
「コイ! 10時!」
コイと呼ばれた少年が受け取る。
手慣れた手つきで装填、薬室に弾丸を送り込み、照準、発射。乾いた音とマズルフラッシュ。
照星の先にいた敵兵に違わず命中。
砂煙の吹き荒れる中での射撃は熟達した兵士でも難しい。
東側の命中精度の悪い小銃でやってのけるのは見事と言うほかない。
ロシアの傑作的ベストセラー小銃の模造品ながら、その目的を満足した。
歳に不釣り合いなほど淀みない、悲しくなるほど流麗な動作だった。
タカと呼ばれた少年は時代が止まったかのような木製の銃把を握り、集中力を研ぎ澄ます。
東側のマークスマンライフルのPSO-1を覗き込む。
弾雨と言って差し支えない状況で、そこだけ無風であるかのように空気が張り詰める。
断続的な銃声と爆発音。装甲車の履帯が砂を噛む不快な音すら耳に入らない。
静かなる鏡の如き湖のように、森を治むる祭司の如き神聖さで引き金を引き絞った。
「中った」
衒いなく、事実を恬淡な口調で告げた。
長い残響を置いて目標に命中した。
スコープ越しの瞳は、平素と何も変わらず湖の如き静かさのままだった。
それから数度、同じようなことが繰り返され、戦闘は終息した。
「コイ、生きてるか」
小銃を引き戻しながら、後ろを振り向いた。
細面の、神経質なその顔は歳に見合わず、聖職者か老兵のような厳粛さを携えていた。
そこの見えない湖面のような瞳がしばし対象を探す。
「生きてるゼ」
鋭い目つきの少年が返事をした。
小銃はとうに弾薬が尽きたのか、そこらの亡骸からホルスターごと剥ぎ取った、不釣り合いすぎるサイドアームを腰に戻した。
東側の大型自動拳銃。幼い体には反動の激しいそれをどうにか駆使して生き残っていたらしかった。
「ほらよ」
口にしていた水筒を寄越す。どすんとタカの横に座る。
受け取った際の軽さに、端正な眉を歪める。二カリと鋭い目つきの少年が笑う。最古参の少年兵ですら、水筒の水がわずかという事実が、戦闘の熾烈を物語っていた。
数時間ぶりの水分を補給する。
「腹ァ減ったな。タカ、なんか食おうぜ」
げんなりとタカが険のこもった視線で周囲を見やった。
「大人はみんな死んじまってるよ」
「あァ、そういやそうか」
生き残ったのは俺たちだけか、確認するように呟いた。
「そういやァ、こいつに何度もどつき回されたな」
「お互いな」
目から光の失せた亡骸に視線を落とし、少年たちは嘆息した。