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なろう系桃太郎

作者: Novpracd




 むかしむかしあるところに、お爺さんとお婆さんがいました。


 ある日お爺さんは山へ柴刈りへ、お婆さんは川へ洗濯へといきました。


 お婆さんが川で洗濯をしていると、不思議な何かがお婆さんの視界に入ってきます。


「おやおや……あれは、何だろうねえ……」


 お婆さんはよっこらせっと立ち上がると……轟音が鳴り響き始めた空を見上げます。

 お婆さんが見上げた先……空から降ってきているのは真っ赤に燃え上がった隕石のようなものでした。


「あれまあ……こりゃあ、大変なことだねえ……やれやれ、あたしはとっくに引退したただのばばあだって言うのにねえ……」


 気合いを入れるように背筋を伸ばしたお婆さんの周り、幾つもの魔法陣が浮かんでいきます。


「そのものが持ちし重さのしがらみを解き放て……『強制無重力フォースト・ゼログラビティ』」


 お婆さんはしわがれた声で重力を操る闇系最上位魔法を唱えました。

 そのしわがれた声に導かれ、お婆さんのしわくちゃの手から闇色のエネルギーの奔流が隕石に向かって飛び出していきます。

 闇のエネルギーに包みこまれた隕石はゆっくりとスピードを落としていき……おばあさんの手のひらの中に吸い込まれるように着地しました。


「やれやれ、こりゃまたでっかくて重たい桃なことだよ……あたしがここにいたから良かったけど、そうじゃなかったらここ一帯は更地になっちまっていただろうし、無事でいられたのはあたしとじじいくらいのもんかね。せっかくだし、こいつは記念に持って帰るとするかねえ……」


 おばあさんは桃の形をした岩を、家まで持って帰ることにしたのでした。




 家に帰ったおばあさんが夕食を作っていると、山へ柴刈りに行ったお爺さんが帰ってきます。


「愛しの婆さんや、お前だけのじじいが帰ったよ。さあ、早くその麗しのしわくちゃ顔を儂に見せてはくれんかね? っと、なんだいこれは……おやおや、婆さんや、これはとっても美味しそうな立派な桃じゃないか。儂がいただいても、良いのかのう?」


 お爺さんは少々ボケが進んでおり、玄関に置かれていた桃型の何かを食べたくなってしまったようです。


「何を言ってんだいじじい。そんな岩でできた桃が食えるわけないだろうに……それから、あたしも愛してるよ、じじい」

「ふぉふぉふぉ、婆さんにそう言ってもらえると、百人力じゃよ……今なら、婆さんのお尻についた桃でも、岩でできた桃でもぺろりと食べられてしまうのお……」

「な、何を言ってんだいっ! 恥ずかしいじゃないかっ、この色ボケじじいがっ……」


 微妙に噛み合わない会話を気にしないことが夫婦生活を長く続けるコツだと言いますが、お爺さんはひょいっと桃型の大岩を抱え上げるとバリバリと端っこから噛み砕いていきます。

 もちろん普通の人間にはそんなことができるわけはないのですが、お爺さんは普通の人間ではありませんでした。

 お爺さんはSSS級冒険者チームで格闘家系の前衛を務めていた過去をもつ男であり、その鍛え上げられた肉体と身体強化術にかかればどんなに硬い岩でも容易に噛み砕くことができてしまうのです。


「……まずいのお。これは、桃じゃなくて、岩じゃないかのお、婆さんや……」

「じじい、本当に食ったんかい? 岩が美味いわけないだろうに……ってなんだい、そこの穴から光が漏れてるじゃないかい」

「おお、本当じゃな、婆さん……どれっ、開けてみるかのぉ……ふんぅぅっ!!!」


 お爺さんが目にも留まらぬ手刀を放つと、岩は真ん中から真っ二つに割れていきます。


「──おぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」


 その中から現れたのはなんと……珠のように可愛らしい男の子でした。


「こいつは驚きだね……まさかあの岩の中から赤ん坊なんて出てくるなんてね……長生きもしてみるもんだね」

「そうじゃのお、婆さん……中身ごと真っ二つにしちまわないで良かったわい……」


 ほっと息を吐くお爺さんの前、お婆さんは慣れた様子で赤ん坊をあやしていきます。


「婆さん、そうして赤ん坊をあやしていると、まるで麗しい女神様のようじゃのお……」

「やだね、じじい……あんたが昔ぽこぽこ産ませるから、手慣れてるだけじゃないか……」

「そういえばそうじゃったのお、しばらく見ておらんが、皆は元気にしておるかのお……7人、いや、9人じゃったかの?」

「14人だよ。ボケたからって、自分の子供の数を忘れるんじゃないよじじい。それから、あいつらはじじいとあたしの育てたガキ共だよ。殺したって死にやしないよ……」


 歳を取ると最近のことは思い出せないのに、昔のことはどんどんと思い出され語りたくなるものです。

 お爺さんとお婆さんが懐かしむように昔話に花を咲かせていると、赤ん坊は穏やかな寝息を立て始めます。


「寝ちまったかい。赤ん坊はこっから布団に寝かせるのが厄介なんだけどね……」

「そういえば、そうじゃったのお……それで、その子はうちで育てることにするのかい?」

「ああ、投げられた賽? 乗り掛かった船? なんでもいいけど、こんな赤ん坊を外にほっぽり出せやしないよ……そうだねえ、こうして桃から生まれたわけだし、桃太郎っていう名前をつけてやろうと思うんだけど……じじい、どう思う?」

「婆さんは意外とベタじゃの……そういえば婆さんは犬にはタロウ、猫にはタマと名付けるタイプじゃったのお……」

「うっさい、殺すぞ、じじい」

「婆さんは、口の悪い照れ屋じゃのお、そんなところも愛し──い、いやっ、すまぬ、婆さん、儂が、悪かったっ! この通りじゃっ!!」


 ほのぼのとお婆さんをからかっているお爺さんの前、お婆さんの右手が燃え盛る真っ白な炎に包まれていきます。

 土下座して必死に謝るお爺さんでしたがもう遅い──頭の中で何かがぷちっとしたお婆さんは無詠唱で炎系最上位呪文を爺さんへと叩き込んだのでした。 




 ♢   ♢   ♢




「おばあちゃん、美味しそうな蟹とってきたよっ!!!」

「おやおや、桃太郎は元気だねー……そいつはマッドマーダークラブだよ。腕とか挟まれると簡単にちぎれるから気をつけるんだよ」

「うん、おばあちゃんっ! 気をつけて、いっぱい取ってくるね! もう1回行ってくるよー!」

「そんなに走りまわって、転ばないように気をつけるんだよっ、桃太郎や」

「うんっ、気をつけるねっ!」


 桃太郎は自らの身長よりも大きな巨大蟹をお婆さんに渡すと、そのまま家から駆け出していきます。

 お爺さんとお婆さんが手塩にかけて育てた桃太郎はすくすくと育っていました。

 身長は同年代の男の子たちに比べても一回り大きく、顔立ちもまるで天子様のように整っています。

 そして成長したのは桃太郎の身体だけではなく心もでした。

 桃太郎は家の家事を手伝うだけでなく、お爺さんとお婆さんの食事の素材を毎日狩りに行ってくれる素晴らしい男の子に育っていたのです。


「しかし、もうA級モンスターを狩れるようになったのかい……あたしが属性魔法を教えてじじいが身体強化術と体術を教えてるんだから当たり前かもしれないが、桃太郎はうちの子たちに比べても頭ひとつ抜けてるかもしれないねえ……さて、こいつは丸蒸しにして冷やして食べると美味いんだけど、料理が大変なんだよねえ。だけど、可愛い桃太郎のためさ、準備してやるとするかねえ……」


 お婆さんは魔法耐性のあるマッドマーダークラブを料理するため、水と火と風の3種複合超級魔法で超高音の蒸気を生み出し大きな蟹を蒸しあげていくのでした。




「ぁあ゛っ? うちの可愛い桃太郎を……鬼ヶ島の鬼退治に行かせるだと?」


 額に血管を浮かべたお婆さんの低い声に、お婆さんを訪ねていた村長がびくりと身体を震わせます。


「あ、ああ、落ち着いてくれよ。べ、別に俺がそうしたいってわけじゃねーんだからよっ……だけど、領主様が酒の席で、この領の若者に鬼ヶ島の鬼退治をさせる、って天子様に約束しちまったらしくてよーっ……」

「ふうん……あの若造が……ここのところ調子に乗っているようだね。あいつの屋敷ごと焼き払ってやろうかね……」

「や、やめてくれよっ、婆さん! あんたたちはどうにでもなるんだろうけど、俺たち普通の人間はここにしか住むところはねーし、上から睨まれたらどうしようもねーんだっ! 桃太郎がこのあたりのランクの高いモンスターを狩りまくってるってのは俺でも知ってる話だ。鬼退治くらい……あいつなら、できるだろう?」


 村長の言葉にも一理あると思ったのか、お婆さんは苦虫を噛み潰したような表情を見せます。


「ちっ……できるにはできるだろうさ。だけど、うちの可愛い桃太郎に万が一があっちゃいけないよ……しっかりと準備の方はさせてもらうからねっ!」

「ああ、それで問題ねえ。助かるぜっ、婆さん!!!」


 村長は深々と頭を下げてから、お婆さんの家を後にしたのでした。




 ♢   ♢   ♢




「それじゃ、おばあちゃん、いってくるね……」

「ああ、桃太郎……か弱いお前を一人で鬼ヶ島の鬼退治に行かせないといけないなんて……あたしは涙がちょちょぎれちまいそうだよっ……」

「大丈夫だよっ、おばあちゃん。おじいちゃんとおばあちゃんにはまだまだ勝てないけどさ……僕だってしっかりと鍛えているんだからっ」


 桃太郎はお婆さんを安心させるように胸を張ります。


「……わかったよ。あたしも桃太郎のことは信じてるよ……だけどね、人間ってのは弱いんだ。一人だけでできることは少ない……あんたは鬼ヶ島に行く前に仲間を見つけないといけないよ。このあたりの人間たちは頼りにならないから、動物の仲間を見つけると良いだろうねっ!」

「動物の、仲間……うんっ、わかったよ、おばあちゃん!」


 お婆さんの言葉に桃太郎はしっかりと頷きを返します。


「良い子だね、桃太郎……そんなお前のためにね、あたしが最初の仲間を探しておいたんだよ。おい、猿っ、出番だよっ! こっちにきなっ!」

「うききぃっ!!」


 お婆さんの声に応え、家の中からけむくじゃらの一匹の猿が飛び出してきます。

 一見やや年老いた猿にも見えますが、桃太郎はその猿が持つ凄まじいまでの強さを肌で感じ取っていました。


「すごい……こんなに強そうな身体の持ち主なんて、僕おじいちゃんしか知らなかったよっ! 外の世界にはすっごいお猿さんがいるんだねっ!」

「ああ、この猿はこんななりでも腕の方は確かだからね……困ったことがあったら使い倒してやりなっ!」

「うんっ、わかったよ……できるだけ自分の力でやっていきたいけど、僕の旅の仲間になってくれてありがとう。よろしくねっ、猿くん」

「うきっ、うきぃっ!!」


 この猿の声どこかで聞いたことある気がするなあ……純真な桃太郎はそんなことを思いながら、頼もしい旅の仲間ができたことを素直に喜んでいました。


「あたしが準備したのはもうひとつ……このきびだんごを持っていきなっ!」


 お婆さんは闇色のオーラが溢れ出る物々しいきびだんごを桃太郎に手渡します。


「うわぁ、おばあちゃんの、きびだんご、すっごく美味しいんだよねえ……僕が食べていいの?」

「いや、桃太郎のためのきびだんごは別に用意してあるよ。こっちのきびだんごは、あんたの仲間に与えるためのものさ。こいつを食えばどんな動物でも素直で従順なお供になってくれるからねえ……」

「そうなんだねっ……それじゃ、猿くんにもあげた方が良いの?」


 桃太郎の優しい言葉でしたが、猿はぶるぶると震えながら首を振ります。


「そのじじ……猿なら食っても大した影響はないだろうけど、この猿は最初から従順に躾けてあるから食わせないでいいよ。ただし……このだらしない猿が若い女のケツや胸を追っかけてたりしてたら、たっぷりとこのきびだんごを食わせてやるんだよっ!」

「わかったよ、おばあちゃん!」


 桃太郎は力強く頷くと、やや肩を落としたように見えるお猿さんと共にお婆さんの家を出発するのでした。




 鬼退治の旅に出ることになった桃太郎ですが、まずはお婆さんに言われた通り動物の仲間たちを集めることにしました。


「人間が旅をするときの仲間って言ったら……やっぱり犬だよねっ!」

「うききっ!!」


 桃太郎はお供の猿さんを引き連れ、村の人々に犬がいそうな場所を聞き回っていきます。

 桃太郎が声をかけた中の一人に、桃太郎に恋する美少女に横恋慕している少年がいました。

 桃太郎に嫉妬している少年は、桃太郎に嘘の情報を教えてしまいます。


「よっ、桃太郎。緑獄深森の奥にいる犬は、人懐っこくて仲間になってくれるって話を聞いたぜっ!」

「ありがとう! そうなんだねっ! 行ってみるよ!」


 緑獄深森……SS級ランクの神狼フェンリルを筆頭に危険なモンスターが目白押しのSS級極魔地帯ですが、桃太郎にとっては普段から自分の遊び場にしているところ。桃太郎はそこが危険な場所だなどと、全く思ってもいませんでした。


 去っていく桃太郎と猿さんの後ろ、嘘を教えた少年は猿さんの放った指向性の強い殺気で腰を抜かして小便を漏らしていましたが、新しい仲間になる犬に思いを馳せていた桃太郎がそれに気づくことはありませんでした。

 桃太郎は慣れた様子で緑獄深森へと足を踏み入れ、そのまま森の奥へと突き進んでいきます。


「犬、犬かぁ……犬なんて見たことないし、まだ僕が行ったことがない一番奥の辺りにいるってことだよね……奥の方はモンスターが強いんだよなあ……ふんっ! はぁっ! 『風刃嵐ウインドブレードストーム』っ!!」


 桃太郎は片手間にA級モンスターを体術と魔法で薙ぎ倒しながら、どんどんと森の奥へ足を進めます。

 桃太郎でも少しだけ苦労するほどのS級モンスターを数匹倒した後で、桃太郎は森の中の大きな広場のような場所にたどり着きました。

 その中心には、日向ぼっこをするように横たわっている犬のような何かの姿があります。


「いたっ! 仲間になってくれる犬って、絶対この子のことだよねっ!!」


 気楽に近づいてく桃太郎ですが、その犬の大きさは桃太郎の数倍、いや十倍に近いほどの巨体です。

 ぐるるるっ、と牙を向く巨犬は決して友好的には見えないのですが、桃太郎は気にせずに近づいていきます。

 巨犬の間合いに入った桃太郎に向けて、目にも留まらぬ速度で巨犬が桃太郎へと突撃します。

 ですが……


「うわっ、じゃれてるんだねっ……すっごく可愛い犬だなあっ! でも、この突撃の威力、外のモンスターよりもずっと強いやっ!」


 そうは言いつつも……お爺さん直伝の身体強化術を使っている桃太郎は、あっさりと巨犬の突撃を受け止めて見せます。

 そのまま桃太郎は巨犬の体に飛び乗って顎の首を掻いてみたり、巨犬を地面に転がして尻尾の付け根をぽんぽんと叩いてみたりしながら、巨犬と仲良くなろうと努力していきます。

 しばらくの間ジタバタと暴れ回り続けた巨犬ですが、やがて力尽きたのでしょう。

 広場の真ん中でどてっと体を横たえてしまいました。


「もう遊びはおしまい? それじゃ犬くん、僕の仲間になってよ……ほらっ、これをあげるからさ。うちのお婆ちゃんが作ってくれた、特製のきびだんごなんだよ!」


 桃太郎が取り出したきびだんごを見て、初めて大きな犬が焦ったような様子を見せます。

 桃太郎が巨犬の口に近づけていく闇色のオーラをまとったきびだんご。


「ほらっ、すっごく美味しいんだよっ……食べてみて……」

「きゃぅぅぅぅぅんっ!!」


 それをみた巨大な犬は、仰向けになって桃太郎にお腹を見せながら必死で尻尾を振ります。

 何でもするからそれだけは食べたくないと言っているような哀れな姿ですが……なんとかその気持ちは桃太郎にも通じたようです。


「……食べないでも仲間になってくれるってことかな? おばあちゃんのきびだんご、美味しいのになあ……ま、いらないって言うんなら、いいかっ」


 その言葉を受けて、巨犬はほっとしたように強張った全身から力を抜いたのでした。




 猿さん、犬さんを仲間に引き入れた桃太郎は、鬼ヶ島に向けて旅を進めていました。

 巨大な犬さんの背に乗って高速移動しているので、桃太郎たちは既に鬼ヶ島への旅路の半分を消化しています。


「猿くん、犬くん、旅は順調なわけだけどさ……せっかくだし、もう一匹くらい仲間が欲しいよね……」

「うききっ!」

「わんっ!」


 桃太郎を愛するお猿さん、桃太郎を恐れる犬さんは桃太郎のイエスマンです。もちろん桃太郎の言葉に反対するわけがありません。

 同意をもらえた桃太郎は嬉しそうに話を続けます。


「猿くんと犬くんは地上の動物だしさ、次は空の動物くんを仲間にしたいよね……僕おじいちゃんから雉っていう鳥が体がキラキラしてて頭が赤くてかっこいいって話を聞いたことがあるんだけど……」

「うきっ!」


 そんな話を続けていた桃太郎たちでしたが、突然大きな影に包まれてしまいます。

 不思議に思った桃太郎が頭上を見上げると、何やら大きな飛行物体が桃太郎たちの上にいるようです。


「あっ、あの大きい鳥さん、身体がキラキラで、頭が赤いよっ! きっとこの鳥さんが雉さんなんだねっ! よしっ、あの雉さんに仲間になってもらおうよっ!」


 桃太郎はお婆さん直伝の飛行魔法を組み上げると、空へと飛び立ちます。

 犬さんもまた身体を薄緑色のオーラで覆うと、桃太郎を追うようにして空へと駆け出していきます。

 飛行術を持たない猿さんは少し困ったような様子を見せていましたが……


「儂の力で空気を強く蹴ってやれば、空でも駆けられるかのお……よしっ、うきききききぃっ!!」


 お爺さんは地面を強く蹴って宙へと飛び出すと、そのまま空気を次々と蹴って空を駆けるという信じられないような方法で桃太郎たちの背後を追いかけていくのでした。




「なんじゃ、貴様らは……飛行魔法が使える珍しい人間の小僧が一匹に……え、神狼? ……えっ、なんで、そこのじじいは魔法も使っていない人間なのに空を普通に駆けてるの? 怖い……」


 困惑した様子の大きな鳥でしたが、桃太郎は気にする様子は見せません。


「雉さん、僕はこれから鬼ヶ島の鬼退治にいくんだ。雉さんも僕の鬼退治の仲間になってよ……」


 桃太郎の言葉に、身体を硬そうな鱗で覆った巨鳥はますます困惑してしまいます。


「……雉? ……え、そもそも鬼ヶ島の鬼とか、神狼一匹でも、そこの怖いじじい一人でもなんとでもなるじゃろ……鬼ヶ島ごと全部吹っ飛ばす気なの? この子もなんか怖いのじゃ……もうこの子たちやだぁ……」


 目の前の情報量の氾濫に、まだ年若い巨鳥は錯乱してしまいます。

 赤い頭についた大きな口を開けると、巨鳥は口から強烈なブレスを吐き出します。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉおっ!!!!」

「おおっ、かっこいい技だねっ、雉さんっ! 僕に得意技を見せてくれてるんだねっ……えっと、火属性と、風属性だから……」


 桃太郎は冷静に巨鳥のブレスの属性を判別し、最上位水魔法と最上位地魔法の複合防御魔法を組み上げます。

 桃太郎たちの前に円形の防御魔術が貼られ、強烈なブレスは桃太郎と犬さんの横を通り抜けていきます。

 空を駆け続けていた猿さんはブレスの中に普通に巻き込まれましたが、全く気にすることなく空を駆け続けています。


「わ、妾の、ブレスを受けて、無傷……じゃと……?」

「すっごいブレスだったね。僕、やっぱり雉さんに味方になって欲しいよっ……あっ、そうだっ!」


 呆然とする巨鳥の前……桃太郎はゴソゴソと自らの懐を探っていく。


「仲間になってくれるなら、このきびだんごをあげるよっ!」

「ひっ、な、なんじゃっ、その身の毛もよだつおぞましいだんごはっ!! わかったっ! 鬼退治、ついてくっ、ついてくからぁっ! ……あ、や、やめっ……それを妾に近づけるのはっ、やめるのじゃぁっ!!!」


 巨鳥の悲鳴のような嘆願が、晴れ渡った空に響き渡ったのでした。




 ♢   ♢   ♢




「わー、海だーっ! すごいよっ、おっきいよっ、水が動いてるよーっ!!」

「うききぃっ!!」

「わんわんっ!!」

「……そうじゃな」


 犬さんの背に乗った桃太郎とお猿さん、そして元の体は目立つからと人化した雉さんは、海へとたどり着いていました。


「あとは鬼ヶ島に行くだけでいいんだけど……あの島まで泳いでいくのはちょっと大変だよね? あっ、あそこの人、もしかしたら船乗りさんじゃないかなっ?」


 桃太郎は犬さんの背中から降りると、大きめの頭巾で顔を隠している船乗りさんの元へ近づいていきます。


「こんにちはっ!」

「ああ、こんにちは」

「僕、桃太郎っていいます。鬼ヶ島に行きたいんですけど……船に乗せてもらうことはできますか?」

「ふーん……あんたのような可愛い子が、あの危険な鬼ヶ島に行きたいっていうのかい?」


 しわがれた声が特徴的な船乗りの女性は、頭巾の下から隠れ見える瞳で桃太郎のことを見つめます。


「うん、僕、あそこにいる鬼退治を頼まれたんだっ! 悪い鬼たちのせいでこの辺りのみんなが困ってるみたいだから、助けてあげたいんだよっ!」

「そんなんだねえ、あんたは良い子なんだねえ……あの危ない鬼たちを退治してくるっていうんなら、渡し賃はただでいいよ……」

「ありがとうっ、お姉さんっ!」

「いいんだよ。ふふ、お姉さんだなんて、あんたは良い子なだけじゃなくて良い男だねえ……もっとサービスしてやりたくなっちまうよ」

「ぷっ……」


 なぜか後ろで小さく吹き出したお猿さんに桃太郎は不思議そうな顔を見せますが、船乗りさんもそれを聞き逃してはいませんでした。


「……ただし、そこのじじいのように見える猿は別料金だよ。一発二発、あたしの新魔法の練習台になってもらうとしようかねえ……」


 無詠唱で最上位呪文を放ち始める船乗りさんから、お猿さんは必死の顔で逃げ回っていきます。


「すごいや、船乗りさんの魔法、うちのおばあちゃんにも負けないくらいのレベルだよ。お猿さんも平気であの超範囲魔法をかわしてるし……世の中ってのは広いんだなあ……」


 桃太郎たちがのんびりと凄まじい戦闘を眺めていると、言葉通り数発の魔法をお猿さんに叩き込んだ船乗りさんと身体を覆う毛皮が焼けこげたお猿さんが船へと戻ってきます。


「それじゃあ、行くとするかね……」


 桃太郎、お猿さん、小型化した犬さん、そして人化した雉さんが船に乗り込むと、船乗りさんは風系最上位魔法を唱えます。

 海を切り裂くように突き進んだ船は、あっという間に鬼ヶ島までたどり着いたのでした。




「ふう、お姉さんの魔法のおかげであっという間に着いちゃったね……お姉さん、ありがとうございました」

「ああ、気をつけてな、桃太郎。あたしはここで待っていてあげるから……終わったらここに戻ってくるんだよ」

「それは助かります。ありがとうございます。お姉さんも気をつけてくださいね」

「ああ、あたしはこれでもそれなりの魔法使いだからね、心配はいらないよ……」


 船頭さんにお礼を言った桃太郎、そしてお供のお猿さん、犬さん、雉さんは、鬼ヶ島の奥へと歩いていきます。

 近づく桃太郎たちの気配を感じたのでしょうか……島の奥からたくさんの鬼たちが出てきます。

 筋骨隆々で身長は2メートルを超えるたくさんの鬼たち。

 中でもその先頭を歩く男女の鬼は、3メートルを超える巨躯を持ち、手には何やら光を放つ大きな金棒を持っています。

 ぶるぶるっ、と大きな筋肉を震わせている様子は、まるで戦闘を前に昂っている歴戦の猛者のようです。


「武者震いかあ……つ、強そうだね、あの鬼さんたち……これは、厳しい戦いに、なるね……」

「うきぃっ!」

「……わんっ」

「……いや、どうみても、怯えて震えてるだけじゃろ……可哀想に」


 桃太郎は恐れたような声をあげますが、桃太郎には心強い仲間たちがついています。

 肉体派のような敵を前に昂ったのか、ダブルバイセップスを見せつけている猿さん。

 どうでも良さそうに顎の下を掻きつつも、しっかりと元の巨体に戻って鬼たちを見据えている犬さん。

 小声でぶつぶつと何かを言いたそうにしながらも、元の大きな鳥の姿に戻って宙へと舞い上がっていく雉さん。

 そんな頼もしい仲間たちを前に、桃太郎は一歩を踏み出します。


「こんにちは、僕は桃太郎です。今日は悪いことをしているっていう鬼さんたちを退治にきましたっ!!」


 よく通る桃太郎の声に、鬼さんたちのリーダーもまた一歩を踏み出します。

 強面の男女の鬼の姿に、桃太郎も緊張しているようですが……


「……よ、よお、坊や……何か、勘違いしてるようだな。お、俺たちは、決して悪い鬼さんなんかじゃ、ないんだぜっ」

「そ、そうよっ、坊や〜……私たちは、この鬼ヶ島だけで、平和に生きている、とっても良い鬼さんたちなのよっ〜」


 男女の巨鬼は猫撫で声で桃太郎に話しかけてきます。


「そうなの? でも、海の向こうの人たちは、鬼さんに宝物を取られて困ってるって言ってたよ?」

「そっ、それはっ……違うんだっ! 坊やにはまだちょっと難しい話かもしれないけどなっ……俺たちはそのっ……そうだっ! 財宝を預かってっ……弱い人たちの財宝を、安全な場所に預かってあげてるんだよっ!」

「そ、そうよっ……そ、そうだっ! その預かっている財宝だってね、後で中身をい〜っぱいに増やしてから、返してあげる予定なのよ〜っ」

「そう、なんだね……じゃあ、鬼さんたちはいい鬼さんたちって、ことなの?」


 純真にすぎる桃太郎は、必死で言い訳する鬼たちの言葉を信じてしまいます。

 桃太郎の後ろで睨みを効かせる仲間たちを努めて無視しながら、鬼たちは与し易そうな桃太郎を説得することに集中していきます。


「もちろんだぜっ! その証拠に、俺たちは、坊やの傘下に入らせてもらうぜ……そ、それならっ、安心できるだろうっ?」


 ぐっと力こぶを作りながら、リーダーの男鬼は桃太郎にアピールします。


「そうよ〜っ、坊やっ……こんなにいっぱいの強い鬼たちと、こんな綺麗なお姉さんが坊やの味方に、なるのよ〜……なんなら、ちょっとくらいのサービス、しちゃうわよ〜っ」


 ぐっとグラマラスなボディを押し出しながら、リーダーの女鬼も桃太郎にアピールします。


「わかったよ……鬼のお兄さん、鬼のお姉さん。二人は良い鬼さんみたいだしっ……僕の仲間として、認めるよっ!」

「わかってくれるかいっ、坊やっ!」

「嬉しいわ〜、坊や〜っ!」


 素直な少年を騙すことに成功した鬼たちは、ほくそ笑みを見せています。

 それに気づくことはできなかった少年でしたが……


「……仲間になってくれるなら、これをあげないとね。僕の仲間たちにあげるように、うちのおばあちゃんが作ってくれたんだ……食べて、くれるよね?」


 犬さんにも雉さんにも断られてしまったきびだんご。

 誰も食べてくれなかったと持って帰ったらお婆さんが悲しむに決まっています。

 心優しい桃太郎はお婆さんを悲しませないため、鬼たちにこのきびだんごをふるまってあげることにしました。


「そ、それは……」

「た、食べられる、ものなの〜……?」


 溢れ出る闇のオーラを恐れた鬼たちでしたが……犬さんや雉さんほどにその恐ろしさを正確に理解できていたわけではありませんでした。


「僕のおばあちゃんが作ってくれたきびだんごだよ?」


 悲しそうにそう言った桃太郎を前に、否の答えを返すことなどできなかったのです。


「わ、わかった……」

「い、いただくと、しますわ〜っ……」


 手に摘んだきびだんごを恐る恐る口に運んだ二匹の鬼は……


「「……ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああっっっ!!!!!!」」


 叫びながらもきびだんごを飲み下して見せたのでした。


「泣いて喜んでくれるなんて、やっぱりおばあちゃんのきびだんごはすごいなあ……それじゃ、鬼さんたちは僕たちの仲間になってくれたんだし、このまま家に帰ろうか……」


 惚けたようにたちすくんだままの鬼たちを背後に、桃太郎たちは鬼ヶ島を後にします。

 そのまま元の村へと戻った桃太郎、犬さん、雉さんは、お爺さんとお婆さんと一緒に、末長く幸せに暮らしたのでした。










「ボクタチ、ヨイオニ……コマッタ、ヒトタチ、タスケル……」

「エエ、ワタシタチ、ヨイオニ〜……ヒトタスケガ、シュミヨ〜……」


 桃太郎が去った後の鬼ヶ島。

 近隣の住民に困りごとがあるたびに屈強な鬼たちが鬼ヶ島から出てきては手助けしてくれるようになり、鬼たちも人々もみんな幸せに暮らすようになっんだたそうな。



 めでたしめでたし。





ほとんどの方ははじめまして。Kindle出版を中心に執筆活動をしているNovpracdです。なろうの大人向けサイトの方には結構投稿しているのですが、今回全年齢なろうの方にも短編を投稿してみようと思い立ちました。記念すべきなろう初作品は桃太郎のなろうパロディ。「まあまあ面白かった」「他の作品も読んであげてもいいよ」「何か光るものはある、もっと頑張れ」などと思っていただけましたら、↓の☆☆☆☆☆評価やブクマ、いいねからサポートしていただけると嬉しいです。


〜Novpracd

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